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性教育の今を知っていますか?「生命(いのち)の安全教育」や「はどめ規定」 宋美玄&高橋幸子 1/3

正しい性の知識を伝えたい、子どもを性被害から守りたいーーそんな大人たちの意識の高まりを受けて、広まりをみせる「性教育」。これまでgokigenLab.でも、性教育について産婦人科医の宋美玄先生と学んできました。
しかし、まだまだ日本の性教育は世界基準から遠く離れているのも現実。私たちは、今どのように性教育に向き合えばよいのか、宋美玄先生と、「サッコ先生」の愛称で親しまれている高橋幸子先生にお話をうかがいました。第1回目となる今回は、日本の性教育の現状をわかりやすく深堀りしていきます。

文/アケミン 写真/高見知香

丸の内の森レディースクリニック院長 宋美玄(そん みひょん) 

大阪大学医学部医学科卒業。テレビ、書籍、雑誌などで情報発信を行う。主な著書に、ベストセラーとなった『女医が教える本当に気持ちのいいセックス』『産婦人科医 宋美玄先生の生理だいじょうぶブック』『産婦人科医宋美玄先生が娘に伝えたい 性の話』など。2017年に開業した丸の内の森レディースクリニックは日本屈指のオフィス街とターミナル駅に近く、近隣で働く人から遠方に住まう人まで幅広い層の女性が訪れている。一般社団法人ウィメンズヘルスリテラシー協会代表理事

産婦人科医 高橋幸子(たかはし さちこ)

埼玉医科大学医療人育成支援センター・地域医学推進センター/産婦人科/医学教育センター助教。埼玉医科大学病院産婦人科・思春期外来担当。年間180回以上、全国の小学校・中学校・高等学校にて性教育の講演を行っている。「サッコ先生」の愛称で親しまれている。著書に『サッコ先生と!からだこころ研究所~小学生と考える「性ってなに?』(リトルモア)『12歳までに知っておきたい男の子のためのおうちでできる性教育』(日本文芸社)『マンがでわかる!28歳からのおとめのカラダ大全』(KADOKAWA)『まるっと!からだとこころの科学まなブック』(厚生労働科学研究荒田班)など。一般社団法人彩の国思春期研究会代表理事


性教育は「早いほうがいい」

――子どもへの性教育を「いつから教えたらいいのか?」「どんなふうに教えたらいいのか」と悩む親御さんも少なくないようです。

高橋 性被害を予防するという意味では、性教育は「早ければ早いほどいい」と思います。性教育といっても、生理や性交の話だけじゃないんですよね。小さい頃は、自分のからだを知ること、自分を好きになることからはじまります。そして最終的には、自分とまわりの人たちの心とからだを大切にすることにつながります。

 子どもも思春期になると、自分のからだを他人と比べて悩んだり、親に打ち明けられないことも増えてくるしね。

高橋 ちなみに、ユネスコ(国連教育科学文化機関)の「国際セクシュアリティ教育ガイダンス」では、性教育は5歳からはじまっています。5~8歳の段階で「妊娠は計画的に行うことができる」と学びます。しかし、世界中で画一ではなく、「その国の事情に合わせて教えましょう」ということになっています。

 これは、いまや「性教育のグローバルスタンダード」なんですね。

高橋 この「国際セクシュアリティ教育ガイダンス」を私たちが用いるときは、日本流にアレンジして取り扱っていることが求められるわけです。なにより素晴らしいのが、人間関係や性の多様性、ジェンダー平等や人権など幅広いテーマを学ぶ「包括的性教育」であるところです。

 性教育というとつい「赤ちゃんがどこから産まれてくるのか?」といったことをイメージしてしまいますが、大人たちも「性教育」のイメージを変えていく必要もありますね。

性交について教えない「はどめ規定」

――よく「日本の性教育は後れている」と耳にしますが、どんな点が「遅れて」いるのでしょうか? その背景について教えてください。

高橋 小学校の学習指導要領※では、5年生の理科で「人は母体内で成長して生まれること」を教えますが、「人の受精に至る過程は取り扱わないものとする」とされています。中学校3年生の保健体育では、性感染症やコンドームについても教えるのですが、「妊娠の経過は取り扱わない」とされています。
※学習指導要領……文部科学省が定めた、各学校でカリキュラムをつくる際の基準のこと

 いわゆる「はどめ(歯止め)規定」ですね。受精や妊娠の経過は取り扱わない、つまり性交について教えずに、いきなり性感染症・コンドームについて教えるという……。

高橋 文部科学省も、この学習指導要領に示されていない内容の指導を「絶対にやるな!」というわけではなく、「必要に応じて個別指導を行ってよい」としています。しかし、問題が起きてから個別に指導するのは遅いですし、「性被害・性暴力を未然に防ぐ」という意味では、我が子だけが学んでいても、我が子を守ることができません。地域が共通の理解をもてるよう、どの子も一斉に教えるべきだと思います。

