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初夢【1】

——それじゃあ十年の後にまた来るわ。それならいいでしょ

——十歳になるまで待とう。だから、きっかり九年後の正月だ

——十年後、我ら御身の若君の元へ参ります

——その時こそ、若君に我らの元へおいでいただく

——必ずよ。だってあたし、約束したんですもの

——そうだ。約束は守らなくちゃ

——約束したからには必ずお守りなさいな

——そうだそうだ。上杉のご当主なら約束を違えるなんてことは決して許されない

——そうだとも。僕ら、必ずまた来るからね。九年後の正月だ。若君が十歳になる歳の正月だよ

——そうしてその時こそ我ら、必ずや若君にお目通りを賜ります

——必ずだ

——我ら、必ず、また来るよ

——約束したんだもの、あたし。御方と――

 

 慶長十九年・新春


 僕の父は随分眠りが深いんだという話を周囲の人間たちから僕はうんと聞いていた。なんでも鉄砲が飛び交っているような戦の最中でも本陣で大いびきをかいて寝ていたんだというんだから、それはよっぽどだと思うよね。

 ……というか、戦の大将がそんなんでいいのかなあってことは僕も思うけど。

「夢の中で僕に?」

 だから僕は父上の話を聞いて飛び上がるほど驚いた。戦の本陣でもぐっすり寝ているような父上が正月に見たという夢の話をしたんだから。

 それはつまり、初夢ってやつだ。

「父上でも夢なんて見るんだね!」 

 僕は関心しながら思わずそう呟いていた。銃弾がすぐそばで飛び交っていたって起きない父上でも夢を見ることがあるんだよ。 

 けれどすぐに僕は「しまったと」心の中で後悔した。江戸屋敷の僕の寝所で向かい合う父の顔はいよいよ顰められて、こちらをじいっと睨みつけている。どうにも言い過ぎたらしい。

 今年もお正月を父上と一緒に過ごせるなんて意外だった。

 去年のお正月は江戸にいた父上だけれど、夏には米沢に帰ってしまってそのままだったから、てっきり今年のお正月は米沢で過ごすもんだと思っていたんだ。ところが父上は年も終わりに近づいた師走の中旬になって突然江戸にやって来たんだよ。いつも一緒の御家の執政・直江山城守も連れずにね。

 そんな父上の姿を見た僕の小姓二人は、もしかしたら年が明けたら早々に上方で戦があるのではないか――そんなことを言っていた。

 確かに大阪の豊臣家と徳川の将軍家との間でいよいよ戦になりそうだという噂については僕も聞いたことがあったし、それなら米沢から父上が自分の刀をたくさん持参していたことについてもなんだか納得がいく気がした。江戸で情報を集めて戦の気配を探るつもりなのかもしれない。

 江戸に幕府が開かれて十年——久し振りの戦だからね。父も張り切っているんだろう、と僕も思ってた。

 しかし元旦を迎えて夜もいよいよ更けようとしているこのタイミングで僕の寝所に現れた父上がそれを山程持っていたことは完全に想定外だった。

 そりゃあ誰だって驚くよね。寝る準備万端整えて、さあ布団に入ろうかというまさにその時に怖い顔をした自分の父が山程の刀剣を抱え持って現れたんだからさ。

 僕は寝所の自分の布団の周囲を見渡した。僕の布団をぐるりと囲むように無数の刀が置かれている。全部で十振はある。

「……ただの夢ではない。刀の化身だ。謙信公もそれを見たことがあるという。姫鶴一文字の刀の化身を」

「それが僕に用があると……そういうことなんですか、父上が見た夢というのは」

 父は顰めた顔のまま深く頷いた。

「……ずっと昔、義父上が一文字の太刀を手に入れた時に夢の中へこの太刀の化身だという女が現れた。己の鋼を削らないでくれと頼み込むためだったそうだ。義父上以外に腰物係までもが同じ夢を見て、結局義父上は太刀を刷り上げることを止めた」

