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第一回 あたらよ文学賞 二次選考結果発表


【二次選考通過作品について】

あたらよ文学賞選考委員会による厳正な選考の結果、一次選考通過作品67作品のうち、下記15作品二次選考通過としました。(到着順・名前はペンネーム、敬称略)
この後、最終選考を行い、受賞作品を決定致します。

※選考過程に関する問い合わせには一切応じられませんのでご承知ください。

明け方を航る鳥たちは / 糸野麦
夜が冷たく忍びよる / えきすときお
蒼月の宵 / 高田はじめ
私たちの月の家 / 咲川音
可惜夜元年 / 鈴木青
まゆどじょう / 佐藤龍一クライマー
岳おじちゃんはすきなひと / 神敦子
椿桃、永遠に / 伊藤なむあひ
そして、吸血鬼たちは夜空を見上げる / 暇埼ルア
猫が飛んだ夜 / 右城穂薫
こはねに勝てないなら死ぬ / 岩月すみか
月が落ちてくる。 / 辻内みさと
神と夜明け / 山川陽実子
黄昏時がすぎると。 / マルクス・ホセ・アウレリャノ・シノケス
ツー・ミッドナイト・ノブレス / 蛙鳴未明

【二次選考通過作品・追加講評】

明け方を航る鳥たちは / 糸野麦
最初の数行を読んだだけで、「これは良い作品だな」と感じました。繊細な心理描写の上手い、雰囲気のある文章に人物同士のやり取りと、引き込まれながらするすると読めました。
「それでもお腹が空いちゃって目の前のたいして好きでもないお菓子に手をつけちゃう、みたいなこと」と、自分が犯してしまったことを例えて説明する描写が印象的です。

「楽しくない」日々を生きる二人が、深夜のコンビニで働いている最中に、レジでぽつりぽつりと交わす会話が温かい。笑わない二人の間に、ささやかな笑みが咲いたとき、誰かにとっての救いになる物語だと予感した。
ラストシーンの清々しさも素晴らしく、優しい読後感に包まれている。

夜が冷たく忍びよる / えきすときお
ここまで正々堂々と“夜”という賞のテーマに向かい合い、かつ“夜”そのものを正面から取り扱ったことを高く評価したい。物語の導入から展開、起伏まで素晴らしく、また終盤においては“昼”に焦点を充てて“昼”の素晴らしさも説いている。
大人が読む短編小説としても、児童書としても充分に魅力的な内容になっている。表題の“冷たく”が、メリーバッドエンドを匂わせているのも憎い。

アイデアは優れている。またそのアイデアの結果として描かれた序盤が抜群であり、なるほどこういう物語なのか、ではこれからどう転がるのだろうか、という期待はとても高く持てた。文章も独特な漢字の使い方に雰囲気があって良い。
しかし、コンセプトが途中からぼやけてきているようで、結局のところ、この話のメッセージ性についてはなんだったのかとなってしまい、まとまりに欠けているところが残念である。
もし、「昼の世界=常に働き続ける現実世界のメタファ」「夜の世界=恐れられているが安らぎのある場所のメタファ」として描きたいのであれば、それをより読者に対してアピールするような工夫がさらに求められる。この点はまだ不十分と判断した。繰り返すが、とにかくアイデアは良いので、それをどう練り込むかを時間をかけて十分に考えてほしかった。

蒼月の宵 / 高田はじめ
物の怪との戦い、知恵比べに目を瞠りました。静かに緊張感が漂う、切れ味の良い文章で、時代設定が平安にも関わらず読みやすかったです。
短い物語の中で、しっかりと静と動が描かれていて、臨場感もありました。意外性といえば、やはり時代設定でしょうか。

徹頭徹尾美しい文章。静かに忍び寄る闇の禍々しさ後半の緊張感とスピード感も半端なかったです。
この短さで、時代小説として必要不可欠な実在の人物への言及、説明も過不足なく、これほどまでにドラマチックな展開が書けるのか…と驚嘆してしまいました。

私たちの月の家 / 咲川音
家に居場所がない少女と、周囲から少し浮いている少女の個性が眩しく、冒頭から引き込まれた。脱毛症と過食に表れた切迫感が、大人から押しつけられる理想の重さと、ここではないどこかへ行きたいと願う気持ちの強さを伝えてくる。
インパクトのある冒頭の謎が明かされるとき、この二人ならきっと居場所を作れるという安堵を覚えた。確かな希望を感じる青春短編だった。

ちぐはぐな期待をかけてくる両親のいる家の息苦しさが非常にリアル。それゆえ、親友と思い描いた『月の家』への思慕が切なく沁みた。
相手の機微を正確に読み取ってしまう主人公のストレスに共感し、そこから解放してくれる親友との関係に救われた思いがした。だからこそ『魔法』のカラクリにも納得感があり、わずかでも生きる希望の見出せるラストが素晴らしかった。

可惜夜元年 / 鈴木青
シンギュラリティ問題に対して、技術的視点と生物学的視点の両面から切り込んだ傑作。登場するキャラクターがAIながらにして芸術的素養も持ち合わせており、それでいながら作中で発表された自作の詩が“中学一年生程度”と評価されたシーンには、作者から現行AIへの挑戦的なメッセージ性を感じた。
小説テーマの“夜”さえ自然に落とし込めれば文句の付けようが無かった。

短編でこんなに濃いSFが読めるとは思っていなかった、それくらいに完成度と密度の高い作品です。
異星人からの攻撃という2回の戦争を経て、人類よりも多くのロボットが文明を築く時代。その世界設定も面白いですし、お喋りに興じる四人のロボットたちの会話の中身も面白い。そしてラストには、ここからなにかが始まっていく予感を感じさせられました。

まゆどじょう / 佐藤龍一クライマー
淡々とした語り口にも関わらず、まとわりつくような湿気とほのかな性の匂いを感じる文章だった。
直接的な表現はなくとも、自分に無関心な夫に対する不満や客人としてやってきた若い男への興味と期待が、『まゆどじょう』の生態の描写を通して見事に描き出されていた。最後に一つだけ残された白い繭が象徴的だった。

