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【登山道学勉強会】登山道とTrailの違い #1

さらに、「何故」なのか、が分かるようになるーートレイルの勾配と、そのトレイルが横切る斜面の角度の関係。
                         クリスティーン・バイル

第1回 登山道学勉強会

登山道学の確立を目指すため登山道学勉強会を開催します。今回は「登山道」と「Trail(トレイル)」の違いについて考えていきたいと思います。

登山道学を作るうえで、欧米で広く取り入れられている「Sustainable Trail(持続可能なトレイル)」の考えや技術を応用していきたいと考えています。しかし、この持続可能なトレイルの考えを日本の登山道にそのまま転用することはできないと思われます。それはなぜか?まずは日本の「登山道」と欧米の「トレイル」の違いをきちんと理解しておく必要があります。

日本ではしばしば「登山道=トレイル」と訳されがちで、実際に日本でも「〇〇トレイル」と呼んでいるルートが存在します。これには数年前からおきたロングトレイルやトレイルランニングの影響もあると思います。しかし、欧米のトレイルを歩いたことのある人であれば、日本の登山道をトレイルと訳すことに違和感を感じるのではないでしょうか。私たちは登山道とトレイルは根本的に違うものだと考えます。


加藤峰夫『目的地は国立公園ーアメリカとカナダの国立公園を歩いたひと夏の旅から』

そこで、今回は加藤峰夫さんの書籍『目的地は国立公園ーアメリカとカナダの国立公園を歩いたひと夏の旅から』を参考にします。この本は著者がアメリカ、カナダの国立公園を歩いて見聞きした事柄を、あれこれと綴ったものです。

著者は”「トレイル」とは何か?”という項で登山道とトレイルの違いを次のように書いています。

たしかに最近は日本のアウトドア関係の本や雑誌でも、登山道をトレイルとよんでいるものをしばしば見かけます。しかしアメリカやカナダの国立公園でトレイルを歩き回っていると、これはどうも日本でいう「登山道」とは違うなという気持ちになってきます。
まずトレイルは、山の頂上や峠といった、いわゆる登山の場合の「目的地」に到達することを目的とはしていません。
明確な定義や区別は難しいのですが、しかし、頂上に到達するのを目的とするのが「登山道」だとするならば、そこを歩くことを自体を楽しみにするのが「トレイル」だとでもいえば、かならずしも大きな間違いにはならないのではないでしょうか。

つまり登山道とトレイルはその目的が異なっていて、登山道は頂上に行くことを目的にしているのに対し、トレイルは楽しむことを目的にしている、という指摘です。これはあくまでも著者の感想でしかありませんが、登山道とトレイルの根本的な違いを突いていると言えるでしょう。

また、目的だけでなく作り方の違いも指摘されています。

また、トレイルは、道のつくり自体も、登山道と比べれば随分と歩きやすく考えられているように見えます。たとえば標高のあるトレイルでも、誰にでも歩きやすいように大きな段差は避け、
(中略)
ですから、汗をだらだらと流しつつ、顔をしかめて苦しみに耐えながら、ただただ足元だけを見つめ、ひたすら頂上をめざして登っていくというのが日本の登山道であるならば、(中略)無理をせずに自分自身のペースで。美しい自然の中を歩いて行くことを楽しむのというのが、こちらのトレイルのイメージとでもいえばよいでしょうか。

登山道についてのイメージはちょっと極端な気もしますが(もちろん日本でも歩きやすく無理なく楽しめる登山道も存在します)、トレイルは歩きやすさと比べて、日本の登山道は歩きづらいというのは、欧米のトレイルを歩いたことがある人なら共感できるのではないでしょうか。まとめると次のようになります。

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なお、これらは主に著者がヨセミテやマウントレーニア、カンディアンロッキーを見て語っていることで、アメリカもカナダも広いので必ずしもこれらが当てはまるとはかぎりません。しかし、大枠とはしては間違っていないでしょう。

登山道とトレイルでなぜこのような違いがあるのか。それは偶然ではなく、理由があります。この点について、歴史なども踏まえてもう少し詳しく考えてみたいと思います。


トレイルはなぜ歩きやすいのか?

では、なぜトレイルは歩きやすいと感じるのでしょうか?その答えは実に簡単で、それは”歩きやすいように作られている”からです。トートロジーのようになってしまいましたが、詳しく説明していきましょう。

そのためにアメリカの国有林を管理している「Forest Sevice(フォレストサービス)」が出している『Trail Construction and Maintenance Notebook 2007Edition』を見てみたいと思います。

この中の「Trail Planning」という項で「The 10-Percent Guideline」という言葉が出てきます。これは簡単にいうと”トレイルの傾斜は10%以内(約5.7度)しましょう”という基準です。そうすると、例えば標高差500mを獲得するためにはトレイルの距離最低でも10倍の5000m必要になります。そのためトレイルの大部分は必然的に、日本で言うところの”トラバース”することになります。

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この「The 10-Percent Guideline」は一つの指標で、他にもいくつかのルールがありますが、アメリカのトレイルでは勾配や角度がとても重視されています。理由は他にもいくつか考えられますが、日本よりアメリカのトレイルが歩きやすいと感じさせられる大きな理由の一つがこの勾配にあります。地域によって違いはありますが、『Trail Construction and Maintenance Notebook 2007Edition』を元に、各地のトレイルの管理団代がトレイルの勾配や道幅の基準が定めているので、アメリカのトレイルは全体的に日本よりも歩きやすく作られています。


なぜトレイルの勾配の基準が作られたのか?

