サウスブロンクスで見た。ヒップホップ・カルチャーは、どう伝えられているか
ニューヨーク近辺でヒップホップかファンクのイベントが無いかとを探していたところ、「[R]evolution of Hip Hop」という展示イベントを見つけた。
このイベントは2023年にサウスブロンクス地区でオープンする予定の「ユニバーサル・ヒップホップ・ミュージアム」が主催しており、その建設予定地のすぐ近くにあるショッピングモールの一角を使って行われていた。
サウスブロンクス地区はヒップホップ生誕の地といわれるが、当時(80年代)は行政や警察に放棄された廃墟のような犯罪多発地区だった。
今はかなり改善しているが、それでもすっかり安心して歩けるような雰囲気ではない。「[R]evolution of Hip Hop」の会場はヤンキースタジアムから程近い、飲食店や商店の多いエリアだったので、比較的安全そうだった。
展示会場への入場は無料だった。
展示スペースは決して広くなかったものの、当時の貴重な資料などが並べられ、平日昼間だというのに意外と人が来ていた。
展示の中には、ギャング同士の抗争がヒップホップによってユニティ(団結)へと結びついた、という解説の掲示もあった。
さまざまな展示の中で目を惹いたのは、「ヒップホップの5大要素」がアメコミヒーロー的に表現されたボードだった。
もともとヒップホップは、DJ・ブレイクダンス・MC・グラフィティの4大要素で説明されることが多い。後に、ビートボックス・ファッション・起業家精神・言語・知識の5つを加えた9大要素として提唱されるようになるが、ここでは元来の4大要素に「knowledge(知識)」を加えた5大要素として紹介されていた。
日本におけるヒップホップとMCバトル
先日、神奈川県川崎市で高校生がMCバトルの罰ゲームとして川に飛び込み死亡するという痛ましい事故が起きた。
詳細はわからないが、いじめなどによる集団的な暴力ではなく、誰が負けても川に飛び込むことになっていたようだ。
報道後、たくさんのラッパーたちがツイートをしていた。
未だ犯罪の多いサウスブロンクスの地において、4大要素ではなく、また9大要素でもなく、「Knowledge」だけを追加した5大要素としてヒップホップが紹介されているのを見て、日本で起きたこの事故を想起せずにはいられなかった。
ヒップホップという文化が日本でどんどんと広がっていく中で、「知識」という要素に対し、どれだけの注意が払われていただろうか。少なくとも私は、そんな考えには及ぶことなく、昨今のラップバトルブームをただ単に楽しんでいた(ラップ要素だけが着目されることやエンタメ競技として消費されていることへの疑問はあったが)。
無論、そうではない人たちがたくさんいることも知っている。
けれどMCバトルは熱狂を生み、その競技的側面が支持されすぎたがゆえに、罰ゲームという形での暴力が生まれてしまった。
ヒップホップ・マインド
「[R]evolution of Hip Hop」が伝えるとおり、ヒップホップは、知識とともに広がっていく必要があると思う。
なぜ知識が必要なのか。
それは、正しい知識によってあらゆる暴力を退け、自分が属する全てのコミュニティをよりよい方向へと導くため。それこそがヒップホップ・マインドといわれる姿勢だ。
ヒップホップがもつ娯楽性やファッション性などのキャッチーな性質ばかりが人々の耳目を集め、知識を身につけることへの啓発が追いついていなかった。
サウスブロンクスではそれができている! と、ヒップホップオリジネーターたちを無批判に褒めそやすわけではない。ここでは触れないが、ヒップホップにはさまざまな功罪があるからだ。
けれど、「[R]evolution of Hip Hop」は地域に無料で開かれており、教育的側面をもつ展示内容であり、展示会スタッフを務めているのは若い男女ばかりだった。これらの点からも、ヒップホップが地域の課題を解決するために人々のユニティを促進するコミュニティカルチャーであり、当事者たちからはその姿勢を持ち続けようという意思が垣間見える。
さらに、この展示会の主催である「ユニバーサル・ヒップホップ・ミュージアム」は、ラッパーのNasが主催するレーベルMASS APPEALが仕切っている。
ヒップホップによって人生を切り拓いた偉大なラッパーが、ヒップホップが積み上げてきた知識に触れることができる場を作ることで、ヒップホップから受けた恩恵を地域に還元している。
Edutainment(エデュテインメント)
最後に、これらの取り組みを端的に示している言葉を紹介したい。
KRS-Oneというラッパーが表した「Edutainment」という言葉。ヒップホップはEducation(教育)の側面をもつEntertainment(エンターテインメント)である、という造語であり、彼の所属するラップクルーのアルバム・タイトルでもある。
ラップというエンターテインメントを通じて黒人の歴史、アイデンティティ、人種差別、貧困、薬物などについて啓発し、原理原則(つまり愛や平和などの普遍的な価値)を重要視しよう、という強いメッセージ性をもったアルバムだ。
KRS-Oneもサウスブロンクスの出身で、自らをTeacha(教師)と称した。
日本では、誰か一人が教壇に立たなくとも、お互いにTeachingして知識を高め合っていけるような、そんな形で発展してもいいんじゃないかと思う。
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