冒頭から漂うエロスと寂寞感がえげつない。儚い期待や予感が実らずに流れていくにもかかわらず、濃厚な余韻を与えてくれる傑作。
一つ一つの言葉選びに無駄がなく、効果的に組み立てられている。

岳おじちゃんはすきなひと / 神敦子
完成度は抜群である。叔父とその友人への思いを無理なく無駄なく、かつ丁寧に描いており、ラストに至るまで一貫性がある。テーマの活かし方も自然である。
しかしながら文法的にはほぼ現代のキャラクター文芸を踏襲した構成となっており、単体の作品としては優れているために高得点とはしたが、本公募において採用すべきかは他者の目を以て判断したい。

なにかしら患っていておそらく短命であることを予感させる岳おじちゃんの、飄々としていながら、どこか死に近くあやうさを秘めたキャラクター性が魅力的でした。
田舎の空気感や、常に不安と緊張と安心が交互に訪れる夏祭りに行くシーンが秀逸です。最後にはあっけない別れと虚しさが訪れますが、主人公の、どこかでそうなることを予感していたような、達観したような語りに静かに胸を打たれました。
余韻が半端なくて、しばらく経って思い出してもじんわりと泣けてくるような読後感でした。

椿桃、永遠に / 伊藤なむあひ
すっげ――!!
これはすごい。すごいしか感想が出てこない。なに食ったらこんなものが書けるんだ。世に出すべきだと思う。強いて言えばタイトルがイマイチだけど、まあそれはどうとでも。

もはや難解を通り越して意味不明ですらあるのだが、いつの間にか“私も腸になりたい”と思わせるだけの説得力と文章力があった。少なくともこの珍奇な作品を新設の文学賞に投げてくるだけの余裕と拘りが作者にはあり、ともすれば作者はもうとっくに裏返って腸になっているのではないか、と想起するに充分足る作品である。
私はまだ人間であるからして、今回の評価が不十分であることを申し訳なく感じてしまう。

そして、吸血鬼たちは夜空を見上げる / 暇埼ルア
登場人物が多めでしたが、ひとりひとりが個性にあふれており、存在感を放っていたため、誰が誰!? とならずに最初から最後まで楽しめました。血を飲むところではなく、夜を好むところに着目した「吸血鬼」の設定の使い方になるほどと思いましたし、現代社会にも通じるところがあり共感も持てました。
ストーリーはミステリー調で展開しますが、終始、夜を愛するものたちの、温かい絆のみえがくれする空気を感じることができ、キャラクターエンタメとして優れた作品であると思いました。

昼間が嫌いで、夜のバーに吸血鬼をリスペストして集まる、クラブのメンバー。その一員が、首を絞められ首から血を抜かれるという事件に遭うという、面白い舞台設定と物語。
キャラクターも一人一人が、生き生きと動いていました。犯人の背景も興味深かったです。

猫が飛んだ夜 / 右城穂薫
クオリティがとにかく高かった。比喩表現が効果的に使われていて、読者が脳内で情景をしっかり思い描けるような文章だと感じた。
義彦の描写に力が入っていた。彼に惹きつけられる主人公の視点を通じて、ミステリアスな雰囲気が感じ取れるように描かれている。特に、序盤のクッキーを食べるシーンが印象に残った。

なんとも言えない重苦しさと、子どもから見た大人のリアリティのある歪な姿と。そう言ったものを強く感じさせられました。
淡々と紡がれる言葉からは、訪れた家に落ちる影を浮かび上がらせ、また子どもの感じる不安を丁寧に伝えてきます。その表現力が凄まじいです。タイトルとラストの一文も、すごく良かったです。

こはねに勝てないなら死ぬ / 岩月すみか
ナンバーワンの座を狙うキャバ嬢の物語。
夜の世界を生きる主人公の悟ったような強さが印象的だった。憧れの存在に対する幻滅を玉手箱で表現するのも面白い。主人公は夜を選んだのか、それとも囚われているのか。彼女にいつか朝の目覚めが訪れるのかどうかを知りたくなった。

主人公のキャバ嬢きりの語りが気持ち良く、だんだん気持ちがシンクロしてきて、孤高の存在から無様なひとりの女へと没落するこはねに対して、読んでいるこちらまで、目を覚ませよ! おまえはそんな、つまんねーヤツじゃなかっただろ! と思わず熱い想いが込み上げてしまうほどでした。
全体的に状況の想像がしやすく、すっと気持ちが入ってくる文章でしたが、特にラスト一節はものすごく上手です。熱いドラマでした。

月が落ちてくる。 / 辻内みさと
衝撃的な作品だった。
官能小説だと思いながら読み進めていくうちに、登場人物全員が外道だと気づかされ、次々と飛び出してくる新事実に驚かされた。
誰も幸せになれない茨の道を進む先で、天誅の満月が脳天めがけて降ってくる様子を想像すると、因果応報が齎す息苦しさと、人でなしたちの最期を彩る凄絶な美しさで、溜息が零れる。

語り手の精神状態が都度明確に反映された文章が心地好い。日中のエピソードが“夜”の場面を引き立てるのに効果的に盛り込まれているのも良い。また幾度か訪れる急展開やどんでん返しに対して、語り手が嫌味の無い程度に答え合わせをしてくれる易しさも持ち合わせている。
読書に慣れた者にも、あるいはまだまだ本を読み始めたばかりの者にも、「傑作とはこういうものだ」と語りかけんばかりの一作。

神と夜明け / 山川陽実子
たった11000文字足らずで、よくもここまで物語を動かしたな、と圧巻だった。
極限まで文字を削ぎ落としつつ、かつ読者を振り落とさないのは視点のブレなさがあってこそ。“夜”を深掘りした題材も良い。朗読劇で輝きそうな作品。