 僕は頷いてそれを見たよ。僕もその話は聞いたことがある。

 ――姫鶴一文字。刀剣が大好きなうちの先代の当主・謙信公の愛刀だよ。僕の布団の傍ら、一番傍に置かれた一振の長い打刀拵の太刀だ。鍔のない特徴的な合口の拵えはうちのオリジナル。

「僕も聞いたことがある! それでその一文字の刀は夢に出て来た姫様の名前をもらって、《ひめつる》って言う号にしたんでしょ。謙信公の一番お気に入りだよね」

 僕はうきうきしながら言った。

 今、僕の寝所には僕と父上の二人しかいない。他の家臣や家来がいると父上への言葉遣いや態度にも気を使うから、こういう機会は本当に嬉しいんだ。

「……ああ、そうだ。しかし話には続きがある」

「続き?」

 僕は父上に顔を寄せた。もうとっくに人が寝静まった時刻なんだもの。部屋に灯りはつけているけれどそれは目の前の人の顔がようやく見えるくらいだよ。僕と父上は僕の布団の上に膝を突き合わせて顔を合わせている。

「……義父上はこれで《災は晴れた》と言っていた。儂はその夢を見ておらぬし、夢に出てきた姫鶴一文字の化身とやらが神か邪かもわからぬ。鋼を刷り上げることを止めたおかげで災いが晴れたというなら、鋼を刷り上げていたら一体どのようなことになっていたのか……それは義父上からもついに教えては貰えなんだ」

 風もないのに一度大きく部屋の灯りの炎が揺らめいた。

「……儂がその化身を夢に見たのはお前が生まれた年の正月のこと。ただし、義父上の時のように姿形や夢に見た一部始終を覚えておるわけではないし、姫鶴一文字だけではない。人のような何かが何人もおって、お前に会わせろ、顔を見せろと仕切りに声がしたことは覚えておる」

「ど、どうして僕を……」

「……理由はわからん」

 夢だということしかわからなかった父上は、その声の主たちが一体何者なのかわからなくて、話をはぐらかしたのだという話だった。

「……刀の化身だという話ではあるが、義父上の話を鑑みるに、物の怪や悪霊の類かも知れぬ。そうしたものを信じておるわけではないが、ただ会わせろと言われて素直に応じる義理もない。何をされるかもわからぬ。とは言え、抵抗したところで夢の中ではこちらに勝ち目もない」

 父上は声の主の姿も覚えていないということだった。朧気ながら人の姿をしていたようだということしかわからないという。

「……五月にお前が生まれて七ヶ月あまり。しかしお前の母が死んで半年も経って居らぬ故、今は喪に服したいと伝えた。いずれ必ず会わせるから時を待て、と」

「それで……その夢に現れた連中はどうしたんですか」

「……人影の一人が、それでは時を待とうと言った。すると別の何者かが十年の後にまた来ると申した。すると奴ら口々に、十歳になったらお前の元に現れると、迎えを出して自分達の元へ連れて行くと言った」

 今晩がその十年目の正月だ――と、父は続けて呟いた。

 父の声はいつもよりもずっと低くて暗い。普段人前ではほとんど喋らない人だから、僕もこんなに喋る父を見るのは久し振りだよ。

 父はじっと僕を見つめていた。

「……夢のことで覚えているのはそれくらいだ。十年後に必ずお前の元へ現れるということ、十歳になったお前を自分達のところへ連れて行くと言っていた。十数名の人影……姿外見は覚えておらぬが、しかし確かに皆腰に刀を差していた。儂が目録に記した十振や御家の名物だった」

「ははあ……それがこれ……」

 僕は再び布団の周囲を見渡して言った。なんだか不思議な光景だよ。すっかり僕は刀にぐるりと囲まれている。

「僕の元へ現れる、というのはここにある名物の刀の化身が僕の夢の中に出てくるってことなのかな。連れて行く、というのはよくわからないけど……」

「……お前を冥土へ連れ去るつもりやもしれぬ」

「ふええ!? 冥土?」

 それってつまりあの世のこと? 

