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拾った右手

「こんなもの拾ってきてどうすんのよ」
「わかんないよ。でもかわいそうじゃん」

 妹が右手を拾ってきた。綺麗に切り落とされた、どこかの誰かさんの手首から先。私たちの部屋に置かれた大き目のダンボールの中で、それは五本の指を足みたいに上手に使ってカサカサと歩き回っている。

「なんで動くのよ、これ。このまま飼うつもりじゃないでしょうね」
「わかんないってば。でも持ち主の人に返してあげたいから、それまで部屋に置いてあげてもいい?」

 妹が台所から持ってきた魚肉ソーセージを段ボールに入れると、飛びついた手はめくれ上がった中指の爪を口のように動かして食べている。私と妹は部屋を共有しているから、必然的に私もこいつ一緒に生活する羽目になる。それは嫌だ。

「嫌だあ、気持ち悪い」
「お願い、お姉ちゃん。私がちゃんと面倒見るから」
「そういう問題じゃないの。拾った場所に返してきなさい」
「うえええええええええん」

 いくら泣かれても、嫌なものは嫌だ。私はダンボールの中の手をむんずと掴み上げ、もう片方の手で泣き喚く妹の襟元を掴み、引きずるようにして家を出た。

 妹が手を拾ったという場所まで歩く。掴んでいた手がジタバタと暴れるので、私の指とこいつの指を絡めるようにして押さえつける。まるで恋人繋ぎ。ごつごつとして大きなこの手の持ち主は、身体の大きな男の人かな。いつかたくましい彼氏ができて手を繋いだら、こんな感触なのかもしれない。そんな夢想をしていると、未だ半泣きの妹からの冷ややかな視線を感じる。

「お姉ちゃん、なんでちょっと嬉しそうなの」
「うるさい。着いたよ」

 そこは妹が通っている小学校の裏手に広がる大きな森。妹の後を追って中へしばらく進んでいくと、やがて一本の大きな木あって、その足元には真っ黒なビニール袋がいくつも積まれている。

「ここで見つけたんだよ」
「何よ、この袋は」

 袋はどれも口がきつく結ばれている。掴んでいた手を妹に渡し、そのうちの一つを無理矢理開けて中を覗き込む。すると男の人と目が合った。白髪交じりでぼさぼさの髪の毛に、伸びっぱなしの鼻毛と無精ひげ。開いた口の中には歯が半分ぐらいしかなくて、残った歯は黄色く汚れている。手と違って、この頭はもう動かないみたい。目が合ったまま固まっていると横から妹も覗き込んできた。

「この人の手なのかな」
「そうなんじゃない。どうすんのよこれ」

「おい、ここで何してる」

 さっきまでの夢想を打ち砕かれて茫然としていたら、声を掛けられた。振り向くと、いつの間にか知らないおじさんが2人いる。目つきが悪くて身体の大きいその2人は、いかにも黒塗りのバンとかに乗っていそうなタイプ。

「アニキ、こいつら袋の中身を見ちまってやすぜ」
「お前がこんな学校の近くでバラすからだろうが」

 一歩前に出た私は、妹を背中に隠すようにして彼らと向き合う。ほんと、こんなところで仕事しないでほしい。

「まったく。こいつらに袋の中身も、俺たちの顔も見られた。仕方ねえが、処理するホトケが増えるな」
「アニキ、まだ子供ですよ。俺はやりたくねえ」
「お前のせいだバカ野郎。ケジメつけろ」

 弟分みたいな奴は一つ大きなため息を付いて、こちらに近づいてくる。2人で走って逃げてもきっとすぐに追いつかれるから、ここは私が何とか足止めして、その間に妹だけでも逃がさないと。そんな風に覚悟を決めていたら、私の目の前を小動物がもの凄い勢いで走っていき、弟分の顔に飛び掛かった。

「なんだこりゃあ。前が見えねえ、くそっ!」

 それは小動物じゃなくて、妹が抱えていたはずの手だった。暴れる弟分の顔を掴むようにして覆っていると、次第に何かが軋むような音が聞こえてくる。

「アニキ! 助けてくれ! いてえ、いてえ、あっ……」

 パキョッという変な音がして、崩れ落ちる弟分。トマトを強く握ったみたいに顔を潰された彼は、横たわったまま身体がピクピクと痙攣している。

「おい! なんだこいつは、おい! こっちにくるな!」

 血で真っ赤になった手は次の目標に狙いを定めて近付いていく。恐怖で引き攣っている兄貴分の顔を見た私は、妹に声を掛けた。

「走るよ!」
「うん!」

 手が兄貴分の顔目がけて飛び掛かるのと同時に私は動いた。妹の手を引いて、来た道を駆ける。

「お姉ちゃん、すごかったね! 前にああいう映画を一緒に見たよね。手みたいな形をしたエイリアンが顔に飛び掛かって来て、口からお腹の中に赤ちゃんを産みつけられちゃうやつ!」
「いいから黙って走って!」

 背後から聞こえるこの世の終わりみたいな悲鳴を背に、私たちは家までの道をひたすら走った。



 それから数日後。近くで3つの死体が見つかったせいで小学校はしばらく休校になって、妹は一日中家にいる。暇でずっとテレビのニュース番組を見ているみたいで、私が学校から帰ってくると駆け寄って来て、その日の新情報を教えてくれる。なんでも3つの死体のうち1つはバラバラにされていて、あとの2つは顔が潰されていたらしい。

「顔が潰された2人の身元、やっとわかったって! やっぱりヤクザだったみたいだよ。思った通りだね。すっごいわかりやすかったもん」
「そうね。あんたそれ、誰にも言っちゃダメだからね」
「うん、わかってるよ。あの子、元気にしてるかな」
「あんだけ強けりゃ大丈夫でしょ」

 その後、どれだけ警察が探しても、バラバラ死体の右手部分は見つからなかったそう。



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