稲作の伝来は、人々が戦を始めるきっかけであり、まさに禍神であり、同時に蓄え豊かになるという福の神の側面もある。それをコウという少年と、渡来人の子孫であるシアという少女を通し、人々が歪んでいく姿がとてつもなく巧妙に描かれている。
まさに一つの文明の夜明け。密度がものすごい物語。

黄昏時がすぎると。 / マルクス・ホセ・アウレリャノ・シノケス
SF短編として、レベルの高い作品でした。
最初は設定とかが、難しいお話かな、と思って身構えたのですが、既存の人種差別や利権問題を、未来的な食料難やディストピア化へ上手く結びつけているために、納得感がとても高く、読み進めるほどにその独特の世界にハマっていけました。
さらに、現地の、どこか不気味な情景や、起こるべくして起こるトラブルからも目が離せず、だんだんきのこに肩入れしてみたくなったり、でもたしかに知的生命体かと言われると微妙だし、主人公の気持ちもすごくよくわかりました。閉塞感のあるラストは気持ち悪さもあって好きです。

とある惑星に移住した人間と、先住民であるキノコ型生命体との関係を描いたSFストーリー。
設定がとてもよく練られており、キノコ達が食糧から保護対象へと変化する経緯がいかにもありそうで面白い。ラストのやるせなさが印象的だった。

ツー・ミッドナイト・ノブレス / 蛙鳴未明
テンポが良く疾走感たっぷりの文章に、先読みできない展開と次々移り変わる景色で、アトラクションに乗っているかのような物語だった。唯一無二の幻想的な世界観に、俗っぽい現実的な思考の主人公というバランスも良い。
文を追うだけでひたすら楽しく、不思議な黒猫とのハッピーエンドに着地する多幸感が素晴らしい。何回でも読み返したいと思える作品。

勢いを感じる、面白い作品。どこか懐かしいSF少女漫画の風を感じることができて、読んでいてとても楽しかったです。
シュバのキャラクターがとても良くて、「石をよこせ! 愛をくれ!」は魂の叫びのようなものを感じました。



最終選考の結果発表は10月末ごろを予定しております。
なお、最終選考の詳しい模様につきましては、『文芸ムックあたらよ・創刊号』に掲載予定です。ぜひ、本誌にてご確認ください。

【一次選考通過作品について】

二次選考通過はならなかったものの、「一次選考通過作品」全作品の追加講評を以下に掲載致します。

なでなでしてね / 南都浩哉
ヘヴン・ヘヴン・ヘヴン / 夜庭
Zee / 飯田太朗
私の未緒のビオトープ / 咲川音
とばりともだち / 梶原一郎
まわる空まわる命 / 白里りこ
倦怠からの逃走 / 文園そら
手負いの鷹 / 圭琴子
雨と深夜とランドリー / クソイグアナ男
あるラジオ番組 / 佐馬鷹
伝う、夜のディテール / 華嶌華
ワケありお嬢様は夜空の下をゆく / 草加奈呼
誘蛾灯 / 山田脩人
星降る夜に君と会う / 藤原くう
火垂る袋 / いっき
ハッピーエンド / 三浦さかな
バスみたいに揺れたらいいのにね / 南都浩哉
のこぎり夜話 / 太郎吉野
瓜の舟 / 草乃草子
夜もすがらに咲き誇る / mk*
慰霊 / 山本貫太
夜直の人魚狩り / 一野蕾
パーテルノステル / 虹乃ノラン
夜のアジール / 上雲楽
ムーンとデスとR.I.P. / あまひらあすか
黒き蛇よ / 西村修子
夜半舟 / 秋田柴子
朝焼けまでに帰れたら / みずきけい
向日葵 / アオイ
スタアライト酔痴 / 神足颯人
蝉 / 奥津雨龍
ケニヤサハナム / 上雲楽
宮川霞 25:58,YFS Est / 野呂瀬悠霞
ふたつの星を / 山内みえ
夜の地層 / 春名トモコ
弔い / 東武
太陽の交換期 / 山本貫太
白道 / 月江りさ
うたかた / 綺月遥
流れ星のシール / 桜井かな
秋宵 / 桜井かな
ジェンガの上で何を見る / 永和けい
花山ホテルの幽霊 / 茉亜
未明の音楽 / 我妻許史
ジョニーの星 / 髙橋螢参郎
コンビニ騒動 / 搗鯨或
傲慢と偏見の狭間で / マルクス・ホセ・アウレリャノ・シノケス
初恋 / 濃藍珠
私のお城が崩される時 / 黄間友香
ヨシロウさん / 得能香保
親鳥の羽 / 夜霧
フライ・ミー・トゥー・ザ・サン / 小川リ

【一次選考通過作品・追加講評】

なでなでしてね / 南都浩哉
主人公の目を通して語られる風景描写に特徴があり、感性を言葉にすることに長けている。幸せに見えたカップルが歪んでいく過程の描写も丁寧で、主人公が無意識化で彼との関係に見切りをつけている描き方にリアリティがあった。
それゆえに、ラストの展開に関しては、構成の妙を感じる一方で、一介の専業主婦が「あの犯行」を家人に知られずに繰り返すことは、証拠隠滅・後始末の観点から無理があり、丹念に積み上げてきたリアリティが崩れたことが残念だった。
「二人の物語の着地点は、本当にこのラストの形でなければ描けないのか」という必然性の弱さも気になり、終盤の感情の飛躍についても、もう少し説得力がほしかった。

とても面白かったです。カネちゃんが恋人に線を引いていくそのプロセスが、理不尽ながらも共感を呼び……ってどうなるのかと思ったらまさかのオカルトサイコホラーだと……? 結局、どういうことなのか、不明瞭なまま終わってしまったのはやはりマイナスなんだけど、でもそれを差し引いてもパワーある作品でした。

