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「平成30年度雲ノ平植生復元事業検討委員会」 資料に学ぶ、植生復元活動


前回、木曽駒ヶ岳周辺の植生復元活動を紹介しました。今回は「平成30年度雲ノ平植生復元事業検討委員会」資料から北アルプス雲ノ平の事例を見てみたいと思います。

木曽駒ヶ岳周辺では主に植生マットを使っていましたが、雲ノ平では2008年から同様のものを使用した植生復元活動が行われていて、雲ノ平ではこれを「緑化ネット」(麻繊維)または「源五郎ネット」(ヤシ繊維)と呼んでいます。

しかし、木曽駒ヶ岳周辺と雲ノ平では環境や植生破壊の原因が異なっているため、植生マットの使い方も異なります。今回はその辺りの違いにも注目してみたいと思います。


地理的条件・環境

まず現場の地理的条件や環境を比べてみます。木駒ヶ岳周辺は稜線近くの風衝地で地質は砂礫でした。一方、雲ノ平は主に傾斜地や平坦地雪田で、地質は表面は土壌が数十センチの層があり、その下は粘土質の層となっています。当然植生も違ったものとなっています。

また、植生が破壊(or復元しない)の原因も異なります。そもそもの原因は、登山道ができたことによって水による浸食人による踏圧によって、登山道の周辺の土壌と植生が失われていく、というよくあるパターンだと思われます。この辺については「登山道荒廃メカニズム」シリーズをご覧ください。

木曽駒ヶ岳周辺にはない要素として積雪による影響があります。つまり、積雪によるグライド現象と、融雪水による浸食です。逆に風衝の影響は少ないと思われます。


植生復元活動

では、雲ノ平では具体的にどのような復元活動が行われてきたのでしょうか。木曽駒ヶ岳では植生マットの敷設石組み播種基盤の改善でした。雲ノ平では大きく3つに分ける事ができます。それが、伏工土留工です。そして、これらの全てで「緑化ネット」や「源五郎ネット」が活用されています。

植生復元活動の目的は大きく一つで「土壌の安定化」です。これは木曽駒ヶ岳周辺と同じです(木曽駒ヶ岳周辺の場合は「砂礫」という違いはあります)。ただ、木曽駒ヶ岳周辺と一点違うことは、播種は行われていないことです。これは範囲が広いという理由もあるようですが、風衝地と雪田という環境の違いで、雲ノ平の場合は裸地部の周りには植生が多くあるので、自然に種子が供給されることが期待できるからだと思われます。

それでは、その内容をひとつずつ見ていきましょう。


伏工

まず伏工です。これは木曽駒ヶ岳周辺で言うところの植生マットの敷設です。主に裸地部と植生部分の高低差が低い場所で施工されます。しかし地質が異なるためか、目的や趣旨が同じでもネットの貼り方や留意点が違います。資料でいうとp54-55を見てもらうと分かりやすいと思いますが、まず土壌に密着させるため表面の石を取り除き、取り除いた石をネットの上に乗せることが推奨されています。また、ネットの端は植生の上に被せてしまいます。

伏工の目的(ねらい)
・露出した土壌保護、土壌流出防止
・発芽環境の提供
・保湿、遮光
(平成30年度雲ノ平植生復元事業検討委員会 p52より)


土留工

次に土留工です。これは主に、裸地部と植生部分に高低差があって法面ができてしまった箇所で施工されています。ネットの中に石や土壌をつめてロール状にしたもので、土留ロールとも呼ばれています。資料でいうとp56-57です。これによって表面流による浸食や雨滴浸食、から土壌を守る効果があります。以前は丸太による法面の保護が行われていましたが、土留ロールは柔軟性があるため、丸太よりもいくつかの点で優れているとされてます。

まず地形に密着しやすい(させやすい)事が挙げられます。丸太の場合、最初はよくても流水によって土壌が削られて隙間ができると、土留の機能を果たさなくなることがありました。また、丸太は積雪グライドで壊れやすいという弱点がありましたが、土留ロールは積雪グライドにも強いことが分かっています。