日本も90年代は性教育の先進国だった

 海外の性教育事情も気になりますよね。サッコ先生は、性教育の視察のため2019年にスウェーデンへ渡航したのだとか。

高橋 視察では、小学6年生の性教育を行った先生からお話をききました。中学3年生向けに私が行っている「学習指導要領をちょっとオーバーしたかな?」というような内容を、生徒同士でディスカッションしながら学んでいましたね。また、コンドームとバナナが各生徒に配られて、自分でコンドームをバナナに装着してみる、という授業もありました。

 日本では中学3年生向けの内容を、スウェーデンでは小学校6年生で……かなりペースが違いますね。そう考えると日本の性教育は、国際基準とはだいぶ遠いように感じますね。

高橋 ただ、日本もずっと遅れていたわけじゃないんですよ。実は1992年ごろには、世界でも有数の性教育先進国で、海外から多くの専門家たちが視察に訪れるほどでした。

 今とはだいぶイメージが違いますね。

高橋 さかのぼれば1980年代、世界的にHIVが大きな問題になりました。そのため日本でも92年にHIV、エイズや性に関することが学習指導要領に取り入れられたんです。そのため専門家の間では、「92年は性教育元年」ともいわれています。

 サッコ先生は当時、高校生?

高橋 そう。私は当時、高校2年生だったので残念ながらHIVの記述は教科書に反映されていなかったかな。

 私は女子校に通っていたけど、習った記憶がないですね。ただ、コンドームのつけ方についてのビデオを学校で見せてもらったのは覚えていますね。

性教育は「不適切」!? バッシングの数々

高橋 ただその後、いくつかの性教育へのバッシングといえる出来事が起こりました。

1998年
小学5年理科で「人の受精に至る過程」を、中学1年保健体育で「妊娠の経過」を「取り扱わない」とする「はどめ規定」がはじめて記載される

2003年
東京都の七生養護学校(現七生特別支援学校)で、知的障害のある子どもたちに歌や人形で性器について教えてきたところ、都議会で問題に。都は教材を回収し、教員らを処分した(13年には教員らの訴えを受けて、都と都議らに損害賠償を命じる判決が確定)

2004年
都教委が「性教育の手引」を改訂、性教育を抑制する方針を示す

2018年
東京都の足立区立中学校で中学3年生に避妊や中絶を教えていたところ、都議会で「不適切」と批判される

 学校での性教育で、セックスのことを十分に教えられていないのは、学習指導要領の「はどめ規定」に加えて、「伝統的な家族のかたち」を重んじる一部保守派による性教育バッシングも背景にあるといわれていますよね。

高橋 「寝た子を起こすな」と考える人たちもいた、ともいわれていますね。

 さすがにバッシングが起こったら、現場の教師たちは萎縮してしまいますよね。「はどめ規定に従っておこう」「性交については教えないでおこう」という風潮が、教師たちの間で醸成されてしまうと、子どもたちが性に対する正しい知識を持てなくなってしまいます。その結果として、子どもたちが性に関する知識を持たないまま大人になって、望まない妊娠をしたり、性感染症になったり、性被害に遭ったことに気がつけなかったりと、非常に深刻な問題だと思いますね。

2023年にスタートした「生命(いのち)の安全教育」って?

 2023年には「生命の安全教育」が全国で始まりましたね。

高橋 はい。性暴力を未然に防ぐという意味では、よい取り組みだと思います。一方で、まだまだ課題も多いのも現実。というのも、まず「生命の安全教育」は自治体によって対応に温度差があるんです。熱心に行っている自治体もあれば、そうではない自治体もある。

 現場の教師も、性教育を指導できる人ばかりでもないですよね。実際、どんな内容が扱われているんですか? 

高橋 小学校低学年でプライベートゾーン、SNSの使い方を小学校高学年、中学校・高等学校では性暴力やデートDV、性的同意なども扱います。

 そのなかで「これが性暴力です、被害を受けたあなたは決してけっして悪くない、だから大人に相談してね」ということを学んでいくと、SOSを出してくれる子どもも増えるかもしれない。

高橋 そう。けれど、私たち大人の頭が古い価値観のままだと「部屋にふたりきりになったら、OKしたことになるでしょ」なんて言ってしまいかねない。そうすると子どもたちは、誰もSOSを出してくれなくなってしまう。

 そういった意味でもSOSを受け止める私たち大人たちが、性について学び直すことも大切になってきますね。

高橋 ただ、文部科学省は「生命の安全教育は性教育ではない」と明言しています。そのため、ここでも性交の話には触れられないままです。性暴力の例として「性交」は示されていません。電車内の痴漢や、交際相手に下着姿の写真をスマートフォンで送らせる行為などにとどまっています。

 一歩前進、けれどまだまだ課題もある。今後のさらなる取り組みに期待せざるをえないですね。

vol.2に続く

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