ヘヴン・ヘヴン・ヘヴン / 夜庭
3人の関係性と意外な展開は面白かった。十分に練り込んで作り上げたことは読み取れるし、読者の予想を超えた結末についてまずは評価したい。死と再生の物語として、一定の形式に落とし込むこともできている。
主な課題は文章力にある。努力を感じるし一定以上の実力はあるかと思われるが、抜群を目指す芸術作品としては未熟と判断した。作者が筆致で格好をつけたがっているという意図が透けて見えてしまっているのが残念である。自我を殺してコンセプトを徹底して表現する忍耐力が求められる。

面白かった。
「嘘」をきっかけに三人それぞれの視点から顛末が描かれる。スリリングな作品で、ラストの展開もいい。ただ、この構成によってなにを描きたいのか、それがもうひとつ見えてこなかった。

Zee / 飯田太朗
面白すぎます。
まず、視点の置き方にインパクトがありました。またインパクトだけで読ませない確かな筆致、そこから展開されるミステリーにも心が踊りました。
嵐の孤島で起きる残酷な事件もさることながら、冒頭からすでに不気味で忘れられない一作となりました。

知恵を持ったチンパンジーに「本能」が目覚めるところなど、ぞくぞくする怖さと希望が表裏一体の設定。
SF的な臨場感が読ませるが、後半はありきたりなサスペンスになって尻すぼみと感じた。「夜」というテーマとなんら関係がないところもマイナス。

私の未緒のビオトープ / 咲川音
文章が美しく、心地よさを感じます。しかし、読み進めるうちに主人公の持つ重さを強く感じられ、また高い表現力で表されていました。
未緒はイマジナリーフレンドなのでしょうか。曖昧な存在であるイマジナリーフレンドを表現するえがき方が秀逸で、また終盤の女性と話したことで、主人公と女性のイマジナリーフレンドが重なり、やさしくも痛い不気味さを感じました。

ラストシーンの切なさと美しさが心に残る物語だった。人生の艱難辛苦を、イマジナリーフレンドに支えられながら乗り越えてきた二人の女性が、夜明けまで静かに語り合う時間が、穏やかで優しい読後感を齎してくれた。
後半に少しだけ出てきたSFを連想する要素は、物語との絡みが少し薄く、繊細に綴られてきたヒューマンドラマの中で浮いて見えたことが惜しい。

とばりともだち / 梶原一郎
平日のレイトショーの楽しさ、平日に映画館へ行くという主人公の心情など共感することが多く、楽しく読ませていただきました。「とばりともだち」というフレーズがタイトルにもなっていることもあり、つい口に出してみたくなります。
話運びがスムーズで、さらにライトな読み心地。良い読後感を得られました。

映画館という非日常の空間で出会った名前も知らない友との交流を描いた作品。
口語的文体で流れるように語られる独白が読みやすく心地よかった。実在の人物名や商品名の使い方も上手く、作品世界やキャラクターにリアリティを与えていた。

まわる空まわる命 / 白里りこ
ペンギンの雛の視点で語られる、とある夜の物語。
地球上にはこんな夜も確かに存在するのだと感じ、心が揺さぶられた。あまりに大きすぎる自然や夜空を前にただ祈ることしかできないのは、この雛も我々人間も同じだろう。胸に迫ってくる切実な描写がよかった。

まず、グッと引き込まれる書き出しが素敵だった。
全体としては、あえてひらがなを使っている部分が多く、過酷な状況の中で柔らかさを演出することに成功している。感情がダイレクトに伝わってくるような文体もすごく良い。
また、文章の取捨選択ができていて、短い作品の中で、親の庇護下にある子どもの無力さをしっかり表現できていたように感じた。

倦怠からの逃走 / 文園そら
全体的な構成と展開は良く、主人公が等身大のキャラクターで、このような女性がいたらこうするだろうな、という意味では良質なフィクションであると思えた。ラストの余韻も良い。全体的な文章のブラッシュ・アップが必要であったり、いくつか展開の説得力に欠く部分はあるにせよ、総点ではまずは及第点を超えていると判断できる。
しかし、それ以上のこれまでにない際立った点をかんじられなかったため、今一つの踏み込みが欲しいところである。
キャラクター自体を大きく変える必要はないかと思うが、たとえば中盤で起きる事件が第三者のナンパというのはややありきたりで、もう少しの驚きが欲しい。

愛媛から大阪までの一夜を描いたロードノベル。
登場する二人のキャラクターがよく作りこまれていて、するすると世界に入り込むことができた。会話も楽しく、情景描写も細やかで際立っていた。

手負いの鷹 / 圭琴子
短い中で世界観を感じられる作品でした。脱走兵と少女のゆるゆると続く夜の交流。ラストに白い衣装に着替えて迎えに来る姿は、まるで昔話の王子様のようです。

端麗な文章で読ませる異世界ファンタジー掌編、といった趣。ドラマ性や起伏、世界観の驚きや感情の機微のいずれも少ないのでは、と感じた。夜というテーマもきちんと活かされていない。

雨と深夜とランドリー / クソイグアナ男
別れを決めた男女が、深夜のランドリーで語り合う物語。
もう二度と会わない相手だからこそ、伝えられる言葉がある。恋人だった頃には言えなかった台詞には、どこか駆け引きめいた凄みが宿っていて、物語から目が離せなかった。主人公に対して、最後まで心の深いところを見せなかった彼は、本当は何者だったのか。
謎は謎のまま明かされないことが、二人の関係が元には戻らないという証左なのだと分かっていても、彼のことをもっと知りたいと思うほどに、人物の描き方も魅力的だった。

物語の前半部分、とても丁寧な言葉選びも相まって、情緒豊かに読者を引き込めている。
だが、後半に至るに連れて、どこか置いてけぼりな印象を受ける。読み返して原因を考えてみたところ、あおいの良さを描けていないところに起因しているのでは、と感じた。あおい視点で、あおいの良さ(凪があおいを選んだ理由)を匂わせていれば、後半の加速度に乗せて読者の気持ちをもっと深い余韻に連れていけたと思う。

