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【登山道学勉強会】持続可能な登山道とコミュニティ #17

Sustainable Trail と持続可能な登山道

今回で4回目となる「持続可能な登山道」シリーズです。英語圏では以前から広まっている「Sustainable Trail(持続可能なトレイル)」ですが、なぜ日本ではこのような仕組みや考え方が普及しなかったのでしょうか。今回はアメリカにおいて  Sustainable Trail 普及に大きな役割を果たしたとされる「Intarnational Mountain Bicycling Association (IMBA)」 の事例から、持続可能な登山道に必要なものは何だったのかを考えてみましょう。

今回紹介する論文

そこで、今回紹介する論文はこちら、『アメリカの林地利用の調整における利用者組織の役割-IMBAを通じたマウンテンバイカーの取り組み-』(平野悠一郎)です。IMBAは日本ではあまり馴染みがないかもしれませんが、International Mountain Bicycking Association の略で、現在では世界中に支部を持つような、その名の通り世界的なマウンテンバイクコミュニティです。現在普及している Sustainable Trail には IMBA が蓄積してきたノウハウが取り入れられています。

そんな IMBA がアメリカのトレイルの維持管理にどのような経緯で関わってきたのか、トレイル取り巻くコミュニティの中でどのような役割を果たしてきたのかを見て行きましょう。



I 研究の目的と背景

かつて日本にスノーボードが入ってきた当初は、スキー場で先行利用者のスキーヤーと新たな利用者であるスノーボーダーの間で軋轢が生まれました。当時は「スノーボード滑走禁止!」というスキー場もあったほどです。どのような業界でも新参者は疎まれるものです。

それは、アメリカの森林利用におていも同様でした。マウンテンバイクが普及するにつれハイカーなどの先行利用者とバイカーの間で軋轢が起こりました。しかしアメリカではIMBAという組織が誕生し、その軋轢を見事に克服。

IMBAはいかにして、軋轢を克服して社会的認知を獲得し、いかにトレイルに貢献してきたのでしょうか?

II アメリカにおけるIMBAの成立過程

1 マウンテンバイカーの登場と林地利用をめぐる競合・対立の深刻化

マウンテンバイクは1970年代に誕生し、80年代ごろから人気が出始めます。当然のことながらトレイルの先行利用者との軋轢が生まれました。ハイカーだけでなく、自然保護団体からも自然環境に悪いという指摘がされ始めます。トレイルの管理者からもマウンテンバイクを排除しようとする動きが現れ、例えば国有林を管理する Forest Service はウィルダネスエリアでのマウンテンバイクの「保有」も「利用」も禁止するという厳しいものでした。

しかし、これらは「一方的な忌避」と言えます。支援保護に関して言えば。マウンテンバイクだけが自然を破壊するわけではありませんし、マウンテンバイクが他の利用方法より破壊的というわけではないことが後に研究で明らかになっています。

2 IMBAを通じた利用者組織化による対応

IMBAはその名に「International」と冠していますが、その母体となったのはカリフォルニアで活動していた5つのマウンテンバイク愛好家たちの団体でした。彼らはそれぞれトレイルの管理者に働きかけてトレイルの利用の許可を勝ちとっていました。いきなり International と名乗るのところに、その意識の高さが窺えます。

IMBAがその設立において重視したのはバイカー自身の「責任ある利用」と「政治的影響力の向上」でした。IMBAは政治的なロビイング活動だけでなく、バイカーへ「トレイル利用ルール(Rules of the Trail)」を発表するなどマナー向上と持続的なトレイル整備への呼びかけを行いました。また、各地のトレイルの利用に関する問題解決をサポートも実施していきました。

このような、バイカーによる「持続的なトレイル整備」という活動を下地として、トレイルの管理者や他の利用者たちに働きかけることで、自分達の遊び場を獲得していったのです。


III 利用者組織としてのIMBAの役割

1 全国的な組織体系の確立

IMBAはコロラド州のボルダーに本部があり、アメリカ本土のみならず現在では全世界的に支部をもつ団体にまで成長しています。本部のスタッフは50名ほどですが、ここではその規模の大きさを物語るものとしてお金に注目してみましょう。

2015年の総収入は612万ドルと、日本円にするとなんと数億円に上ります。収入源としてはまず会員からの会費や、企業からの寄付、宣伝費などの他に有償のサービス事業もあります。「Trail Solutions Staff / Team」によるトレイルの造成や整備、「Regional Directors」による行政や自然保護団体に対するロビイング活動を支援する事業も貴重な収入源となっています。

2 各地のバイカーへの実践的な支援活動

「Trail Solutions Staff / Team」や「Regional Directors」が行なってきた支援活動から、そこで蓄積されてきた技術やノウハウが書籍として出版もされています。特に『Trail Solutions』は全世界のトレイルビルダー達のバイブルとされています。