日本では登山道の幅や勾配に関する基準や指標があるという話は聞いたことがありません。なぜアメリカではこのような基準があるのでしょうか?それを考えるうえで、フォレストサービスがトレイルを作るようになった経緯を見てみたいと思います。

アメリカで山や森林がレクリエーションの場として注目されるようになったのは1800年代後半のことですが、フォレストサービスがトレイルを作り始めたのは1890年代でした。しかし、当時のトレイルはあくまでも山火対策や物資を運ぶためだったりと、仕事のために効率よく移動することを目的としたトレイルでした。つまり日本で言うところの「林道」にあたるでしょう。

そして1920年頃からレクリエーションの場としてトレイルを整備するようになりました。アメリカでトレイルの整備が広く進んだのが1933年のルーズベルト大統領によるニューディール政策でした。失業対策の一環として「Civilian Conservation Corps(市民保全部隊、略してCCC)」が作られ国立公園やトレイルの整備も進められたのです。

この辺りに関しては北アルプスの雲ノ平山荘の「雲ノ平登山道整備
ボランティアプログラム」でも少し触れられているので、興味あるある方は読んでみてはいかがでしょうか。

ボランティアに関しては「システム」として非常に重要な項目ですが、「登山道学」として注目したいのはそこではなく、トレイルは”林道を起源としている”という点です。そのため、林道を作る技術やノウハウ、考え方がトレイルにも反映されています。それに対し日本の登山道では林道の流れを汲むことなく、山頂へ行くために独自生まれていったものだと思われます。

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日本の登山道の特徴

次に日本の登山道について詳しく考えてみたいと思います。アメリカのトレイルは林道を起源としていると書きましたが、日本の場合はどうなのでしょうか。まず林道について簡単に見てみます。

日本で国有林を管理する林野庁のHPで森林技術・支援センター『森林作業道』という林道を作る際の資料がありました。

これを見ていくと、道路の勾配や角度が決められていることなど、先に紹介したフォレストサービスの『Trail Construction and Maintenance Notebook 2007Edition』と同じような考え方や技術が見てとれます。林道に関しては日本もアメリカでも同じような理屈や技術で作られているようです。しかし日本の登山道にはそれらの考え方は見られません。では日本の登山道はどのような考え方をもとに作られているのでしょうか。

日本の登山道について論じられた書籍はほとんどありませんが、次に平塚晶人さんの『2万5000分の1地図の読み方』を見てみます。これはいわゆる地図読みの勉強のために書かれた本で、地図読みのトレーニングをするための本ですが、日本の山岳の地形や登山道に関する鋭い洞察も見られます。

この本の中で著者は「道のつき方にはパターンがある」として登山道を4つに分けています。

①尾根の上を通る。
②沢に沿って稜線までツメ上げる。
③沢に沿ってツメ、途中から尾根に乗る。
④トラバースする。

また、この中で一番多いのが①の尾根を通る道で、その次が③の沢から尾根のパターン、②は伝統的な日本の山の基本的な登り方ですが意外と少なく、④はピークを巻く場合や車道に多いと書かれています。正確な統計データがあるわけではありませんが、感覚としては概ね合っているのではないでしょうか。それぞれの特徴として①は急登を避けられるが水が取れない、②木を切って道をつける必要がないが危険で荒れやすい、③は①と②の折衷、④は緩やかに登れて車道に多いとしています。

これらことから、登山道は山頂に行くことを目的として、場所ごとに効率の良い方法採用し作られている、と言えるのではないでしょうか。結果として、アメリカのトレイルに多い”トラバース”が少なくなります。

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登山道とトレイルの本質的な違いとは?

日本と欧米の違いを語る上で、よく国土の狭さや急峻さが挙げられますが、以上の事からこれらは本質的な違いではないと考えられます。

日本の登山道は山頂に行くことを主たる目的として独自に生まれてきたのに対して、欧米のトレイルは移動を主たる目的とする林道から派生したもので、これが本質的な違いと言えるのではないでしょうか。

その結果として、登山道はトレイルより歩きづらくなっていたり、トレイルには道路の技術やノウハウが取り入れられたので、登山道より持続可能なものとなっていると言えます。

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ということで、まずは登山道とトレイルの違いについて考えてみました。これを踏まえて登山道を持続可能なものにするためにはどうすれば良いのかを今後考えていきたいと思います。


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