あるラジオ番組 / 佐馬鷹
非常にテンポ良く楽しく読めた。
リスナーのペンネームの趣きにじわじわ来る。番組名が〈ペンネーム・コレクター〉ゆえ、みんな敢えてそういう感じで投稿してくるのかもと想像した。コメント内容だけでなくペンネーム自体でもリスナー同士の絡みが見えて面白い。その辺りを上手く繋げるDJ本名さんのトークスキルに説得力があった。

深夜ラジオ番組を模した作品。内容になにか仕掛けがあるのだと思ったらなにもなく、肩透かしを食った。なにが表現したいのかわからないし、夜というテーマにもフックしていない。

伝う、夜のディテール / 華嶌華
夜が明けなくなったというシチュエーションから、そこで発生するであろう社会の反応や心情の動きを、リアリティを突き詰めて描いているところに、感銘を受けました。あたかも、同じようなことが現実にも起こるのでは、とすら思いましたし、自分も同じような心境になるかも…と思わされてしまうような、共感性の高い心情描写も、優れていると思いました。
まさに、ディテールを伝える文章でした。

夜が明けなくなった世界で生きる女性の物語。
「自分のOSをインストールし直してみたい」という一文が輝いていた。漠然とした不安の描き方も秀逸で、表現の随所に奥行きを感じた。

ワケありお嬢様は夜空の下をゆく / 草加奈呼
お嬢様と執事になったばかりの少年、互いに秘密を抱えた二人の可愛らしいお話だった。まっすぐで親しみやすいキャラ造形に、軽やかなストーリー展開で、イラスト映えしそう。今後の二人を予感させる明るいハッピーエンドが爽やかな読後感。

太陽の光を浴びることのできないお嬢様と、月の光を浴びると獣人になる少年の交流を、可愛らしいやり取りを交えながら描いた作品。
出会った二人が惹かれ合い、すれ違い、また出会うまでの過程が、短い中でよくまとめられていた。心温まるハッピーエンドも素晴らしかった。

誘蛾灯 / 山田脩人
こういうお話にめっぽう弱いんです……泣いてしまいました……。
現実を突きつけられているかのような主人公の人柄の造形のリアリティーと、対比される小澤の掴んだ夢の一端が煌々とかがやいていて印象的でした。随所に散りばめられた誘蛾灯の比喩も効果的です。淡々とした語り口の中に、静かな熱さが感じられたとき、思わず主人公を応援したくなりました。

夢を追った者と追わなかった者。
序盤の「夢の話をする人が少しだけ苦手だった」という点はいい切り口だと感じたが、結論はありきたりに夢を追う者を肯定する内容。それができなかった人の心性こそ描いてほしかった。

星降る夜に君と会う / 藤原くう
内容は整っており、2人の少女が星空観測を通じてお互いの背景を理解していくという基本的な構図については問題はないかと思われる。筆致も経験を感じる落ち着いた運びである。
しかしながら、類型が多く見受けられるパターンの中に当て込まれた書かれ方であり、エンターテインメントとして一定の水準には達しているものの、新規性や時代性を強く感じる作品ではなかった。あと一歩、何か読者の予想を超えた取り組みを求めたい。

「夜」というお題で多いのが、友人・恋人と夜の公園で語るというものですが、本作はしっかりと裏切ってくれました。少女たちの脆さが描かれており、ノスタルジーも感じられます。ラストへの展開に一層切なさがこみあげました。

火垂る袋 / いっき
火垂る袋の中で輝く蛍と、この郷で生きる主人公と彼女の姿が読み進めるほどに重なっていき、儚い美しさを感じさせました。
ホタルブクロを表現するのに、火垂るという表現を選ばれた部分からも、物語を通して考えさせられる、命の炎の輝きを感じます。「死ぬのは自由になることなんかじゃない」と言っていた主人公の気持ちが浄化されていく様子もまた、美しかったです。

蛍と「君」との夏を描いた、悲しくも美しい物語。
ホタルブクロの中で光る蛍の美しいイメージが、物語に幻想的な空気感を与えている。死に至る不眠症という設定も面白い。落ち着いた静かな語り口から「僕」の感情がしっかりと伝わってきてとても良かった。

ハッピーエンド / 三浦さかな
バーカウンターでの会話から物語が展開していく構成は、すっとお話に入っていけました。でもその後の展開がありきたりにならないのがよかったです。
情景描写がとても儚く美しく、主人公の感情を追体験するのに一役買っていると感じました。夢(だったのかどうかはわからないけど)から戻ってきてから、ラストのシーンがとても好きです。優しくて切なくて、その雰囲気を究極まで突き詰めた作品だと思いました。

ある男が体験した、幻想的な夜の話。現実と非現実の境界線が、物語の中の男にとっては曖昧に、読者にとってはわかりやすく描かれていたところが素晴らしい。
亡くなった妻のことを思い出すシーンが非常に美しく、最後に描写されていた桜の花びらで、それがさらに強調されていたように思う。

バスみたいに揺れたらいいのにね / 南都浩哉
コンパクトにまとめられた一作。作品全体の温度感が心地良く、なのにあたたかな展開の中から、大切な我が子を守りたいという母の決意が伝わってくる。多少のこじつけ程度は許さざるを得ないタイトルのセンスが神がかっている。

しっとりした文章で綴られる、日常のひとコマ。揺れるバスでだけ熟睡できていたという語り手の過去の情景が、手に取るように伝わってきた。娘に対する愛情が、心情だけでなく、行動を描くことによって表されているところも良かった。

のこぎり夜話 / 太郎吉野
この二人だからこそ、という人生模様をありありと感じる語り口だった。
誕生日にノコギリをプレゼントされたエピソードから、主人公が彼の朴訥な人柄を愛していることが伝わってきた。どうして彼女は彼との思い出をこんなふうに辿っているのか、最後に明かされた事実ですごく腑に落ち、胸が温かくなった。