土留工の目的(ねらい)
・従来の丸太工に対し、地形への密着性 が高く、堅牢な構造 
・景観への融和性を高める
・浸食面の土壌流出防止
・現存植生の保護
・発芽環境の提供
(平成30年度雲ノ平植生復元事業検討委員会 p52より)

ここで注目していただきたいのはp57の「想定される復元過程」図です。これを見て、基本的な考えは「サスティナブルトレイル」における「バックスロープ(backsloope)」と同じだと感じます。サスティナブルトレイルでは人為的に、さっさとバックスロープを作ってしまいますが、雲ノ平では十数年かけてバックスロープになることを目標としています。(詳しくはマガジン「トレイルデザイン実践ガイド」、その中でも特に「Trail Reconstruction」をご覧ください。)


次にです。これも以前は丸太を使って施工する事が多かったのですが、ネットを使って作ることによって、丸太による堰の弱点を克服しつつ、より高い効果が期待できます。資料でいうとp58-59をご覧ください。

堰は主に水みちに施工します。特に水みちが狭まって水の勢いが強くなるところに設置します。堰を作る目的は大きく2点です。①流水の勢いを弱めること②土砂を溜めることです。それによって浸食を止め、土壌の安定化・植生の回復を図ります。

しかし、丸太による堰には大きな弱点があります。それは正しく施工、機能させないと二次侵食が起きやすいということです。二次侵食とは、本来浸食を止めるための施工物が新たな浸食を生み出してしまう現象のことです。丸太は①水を通さないし、②土砂も通さない材質のため、水が丸太の周辺を流れてしまい、そこの土壌が侵食され登山道が広がっていく、という現象がよく起こっています。

そこで、ネットで堰を作るとこの現象が起きづらいくなります。ネットで作る堰は丸太と違い①水は通すが、②土砂は通さないという特徴があります。この二つの特徴により、水が脇を通らなくなるので二次侵食が起きづらいのです。

の目的(ねらい)
・従来の丸太工に対し、透水性と土留効果を両立させる
・景観への融和性を高める
・みずみち上の土壌流出防止
・表面流の減速
・発芽環境の提供
(平成30年度雲ノ平植生復元事業検討委員会 p52より)


まとめ

雲ノ平では植生復元活動が10年以上行われてきました。現在の写真と施工前を比べると、土砂が溜まりそこに植生が回復してきているのがよくわかります。木曽駒ヶ岳周辺と比べてみると、雲の平の植生復元活動はとにかく土壌の安定化に力を注いでいると感じます。

しかし、すべての施工箇所で順調に植生が回復しているかというと、そうでもないようです。資料だけではその原因の詳細ははっきりとは分かりませんが、表流水が多いところ水が滞留する場所では植生が回復しづらいのかもしれません。

このことから、山岳保全においてはとにかく「」と「」が重要な要素なのだと感じます。そして、このことは「サスティナブルトレイル」とも共通しています。(詳しくはマガジン「トレイルデザイン実践ガイド」、その中でも特に「Natural Forces at Work」をご覧ください。)

国や場所、環境や整備方法が違っても、その根幹にあるものは同じという事を改めて感じさせれらます。ということは、海外で行われている手法や理論は日本でも通用し、日本の手法や理論は海外でも通用する、と言えるのではないでしょうか。


おまけ

山岳保全における水
ここで一つ、山岳保全における「水」の特徴を踏まえておきましょう。ものすごく簡単にまとめると①水は流れやすいところに集中します。そして②水が集中すると良くない事が発生します。では「水の流れやすいところ」とはどのようなところでしょうか。これも大きく2つだけです。それは①高いところより低いところ、そして②浸透能の低いところより高いところです。とりあえずこれだけ覚えておきましょう。そしてこのことを踏まえて山岳保全における水の扱い方を一言でまとめると次のようになります。つまり「分散排水」です。



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