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黒島羊の悩み

「羊ちゃん」僕を呼ぶ明るく響く女性の声。
振り向くとウェーブロングで、僕と同じくらいの背丈だから女性としては大きい方だろう。
彼女は切長の目をしている事もあり、気が強そうな印象を受ける。
「直接会うのは久しぶりだね。嬉しい」と屈託のない笑顔に、僕も微笑みを浮かべる。

白山洋とは幼馴染でずっと長いこといる。お互いの気持ちに気づいたのは中学くらいの頃で、高校は同じだったけどクラスが違い、大学はお互い別の進路だった為、会える機会は減ってしまった。
それを補うようLINEのやり取りや、定期的に会うようにしている。

居心地のいい関係で、続けていきたい気持ちもあるけれど、僕は出来るならもう一歩進展したいととも思っている。
僕らが大学を卒業した後の話……だけではなく、いつまでもいたいと本当に思っていることを洋に伝えられ、今後の将来を共有しあえたら……そう考えるのは早急なのだろうか。
時期、タイミング。それらが大事らしいけれどもそれを測る物差しを僕等はもたない。
勇気を示し行動に移せた時。それが一つの答えならば、僕は臆病者なのだろう。

試験期間も終わりが見え、夏休みが近くなってきた。夏休み中の集中講義とアルバイト以外は特に予定もない。のろっちと喜多も同じようなこと言ってたなぁ。次に3人揃うのは集中講義の時かぁ……。
一段階行くために、僕は覚悟を決めた。拳が自然と強く握られ、肩に力が入る。喉が渇く。
「洋!」自分の声にびっくりする。
「ん?なぁに?」振り向く洋。
「あのさ……よかったら……なんだけど……夏休み中、どこか……とま……暇な日ある?」
どこか泊まりに行かないか?と言おうとしたけど、むりムリ無利左衛門だった。へたれてしまった。

僕はやっぱりヘタレなのだろうか。普通の男だったら……もっと気軽に誘えるのだろうか。その基準もわからないけど。
「んー、手帳忘れたから返事は帰った後でも良い?」
「あぁ。うん!」ガックリする僕。
「あー、そうだ。羊ちゃん」
「んー?なぁに?」俯いたまま聞く。
「夏休み長いんだよね? 2人で予定合わせて、どこか旅行行こうよ?」
一瞬、心臓が止まるかと思った。僕は高速で首を縦に振る。
「んー、どこにしようかねー?」
「あぁ。じゃあ、パンフレットとか集めて、今度話そうよ?」
「はーい。そうしよう」とニコッとする洋。
一気に汗が吹き出した気がした。顔も熱く感じる。夏だからだ。きっと。
今年の夏は何か変わる気がする予感がしてきた。


2024年 文披31題 day13 定規

後書き
集中講義……通常の講義では毎週授業を受ける必要がありますが、集中講義では数日間集中して授業を受けることで単位を修得することができるって形の授業もあります。
夏休み中などに行われる例もあります。羊くんはこのケース。

羊くんは初心でも草食系でもありません。めちゃくちゃ気が弱いのです。

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