言ってしまえば、ほとんどが身の上を語ることでのみ展開するお話なのですが、ユーモアをまじえたテンポの良い関西弁に、すぐに好き!! となり、サクサク読めました。進次郎がノコギリを作る人になりたい、ということがわかってから、一気に話の解像度が上がるのも、面白いです。

瓜の舟 / 草乃草子
詩人の物語であり、この物語自体が詩としての美しさを纏っていました。一つ一つの言葉選び、場面選びがとても秀逸です。
「猫はくだものに似ています。うつくしく、夜が似合います。」こんな言葉が出てくるものかと、とても痺れました。夜に果物を食べ、瓜を抱いて眠る詩人。なんとも不思議で捉えどころがなく、淡い水彩画を眺めているような気持ちになる作品でした。

詩的な文体でつづられる幻想的なお話。童話的にも感じられ、また表現力がとにかく高く、その美しさを噛み締めて読ませていただきました。全体的にあたたかく、静謐で独特の空気感があります。
商業的視点で考えてみると、物語を読み解くことがやや難解でしょうが、文学としては上質であると思います。

夜もすがらに咲き誇る / mk*
幻想的な風景の描写が素敵で、細かに色鮮やかな世界を見事に描いていました。崩壊していく母星の儚さ、主人公の置かれた環境など、読んでいくうちに切なくなっていきました。
視点がブレているところがあるので、よく推敲をしてもらうとさらに読みやすく、素晴らしい物語になると思います。

設定が練り込まれており、作者自身が書きたいものを詰め込んだ感じが伝わってくる。情緒的な作風も良い。
ところが視点移動が覚束ず、理解に一呼吸二呼吸を要する部分が目立つ。惜しい。

慰霊 / 山本貫太
密度の高い文章から、磨かれた筆力が窺えた。主人公の鬱屈をじっくりと炙り出す筆致は、やや難解でありながら、他にはない没入感を覚えるものだった。
もう少し物語に起伏があれば、また違った魅力が花開くような印象を受けた。

一人の人間の思考が、無駄のない文章で深く描かれている。良い意味で小説的ではなかった。
脳や心の内側を描写するシーンが多く、哲学的な雰囲気があるが、言葉選びはむしろ丁寧で、読者にもしっかりと伝わるように気を配っているという印象が強い。後半は前半に比べて物語性が出てきて、語り手の男を立体的に認識できるようになっていった。
共感、理解できるかどうかは人を選ぶと考えられるが、非常に挑戦的で面白い作品だった。

夜直の人魚狩り / 一野蕾
序盤がやや冗長に思えたが、全体としては整った内容である。
主人公のキャラクターと周囲の人間、および人魚との関係性が塩梅よく配置されていて、エンターテインメントとして楽しめた。現時点でも一定の水準を超えているため、そのまま採用する可能性もあるかと思われるが、人魚が和風である一方、全体的な雰囲気がハリウッド、アメドラを彷彿とさせるため、どちらかに徹底して寄せることを考えるといいのではないだろうか。
ファンタジーよりもサスペンス・ホラーとしてのカラーが強いかと思われるため、その部分をより徹底して読者を驚かせることに力点を置いた改稿が望まれそうではある。

人間を食べる人魚と、人魚を狩る公務員の男の話。
主人公の男の、人魚に対する偏愛が明らかになるシーンが素晴らしく、映像として浮かんでくるかのような描写だった。ダークな作風がブレずに一貫していて、物語に没頭することができた。リーダビリティも高い。
長編化もできそうなくらいに、設定とキャラクターが魅力的で、少年漫画の一話目のような印象を受けた。

パーテルノステル / 虹乃ノラン
えっ、それはほかに見たことがない! というユニークなシチュエーションが目を引く作品で、緊張感をうまく演出する文章のため、非常に続きが気になって一気に読みました。
「夜」という主題の使い方が、時間帯設定に留まっており、夜をテーマにしている作品かと言われると、必然性がそれほどなかったかもしれませんが、それを考慮してもサスペンスとしてじゅうぶんに面白かったです。

読み物として面白いが、結末まで含めて予想の範疇を出なかった。
さらには“夜”を読み取りづらい内容から、高得点域にはどうしても及ばなかった。

夜のアジール / 上雲楽
設定とその設定を活かした文章が突出していたため、その点を高く評価したい。こうしたワンシーンで恐怖や閉塞感を描くスタイルは一定の人気があるため、採用の可能性は高そうである。
一方で、設定を示す情報があまりにも少なく、解釈の余地が多すぎてコンセプトの押し出しから逃げたのではないかという気もする。読者に「結局これはなんだったのか」と評される可能性が高そうである。作者の他の作品や、連作構成であるなら残りの部分まで読まなければ、コンセプトに辿り着けないという気がした。
あるいは「これはこういうものなんだ」という勢いで推したいのであれば、主人公がこの状況下で何をどうしたいのか、およびその可能性がどの程度あるのかを示した方が良かったのではないか。

光の入らない鎖された部屋の中で、行き着く先もない思考が延々ループし、息の詰まる思いがした。なぜこのような環境に置かれているのか、背景がいくつか想像できる。
執拗なほど繰り返される音や単語や行動が印象的で、主人公の精神の倒錯にリアリティを感じた。

ムーンとデスとR.I.P. / あまひらあすか
月面管理会社の社員が夜勤の最中に死神と出会う物語。月面で起こるトラブルがリアルで、いかにもありそうなところがいい。星新一のショートショートのような味わいも感じさせる、楽しい作品だった。

「月面での自殺者が続出している」という社会問題の発想が斬新で、登場人物たちの感情の機微も丁寧に描写されている。
人の生死を扱う真摯さと、展開のコミカルさを両立させた文章は、リーダビリティが非常に高く、あっという間にラストシーンまでたどり着いた。死神と出会った作業員が、本当はどんな理由で死ぬ予定だったのか。そして実は、まだ死の運命を回避できていないのか……想像の余白も楽しめる物語だった。
出番が少なかった同僚との掛け合いも、もっと見てみたかった。

