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精神科医が考察するガラージュ③ ~ヤンと主人公~

#1 オープニングの壮大なネタバレ

「エイリアン」(1979 リドリー・スコット監督)のスペースジョッキーを思い起こすデザイン。

 冒頭のムービーで「ヤンさん、用意はよろしいですか」と確認されながら、中盤にシェンも主人公も元はヤンだったとわかってしまうわけですが、ヤンはどうして主人公を生まなければならなかったのかという話をしていきたいと思います。
 精神科医が考察するガラージュ 第三回です。

今回は シェンとヤンとそれにまつわる機械の話です。

今日はストーリー展開に関わる強烈なネタバレがあります。

#2 ヤンという機械の登場、役割。

 ヤンという機械がガラージュの世界で何をしていたかというところに注目します。(今回以降の記事では、特に断りなく「ヤン」と書かれている場合は、ガラージュの世界のヤンと考えてください)

 ヤンはまず雌機械を解体して回り、ジュースと出会った後はカゲ狩りをするようになります。そのあと「新世界」という見世物小屋をつくります。

新世界の見世物。退廃的なポスターに載っているのはカゲだろう。

 ある程度は機械達に受け入れられていたようでしたが、雌機械が減った結果、汚水の水位が下がってしまい、汚水の減少によって機械達の順応度が下がりやすくなるという、思わぬ副作用を経験することになりました。

汚水の減少と順応度の関係性について書かれている「白瓦斯屋年代記」の抜粋。
結局、その後ジュースが改造され、新世界にいた雌機械も白瓦斯屋に行くようになる。

 結局ヤンは汚水の減少に対処せざるを得なくなり、水門を作って汚水の流出を止め、ジュースを改造して汚水と白瓦斯を大量に供給することになりました。しかし、ジュースの改造をもってしても供給は足りず、白瓦斯屋を作ることになりました。

 雌機械はヤンの雌狩りによって減りすぎていたのです。
 ヤンは、雌機械を解体し、カゲも減らした結果、自分が居続けたいガラージュの世界を存続の危機に追いやったため、汚水と白瓦斯を持続できるようなガラージュの新しい秩序を作ったともいえます。

「何でも便利にすりゃいいってものじゃない」とぼやく機械。
彼は、生きるためにカニやカエルが必要だということは理解している。

 これは興味深い話です。ヤンが白瓦斯屋を作らなければ、「白瓦斯屋スタンプ」という貨幣は存在し得なかったのではないでしょうか。


#3 ヤンの絶望・遠回しな自傷行為

 前回・前々回とガラージュの世界はヤンの無意識を借用しているという話をしましたから、主人公がガラージュの世界に到達する前という世界が現実にあるのかははっきりしないと言わざるを得ません。
 しかし、白瓦斯屋年代記が「最初の雄と雌の不均衡はこのときから生まれた」と言及するとおり、ヤンが雌機械を解体し始める前には、雌機械と雄機械のバランスは保たれていたはずです。
 つまり、いまのガラージュでの役割によって生み出され、「白瓦斯屋スタンプ」で表現される価値というものは存在しなかったのです。汚水も、白瓦斯もなにもかも共有された社会的な財だったのだろうと想像します。
 人間の歴史でいえば、原始時代的だと言い換えてもよいでしょう。

 ヤンが登場する前、白瓦斯や汚水には価値は見いだされていなかったのだろうと考えられます。白瓦斯や汚水は雌機械から限りなく無償で手に入る資源であり、白瓦斯はあってもスタンプという貨幣は存在しなかったのです。 
 しかし、ヤンが登場してからというもの、雌機械は解体されるようになり、見世物として新世界が設立されます。
 ヤンという暴君が出現し、雌機械を減らしていきます。一般の機械に手の届く雌機械は少なくなっていきます。権力者が女性を独占したという事情とは異なりますが、非権力者にとって手の届く女性が少なくなったことに変わりはありません。江戸時代の大奥や、オスマントルコ帝国のハレムに近い状況が形成されていったわけです。

雌機械が社会資本となり、白瓦斯スタンプという貨幣が生まれた。
独裁者による専制主義的な世界の終わりである。

 やがて、雌機械には白瓦斯の生産、汚水の水位を維持するという仕事が与えられ、雄機械は釣りをして白瓦斯屋スタンプを稼ぐという役割を負うようになりました。
 ヤンによる専制主義的な社会が終わったのです。そのあとに待ち受けるのはスタンプを中心にした貨幣の社会です


 ヤンは、自傷行為のごとく、ガラージュを変化させていったのです。


#4 「ヤンという名の下では実現できない欲望」

 ヤンはいつでも水門を開けられますが、水門を開けてしまうと汚水の水位が下がってしまい、ガラージュの世界自体が存在できなくなってしまいます。これは、冒頭にシェンがメモに残している通りです。
 シェンはもともとヤンでした。シェンも水門を開けることができませんでしたが、シェンもこの世界に留まることを無意識的に望んでいるのだろうと考えられます。

シェンのメモ。水門を開けたら水位が下がってしまう。
それは順応度を低下させやすくし、巡り巡ってガラージュの世界を崩壊させる。

 現実世界のヤン救済のために水門を開ければ、汚水の水位が減ってしまい、ガラージュの世界は破綻します。しかし、ガラージュの世界を維持するためには水門を閉じたまま、ヤン自身が変化させてしまったガラージュに留まる必要があります。
 ヤンがシェンと主人公に分かれてしまったのは、フロイトの言うリビドーとデストルドーの対比で説明できると思います。主人公はプレイヤーの分身であり、ゲームの目標はガラージュを脱出することです。

シェンをヤンだと気づいていながら受け入れたと語るちよ。
他の機械も感づいていたことは、各所のNPCやメモからもうかがえる。

これはガラージュの世界を破壊することに他なりません。ゆえに、ガラージュを脱出しようとする主人公の行動は個体を保存しようとする自分本位の欲動であり、それを妨げようとして水門をあけられないシェンは、自覚しているかしていないかに関わらず、ガラージュという世界を保存しようという欲動に支配されているのです。

ヤンの残したメモ。
欲動が二つに割れつつあることを示している。

  ヤンが分かれてしまったのは、おそらくこの葛藤に耐えず、ふたつの欲動を分離させたのだと考えます。しかし、その根幹にあったのはジュースの存在です。

#5 おわりに

 今日はヤンがシェンと主人公に分かれてしまった理由の考察をお話ししました。ガラージュの世界でヤンは新しい秩序をつくり、そうして自ら退場していったとも言えます。

最後までご覧いただきありがとうございました。

 次回はヤンがこの世界に来る一つの切っ掛けになったルウの話です。
 ルウとジュースのカゲはプシケで、彼女たちも主人公と同じように分かれた機械です。次回は、彼女たちについて話していきたいと思います。

もしよかったら、ガラージュを買って遊んでください。


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