 僕はぽかんと口を開けたまま父上を見つめてしまったよ。だってそんなことは思いもしなかった。

「……この十年、夢現に聞いた言葉を思い返してずっと考えていたが、連れて行く、というのはつまりそういうことだろう。だからこれらを江戸へ持参した。覚えている限り夢に出て来たものを全て持参して来たつもりだ」

「ど、どういうことですか」

 僕の布団の周囲に置かれているその太刀や打刀は刀剣が大好きだったという謙信公ゆかりの名物で、いずれも名刀ばかりだ。長船や一文字といった古備前の名物に始まり、長谷部の長い太刀や黄金に輝く美しい拵の太刀もある。大御所・家康公が謙信公に献上したという一振りもあった。これは徳川家に所在がバレると「返せ」と言われるから、父も秘蔵を厳命して隠し持っている。だから、まさかそれまで江戸へ持ってくるとは思わなかったよ。

「刀の化身だ物の怪だと申すなら、こちらにも考えがある。これらの今の持ち主は儂だ。謙信公所有の名物と申せ、好き勝手なことはさせぬ」

 父は布団のまわりに並べ置かれた刀をちらりちらりと見て言った。

 いつも割と怖い顔の父上だけれど、今日はいよいよ怖いよ。周囲が薄暗いから余計にね。よっぽど父上の方が鬼のような顔をしていると思う。

「……今宵、おそらくお前の夢にこれらの太刀や打刀どもの化身が現れる――十年前に見た儂の夢がその通りになれば、の話だが。しかし連中の好きにはさせぬ。刀の化身か物の怪か知らぬが、そうむざむざとお前を冥土へ連れ去られるわけには行かぬ」

 父上は手にも太刀を持っていたよ。一瞬握りしめていたそれに視線をやって、そうして再び僕を見た。

「……人はすぐに死ぬ。赤ん坊や子供は特にだ。わけも分からず、意味や理由を知ることも叶わない。儂の兄上も幼くして亡くなった。理由はわからぬ」

「そ、そうなの?」

 そうだ、と一言呟いて父は続けた。

「……もうずっとずっと昔のこと……今のお前よりも年若い時分の頃だ。父や母からは、兄は遠くへ行ってしまったのだと聞かされた。死とはそういうものだと理解するしかなかった。それからすぐに父も亡くなった。突然の事だった」

 僕は何も言葉を掛けられなかったし、そもそもそれは躊躇われてしまったよ。

 父上には年の近い実の姉上が米沢に生きているという話を聞いたことがあるけれど、もう身内と呼べるような家族はそれきりで、後は僕がいるだけだ。僕の母上は僕を産んだ後にすぐに亡くなってしまった。その前に父上の奥方も死んでしまったと聞いている。

 父上の家族は米沢の姉上の他にはもう僕が一人いるだけだ。父上の家族はもうほとんどが死んでしまったんだ。

「……人はすぐに死ぬ。簡単に死ぬ。我らには為す術がない……遠くへ連れ去られる人の定めからは誰も、どうやっても逃れることなど出来ぬのだとその時に理解した。そうするしかなかった」

 すると刹那、父は僕を睨みつけて言葉を続けたよ。太刀を強く握りしめていることが僕にもわかる。

「……定めは誰にも変えられぬ。しかし、だ――受け入れ難いそれに抗うことは出来る。お前が兄上と同じ定めになるであろうことがわかっていながら、ただむざむざとそれを許すほど儂は聞き分けの良い人間ではない。お前を上杉から取り上げるという刀の化身なら、持ち主の儂手束らその鋼を叩き折る」

「た、叩き折るって……この刀を? 全部?」

 僕は思わず裏返った声で叫んでしまった。

「……夢に出てくる化け物を退治することはおよそ出来ぬことだろう。しかし刀の化身であると申すなら、本体が壊れれば無事では済むまい。鋼を刷り上げることにさえ難色を示したくらいだからな」