黒き蛇よ / 西村修子
戦後の退廃的な空気が匂ってくるような描写力に圧倒された。フミコを始めとする登場人物たちのひとりひとりに確かな実在感がある。
夜は死の暗喩と読んだが、多様な解釈が可能な作品だと感じた。

まざまざと描かれる激動の時代。生々しい筆致と内容は知識と技量あってのものだと思われる。
ただ文量の割にカタルシスを感じづらかったことと、あたらよ文学賞の今回のメインテーマである“夜”の解釈が若干釈然としない印象。

夜半舟 / 秋田柴子
仕事帰りの男と若者との一夜の交流を描いた、完成度の高い作品。
登場人物の雰囲気や動きなど、情報を過不足なく出してくれているので、非常に読みやすい作品となっていた。現代では珍しい蕎麦の屋台や、少し不思議な猫などの細かい部分が、物語の設定にマッチしていた。また、伏線もきっちり張られていて、短編としてよくまとまっている。
屋台の秘密が発覚したあとの展開も蛇足になっておらず、心が温かくなるラストだった。

文章は上手く、橋の袂の屋台の雰囲気などよく出ているが、人物の会話やリアクションが不自然で、設定の説明だけで終わってしまった印象。

朝焼けまでに帰れたら / みずきけい
文体が馴染みやすく、冒頭のユニークさから、終盤のほんのりとした切ない空気や二人の背景への情景の移り変わりが見事に描かれていました。二人の事情は重たいものではあるのに「人間ってたしかに、こういうときはこう振る舞うよね」と納得できる、その巧みな筆致が良かったです。

花屋の店員との邂逅が、センスにあふれた文章で綴られた作品。読んだというよりも読まされたという印象。最初から最後まで、感性の鋭さが光っていた。随所にちりばめられた独特の表現が刺さるか刺さらないかで、好みや評価は分かれそうだと思う。
一見めちゃくちゃにも見える台詞や動作に、生きている人間の意思のようなものが反映されていると感じた。勢いや瑞々しさのような感覚に訴えかける作風を優先し、わかりやすさをギリギリまで崩しているようにも見え、その塩梅も見事だった。

向日葵 / アオイ
思わず、続きが見たい! と思える作品でした。
昼夜が逆転した世界。そんな変化に置いて行かれる大人と、向日葵が咲く昼の世界を知らない子どもたち。ラストは慣れない暑さに熱中症を起こしてしまったのかと思いますが、目を覚ました彼女が何を言うか、色鮮やかな昼間の世界で向日葵を見た後、夜の世界でどう生きていくのか、とても気になります。

温暖化対策で生活時間帯が夜間にシフトするのは、将来的にあり得そうだと思った。母親が主人公の名前に込めた思いが切なく美しい。夜の世界しか知らない主人公の、昼の世界に憧れる気持ちがよく伝わってきた。初めて太陽の下で見る景色の描写が鮮烈で、胸を打った。

スタアライト酔痴 / 神足颯人
成功者の苦悩についての物語。主人公が見たものが満天の星空ではなく街明かりだったことが彼の抱える問題の象徴となっているように感じた。希望の感じられるラストが良かった。

文章は上手いが、内容がいくらなんでも身勝手すぎて一切共感できない。
「私を単なる悪党にしてしまうのでは、世間は何も変わりはしないということを、ほんの少しで良いから、わかってほしい。」
↑世間はなにも言ってないのに勝手に迷惑をかけてこれはない。そういう身勝手さを描くならわかるが、半端にジョーカーなのがマイナス。
また、文体と口調も元高校球児のものではないと思う。

蝉 / 奥津雨龍
文章は良く詳細な情景が想像できる。また登場人物の醸し出す、普通の人間とは少し違うのだという違和感を表現する能力が高く、読んでいくうちに、これは何かおかしいのではないか、どうなるのか、という期待感を高める力は相当に高い。
今回は夢の中のような話を描いているが、これはどちらかというとホラーかサスペンスに大きくシフトし、そのようなエンターテインメントとしてのほうが売れる作品にはなりそうである。文学に寄せる必要はなかったのではないか。
また、序盤の表現が冗長である、直近の単語を繰り返し次の文でも使う習慣があるなど、いくつかの課題が有る。このあたりをある程度に抑える方と良いのではと思った。短編では隅まで読者の目が走るので、隙を作らない抜け目のなさも求められる。

夢と現の境が曖昧になるような感覚が、酩酊感を呼ぶ物語だった。
それでいて、自然の描き方にはリアリティがあり、夏の蒸した空気や土草の匂いが今にも香ってきそうな趣があった。淡々と畳みかけてくる恐怖の表現が素晴らしい。

ケニヤサハナム / 上雲楽
独特の没入感があった。
得体の知れない陰謀論が徐々に実態を持ち、周囲の異変にじわじわと日常を侵されていく圧迫感。いくつもの要素が不気味に繋がり、気付いた時にはすっかり取り込まれている恐ろしさ。ぞわぞわするのに癖になるような酩酊感があり、二度三度と読み返したくなる作品だった。

終末的世界観の中、古代宗教ミトラ教を軸に展開される物語。
次々と現れる宗教用語の海にのまれているうちに急展開を迎え、ラストは意外なところに着地する。複数の宗教や文化を用いてこのような形の作品に仕上げた作者の地力に感服した。

宮川霞 25:58,YFS Est / 野呂瀬悠霞
作者のポテンシャルは高く感じたが、現時点では商業小説として優れていると受け止めるには不十分な点が多いように思えた。
スタジオの描写や作品全体に通底する空気感はよく書けていたが、一作品としてのコンセプトが明瞭ではないように思える。展開も理解しがたい部分が多い。人と人との関係性について描きたいのか、環境の理不尽さを描きたいのか、感情の動きを描きたいのか、もう少し明確にしてほしい。
あるいは全体を通じて絵画のような形での作品に仕上げたかったのかもしれないが、それであればスタジオのワンシーンにフォーカスして、複数人から構成されるこの舞台を徹底的に描きあげるべきではなかったか。