例えば持続可能なトレイルを代表するノウハウの一つに「Harf Rule」というのがあります。「トレイルの勾配は山の斜面の勾配の半分にすべし」という指標ですが、これはIMBAのノウハウから来ています。

IV 林地利用の効果的な調整に向けての示唆

1 利害主張・調整における組織的優位性の発揮

利用者を代表するような組織があることは、その業界やコミュニティにとってどんなメリットがあるのでしょうか。日本での最近の例を挙げるとトレイルランニングの事例があります。例えば東京の「公園利用ルール案」作成の際に、トレイルランナーを代表する組織が見当たらなかったため、担当者は個別に大会を開催する団体と話をしなければなりませんでした。話を聞いてくれたのでまだ良いものの、無視されて一方的に禁止措置を取られる可能性もあったでしょう。後に日本トレイルランニング協会ができましたが、後手に回ってしまっていたと言えます。

最近(2021年)の事例を挙げると、北海道の屈斜路湖で水上バイクの利用が法的に禁止になりました。環境省がパブリックコメントを募集している段階で、愛好家たちが利用を認めてもらおうと署名活動などを実施ししましたが、時すでに遅し。屈斜路湖での水上バイクの乗り入れは禁止となりました。一部のマナーの悪い利用者のせいで、優良な利用者も制限されてしまうことになってしまいました。もし水上バイクの利用者を代表する強力な団体があり、政治的なロビイングや利用者へのマナー向上を呼びかけていれば、状況は違ったかもしれません。

2 「責任ある利用」を通じた資源管理への貢献

IMBAが掲げるバイカーによる「責任ある利用」についても目を向けてみましょう。「責任ある利用」は言い換えれば「利用者負担の原則」とも言えます。当初は軋轢を解消してマウンテンバイクの認知を獲得するための手段という側面が強かったようです。

例えば、定期的に「DIg Days(Dig = 掘る、整備の日)」を設けてトレイルの整備を行ったところ、他の利用コミュニティから「お金を出すから整備して欲しい」という声がかかったり、大会開催の際にトレイルの整備の寄附を募ったら管理者から「大会規模を大きくしていい」という方針が出たりといったこともありました。

「責任ある利用」は双方にとってもメリットが生まれる活動として、日本でも注目される取り組みです。

3 安全・リスク管理における組織化のメリット

日本で登山道の問題について語る時よく取り上げられるのが営造物責任などのリスクです。IMBAの取り組みはこの点についても解決策を提示してくれます。

まず、バイカーに対してはマナーや意識を向上させることで事故のリスクを下げています。また、整備に関してもより安全なトレイルを作る技術やノウハウを普及させることで事故発生のリスクを低減させ、また保険会社と提携して専用の保険を用意するなど、規模を生かすことでリスクを可能な限り抑えています。


V 総括と今後の検討課題

以上のように、「責任ある利用」を実践してきたIMBAですが、日本でも似たようなコミュニティが生まれつつあります。日本山岳遺産にも選ばれた「南アルプスマウンテンバイク愛好会」などがその例です。こういった団体は、まだその地域のみの活動ではありますが、全国的な活動へ広がることが期待されます。

とはいえ懸念点もないわけではありません。それは「負担の不公平」です。すべてのバイカーがIMBAの会員なわけではありませんし、すべての利用者がボランティや寄附を行なっているわけではありません。多くの利用者は、一部の人の負担の上にタダ乗りしている状況と言えます。この不公平をどのように埋めていくべきなのかは今後の課題となります。



IMBAが持続可能なトレイルに果たした役割

いかがでしたでしょうか。このIMBAが果たした役割を以前に紹介した「持続可能な登山道モデル」に当てはめて見てみましょう。Trail Solutions Staff によってトレイルの設計や施工の方法論が確率されました。またそのノウハウを本にするなど普及させることにより人材を育てることにも繋がりました。Regional Directorsによって各地の組織の活動や問題解決をサポートすることで仕組み作りにも貢献しているといえます。また、 組織を運営するためのお金を事業や寄附や会費で賄うことができています。ざくっり見ただけでもIMBAという一組織が多くの役割を担っていることがわかります。

昨今、日本の登山道について語られる時に「登山道は社会インフラであるから、本来行政が行うべきことである」、「山小屋や山岳会が負担するのはおかしい」といった論調があります。しかしIMBAの事例を見ていくと、日本の登山道を維持するために今本当に必要なのは登山者による「責任ある利用」と「利用者負担の原則」そしてそれを引っ張る強力なコミュニティなのではないでしょうか。



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