「だ、だって、ここにあるのはみんな―—謙信公以来の御家の名物なんでしょう? どれもみんなすごい名刀じゃあないですか! それを叩き折るなんてそ、そんなの……」

 するとその時、「玉丸」と名前を呼ばれて僕は返事をしたよ。玉丸、ってのは僕のことだ。もっとも、もうちっちゃい頃の名前だから今でもそう呼ぶのは父上だけなんだけどさ。

「……御家の刀剣の名物はいずれも謙信公がその価値を認め、戦場で手束ら振るわれたもの。それ故価値があり、それこそが価値の全て。謙信公への信仰の傍らに頂かれるべき代物であり、なればこそ儂は上杉の家の主として、上杉の名物どもにはその価値にふさわしくあるよう求めねばならぬ。義父上は高潔な御方だった。なればこそ、義父上の名物もかくあるべき」

 そうして暫く父は黙っていたけれど、不意に

「……お前に死なれては、死んだお前の母たちに合わせる顔がない」

 と呟いた。

 父上にはもう奥方はいない。僕の母上が死んじゃって以来独り身だ。父はもう随分歳だからそのせいかもしれないけれど、他所の大名家はこぞって将軍様や大御所様の血縁者や養女なんかを奥方に貰っているんだから、それを考えればやっぱりちょっと父は変わっていると思う。

 僕は返す言葉を探しながら、じっと父上の顔を見ていたよ。父や育て親の直江山城守からはいつも言われてる――何事も注意深くよく観察しなければいけない、ってね。

 父上はいつも気難しい怖い顔をしているから、考えていることや心の中なんてのはどんなに観察していたって僕なんかにはわからないけどさ、それでもちょっとした表情の違いなんてのは僕にだってわかるんだよ。

 だって父上は兎に角喋らないんだから、僕は周囲が思っているよりずうっと父上のことを注意深くよく観察しているんだ。何を思い、どんなことを考えているか――滅多なことでは喋らない父上のそうしたことをもっとよく知りたいもん!

「……お前は渡さぬ。冥土には行かせない」

 父上の口調は強かった。いつもどおりの怖い顔。

 だけど僕はなんだかちょっとだけその父上の表情が寂しそうにも見えたんだよ。それは今までに僕が見たことのない、不安げな表情かもしれないって思ったんだ。揺らめいた蝋燭の灯りの加減かもしれないけど。

 僕が跳びはねるようにして掛け布団をめくり上げると、父上も腰を上げた。僕は大急ぎで布団の中に潜り込む。

「わかりました、父上! そうしたら僕、夢のなかでこの刀の化身たちに話を聞いてみるよ。僕をどこへ連れて行くのか聞いてみます。それでもし《冥土へ連れて行く》って言ったら断るもん」 

 父上は僕の傍らに座っていたよ。僕の言葉を聞いて頷いた。

 僕は枕の下を弄ってそれを取り出し、父上に見せるように翳した。いつも寝る時に枕の下に敷いている短刀——父上から貰った長船景光の短刀だよ。 

「父上、僕はまだ死なないよ。だってどこも痛くないし、具合も悪くない。ぴんぴんしてるもの。それでもなお僕を冥土に連れて行くっていうなら、僕だって理由を聞くよ。それでどうしても僕を冥土へ連れて行くっていう話なら、僕、絶対どんなことをしても夢から覚めて飛び起きます」

 僕は布団の中から手を伸ばした。ようやく届いたのは父上の膝だよ。そうしたら父上が僕の手を握ってくれた。

「僕が死んじゃったら父上はひとりぼっちになっちゃうでしょ。そんなの僕だって母上たちにあわせる顔がないよ」

 上杉の家には優秀な家臣が大勢いる。謙信公が生きていた頃からの家臣やあるいはもっとずっと昔から代々うちに仕えている家来たちだよ。彼らはみんな上杉の家や父上に忠義を尽くしてくれているから、そういう意味では父上は決してひとりぼっちなんかじゃない。それに何しろ右腕の直江山城守がいつもべったり傍にいるからね。

