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ピグマリオンの娘

 床のタイルもカウンターの大理石も、よく磨かれて魅力ある艶をはなっている。棚に並ぶのはとびきりの酒ばかり。マホガニーのレールにぶら下がった形のよいグラスが、ランプの明りを反射させて次の一杯を誘ってくる。向こう側にマスターがいる。タブレットはない。昔ながらの店だ。

「あんた、名前は?」
 黒い髪で、そばかすのある娘が右から声をかけてきた。ティーンみたいな顔をしていて、グラスにビールが半分は残っている。
「ギース。あんたは?」
「ミミって呼ばれてる」
「本当の名前は?」
「あんたのは?」
 俺は肩をすくめた。
「あの噂、知ってんでしょ」
「なんのことかな」
「とぼけても無駄」
「すまない。君のような美女を騙したことを謝るよ」
「引っかかったね」
 汚い言葉をぐっと飲み込む。
「アタイが大臣の娘さ」
「ちょっと待ってくれ」
 考える時間が欲しいところだが、入口あたりにガラの悪い奴らもやってきた。俺は酔い醒ましをオーダーする。

「誰よ、その娘」
 左に来たのはルチアだ。茶色い髪で酒場には不釣り合いなほど落ち着いた顔をしている。傍らにあるカクテルグラスは空だ。手には二杯目がある。
「私と行く約束でしょう。大臣の娘は私よ」
「君と『も』だ」
「アタイはかまわないよ」
「君たち二人、どちらが『鍵』かは不明。分け前を三で割っても大金。俺は男」
「せいぜい両手に花だと思ってなさい」
 ルチアは飲み残しを流し込んだ。ちょうど酔い醒ましも届いた。刺激的なニオイだ。
「ありがたいね」

 立ち上がって入り口のほうを向くと、案の定、人相の悪い連中が近づいてきた。
「悪いが娘さんたちは置いていってもらおう」
「断る」
「もっといいのを紹介するよ」
 俺は首を振る。
「指だけでも結構、残りで楽しんでくれ」
 女達は俺の腕を掴んだりせず、相手の男に下品なジェスチャーをしてみせた。
「そういう趣味はない」
 出発前の準備運動は、こいつらできまりだ。

【続く】

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