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見返りを期待しない生き方

noteだけではないのですが、人から何かを受け取ることだけを求めるのではなく、与えることをするとよい、という言葉を見かけます。

で、私の場合、この観点からいくと落第生だな、とついさっき思い至りました。

とりあえずSNS上で限って言えば、「ほら、こんな面白い話、私が気づいた話をさしあげま~す」という思いに「何かリアクションなり見返りが返ってくるはずだよな。」という考えが付随していることが多いのではないかと、ふとそんな風に気づきました。

下心満載、ですね。

頭では「与えることの大事さ」をなーんとなくわかったつもりでいて、実は全く理解していなかったのではないかと、そんな風に思ったんです。

今日、訳あって離れて暮らす二人の子どもから、誕生日プレゼントをもらいました。(今日が誕生日という訳ではないですよ。)

で、以前次男君から「誕生日プレゼントで何がほしい?」って聞かれていて、私は「靴かなぁ」と答えていました。
そして長男君からだったでしょうか、靴のサイズをきかれた記憶もあります。

そして今日受け取った靴。
私の好きなブランドのワインレッドのローファー。

私は色まで二人に伝えた覚えはないのですが、私がもうはきつぶしかけていたやはりワインレッドのくたびれたタッセルモカシンを二人とも見ていたのでしょうね。

包みを開けて、二人には結構高価なものだったろうに、と心配もよぎったものですが、それ以上に私が好きなブランドのものを選んでくれたことに対する感謝の気持ちでいっぱいになりました。
長男君はそのブランドが好きだと私が話したことをちゃんと心に留めておいてくれたんですね。
もちろん、その靴が欲しいとかという話の流れではなく、純粋に好きだということを伝えていたということです。

私は子どもに見返りを期待して、何かをしてあげたり、プレゼントをあげたりということはありません。

純粋に子どもへの愛情として、その時々でできることをしてきたつもりです。

そして今日の靴。

「見返りを期待しない与えるってこういうことだったんだろうか?」とそんな風に思いました。

今、靴は箱から出して、部屋に飾ってあります。

ありがとう!

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