 だけど、そうした大勢の家来たちの上に立つ人間というのはいつも孤独なのだと、いつか僕は母親代わりのお船から話を聞いたんだよ。謙信公はそりゃあすごい御方だったから、その分、その後を継いで御家を纏めるってことは想像を絶する苦労だったのだ、ってね。

 そうして、それは確かにその通りなんだろうと思う。だって時折こうして江戸の屋敷で二人で話をしている時の父上は、本当に時折だけれど―—どこか寂しそうに見える時があるもの。

「僕は父上をひとりぼっちになんてしません。だから、父上も長生きしてね。せめて僕がお嫁さんを貰えるような歳までは」

「……儂は今晩隣の部屋に控えておる。冥土へ連れて行かれそうになったら、どんなことをしても目を覚ませ。あるいは寝言でも構わぬ。こちらへそれを知らせろ。合図があれば名物は全て叩き折る。二度と夢枕になど立てぬように」

 父は僕の手を強く握って言った。もう片方の手には太刀を携えたままだ。

「その刀で折るの?」

「……ああ。長船兼光の名刀だ」

 借りて来た、と父が続けたので僕は心の中で「おや?」と思ったよ。父上はうんと名物の刀を持っているし、長船兼光の太刀だって自分の物を持っているのにさ。

「それって、そんなに凄い刀なの?」

「……ああ。水神を一太刀にして葬ったという太刀だ。神も化け物も必ずや仕留めるだろう」

 なんだかものすごい太刀だ―—僕はほんの少しだけわくわくしていたよ。一体どんな夢を見るんだろうって考えていたら、もしかしたら自分が死んでしまうかもしれないなんてことはほんの些細なことのように思われた。

 だって、謙信公はいつもこう言っていた——常在戦場。僕らは、常に死と隣合わせの戦場にいるという心構えを忘れたらいけないよ。戦とは無縁の母上たちだって死んでしまったんだもの。いつ僕にだってそういうことがあるともわからないじゃないか。

 僕は戦の経験もないし、既に江戸に幕府が開かれて十年、戦なんて一度も起きていない。それでもいつも死が自分と隣合わせにあるのだという心構えは持っていなくちゃ。

 だって僕は上杉の家の若様なんだからね! 

 常在戦場——なんだかようやくそれを実感出来るかもしれないようなことが起こる気配がして、僕はすっかり眠れそうにもなかったよ。だから父上の顔を見上げてこうお願いした。

「ねえ、父上。僕が寝るまでこのままでいてください。だってなんだか眠れなそうだもん!」

 僕も父上の掌を握り返したよ。いつもしかめっ面で固く刀の柄を握り締めている父上の掌を。

 無言で頷いた父上の表情は、なんだかまた心なしか寂しそうに見えて、僕は次第にゆらゆらと遠ざかる意識の中で固く誓った。

 ——父上をひとりぼっちになんかさせるもんか。

 それに僕が死んでしまったら、もう上杉の家を継げそうな奴もいないもん!

 夢か幻か、父上が見たという刀の化身たちの夢。

 十年もの長い間ずうっと父上はそれを気にかけて不安に思っていたに違いない。だからこそこうして十年目の正月にわざわざ江戸に来てくれたんだ――僕の想像は絶対間違っていないと思う。

 家康公に売られた喧嘩だって買っちゃうような父上でも、不安になるようなことがあるんだと、そんなことを思ったらなんだか僕はいよいよ面白くて笑いを抑えるのに必死だった。

「……何がおかしい」

 父はそんな僕を不満そうに眺めている。僕は口を引き結んだまま父上に首を振った。

 僕が父上をお助けしなければ、父上はずうっと不安なままかもしれないよ。心の片隅に突き立てられた棘のような悪夢を払い、僕が父上のお力にならなくちゃ。それに僕はまだ冥土へ赴くわけには行かないもん。

(新年早々、なんだか面白いことになったぞ!)

 固く両目を瞑っていたけれど、やっぱりなんだか眠れそうにない。僕は布団の上で握り締めていた短刀にほんの少しだけ力を込めた。

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