短編:グルメな彼のこと

「僕は何がしたいんだろう」
昼にお気に入りのシチューを食べると彼はよく言っていた.

いつも彼の目はキラキラしていた.彼の今というのは喜びそのものだった.誰よりも遊び,自分で手を動かし,あらゆるものを学んでいた.

しかし彼はいつも悩んでいた.高い能力と胸のワクワクによって何でもやった.何でもできた.そして,その勢いの方向はいつもばらばらだった.

僕はあまりしゃべる方じゃなかった.彼はそんな僕にいろんな世界を見せてくれた.ひたすらにただ,楽しかった.


ある日,彼を食堂でぱったりと見なくなってしまった.連絡はついた.その連絡はやはり彼らしい,生き生きとしたものだった.
「今は今までで一番楽しいんだ.大変なこともあるけれど,僕は人生を捧げられるものを見つけたんだ」

少しだけ,寂しかった.

そして長い時間が経った.彼は昼休みに辛口のカレーを食べていた.
いつもの輝いた眼からは時々なにかが落ちた.
「僕は何がしたいんだろう」
「かつての僕は,なんであんなに生き生きとしていたんだろう」
時々彼は机に伏せる.いつもの黙った僕は,やはりじっと彼を見ていた.

そして,気がついた.
「何かがしたい」
とだけ言って,ふらふらっとどこかに行ってしまった.


彼の失踪から数年,彼は会社を数多く立ち上げて,おおよそは成功したらしい.
昼頃ラーメン屋に呼ばれた.彼は器用に左手だけで激辛ラーメンを啜った.
少し彼は高らかに笑うようになったが,大人びた以外はあまり変化は見られなかった.
目に入るスープを少し鬱陶しながら,どちらも完飲して店を出た.
ふぅと長めに一息つき,続いていた談笑も落ち着いた.
そしてこびりついた床の汚れを眺めながら彼は少しばかり口を開いた.
「僕は何がしたいんだろう」
「何かしたかった気がする」
「気のせいかな」
彼は少し僕に微笑んだ.
そのあと気の抜けた彼の澄んだ目は,今日も真夜中を見ていた.


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