フィルムスタジオで働く女性のお仕事もの、と思いきや、別の角度から抉られるような気持ちになる作品でした。
後悔しても取り返しのつかない失敗をしてしまった過去、それを引きずりながら、だからこそ手放せなかったはずの夢を手放し、更には唯一所属していたコミュニティである仕事場まで失ってしまった彼女。空っぽのまま深夜を迎えた彼女は、なにかによって掬い上げられることがあるのか……心にずんとのしかかります。

ふたつの星を / 山内みえ
非常にリーダビリティの高い文章だった。
浪人生としてカフェで受験勉強する主人公の視線や心境がリアル。同じ立場の異性が気になっても色恋に迷うわけではなく、同志のようなライバルのような距離感が絶妙に良い。それぞれが自分の進路に真摯に向き合った結果、互いの道が沿い合っていく関係性が尊い。爽やかで満足感の高い作品。

予備校生の交流が丁寧に綴られており、主人公と彼の距離が縮まっていく過程も楽しく読めました。じれったくも甘酸っぱくて、読後もスッキリとしていてよかったです。

夜の地層 / 春名トモコ
ちょっと不思議な、美しさを感じる世界観。
性的に未分化の学生たちと、その中で女性に変じつつある不眠症の友人という不安定な存在。彼女のことが心配で見守るような心地で読み進めていたら、存外に強かで、逆に成長し女性化が進んだことで、強さを得たような印象も受けました。
侵食が進んでいく、夜の手を待った主人公。親からも嫌悪された「彼」を想う彼女の心が、沼に通うことにつながっていたのも良かったです。

よく練られたSFファンタジーで、学園ものとしてもオカルトものとしても楽しめる、エンターテイメント性の高い作品でした。
星の沈む夜の沼の情景はまざまざと思い描け、素晴らしかったです。神話や、生徒たちのあいだでささやかれる噂、主人公のかかえる秘密など、いろいろ気になる要素が詰め込まれていましたが、まとめ方は少し意外でした。
昼の部と夜の部にわかれている学園の設定や生徒間で生じる摩擦もおもしろそうなので、同じ世界線のいろいろなエピソードを読みたくなりました。

弔い / 東武
山を登るという行為の神秘に取り憑かれた男の物語。
筆致は重厚で、場面ごとの思想が丁寧に綴られていた。今は亡き父が、かつて語った「今日からふたりで生きてくんだぞ」の台詞から、幼い我が子に向けられた愛情を感じた。周囲とは違った生き方を選んだ悲哀も滲む、どこかほろ苦い雰囲気を持つヒューマンドラマだった。

山に取り憑かれた男の過去から現在までを描いた作品。
病的なほど山に登ることに執着する描写に厚みがあり、恐怖すら感じた。具体的な地名が作中に登場するため、リアリティもある。弔いのために山に登る男の必死さが伝わってきた。

太陽の交換期 / 山本貫太
SFだー!
太陽がなにを意味するのかとか、いろんな疑問が残るものの、読み応え、想像しごたえのあるセンスオブワンダーに満ちた作品でした。
背景がちょっとわからなすぎるせいで、文字の復刻というモチーフがちょっと陳腐に見えるのがマイナスといえばマイナス。でも個人的には終わり方含めかなり好きです。

「何を間違った?」最後のこの言葉が、ガツンときました。
この言葉に辿り着くための物語であり、この言葉が出た時、彼は電球交換以外の生きる理由を見つけられたのだと感じます。ただ、もうそれは手の届かないところへ行ってしまったけれど。

白道 / 月江りさ
幽霊文字を使うという発想がまず面白かったので、そこで興味が引かれた。
読み進めていくとテーマ性も明確で、AIと知覚という最新の話題を扱いつつも軽薄さがなく、SFという文脈を踏襲しつつ時代性を感じさせる内容である。筆致も優れている。可読性を損なうこと無く十分に世界観が表現されており、内容を伝えていくためのサービス精神についても及第点を超えていると考えられる。
総合的に隙がなく加点すべき要素も多く、商業作品として十分な力量を発揮できていると考え、高く評価したい。

AIが肉体を獲得して、芸術作品をも創り出すようになった未来の物語。
今この時代だからこそという点はあるものの、AIが普及しその倫理が取り沙汰される時代に書かれたSFとしては、「なぜAIに芸術が可能なのか」という踏み込みが物足りない。また、AIである主人公が芸術家として認められる葛藤も描かれず、人間が主人公であるのとあまり変わらないと感じた。冒頭の真空管のくだりもあまり効果的でない。どこかに焦点を絞れば化けそうと感じた。

うたかた / 綺月遥
太陽と月が織り成す、美しくも壮絶な愛の物語。文体は童話のように優しいが、描かれているのはだんだんと激しさを増していく感情だ。世界を道連れにして命を終わらせた二人が、次の世で結ばれることを願う。

ロマンチックで壮大なM1グランプリ。
感情のうねりを表現しながら、永遠の夜へと導いていくオチが見事。本編が良いだけに、要所要所のモノローグは賛否が分かれそう。モノローグまで“ですます口調”のほうが没入感が高まるか。

流れ星のシール / 桜井かな
SNSアプリの開発誕生秘話という形で物語が展開され、面白く読ませていただきました。
主人公と「ミカ」のズレが少々不気味でもあり、ラストの主人公の執念深さに若干の恐怖も覚えます。夜の要素が足りないと思いましたが、オリジナリティを感じられる作品でした。

一人称の語り手が途中から異常な人物であるということに自然に気づけるという面白い構成であった。ホラーめいた皮肉さがエンターテインメントとしてバッチリ機能しており、高く評価したい。
語り口がやや不自然かと思っていたが、それ自体が仕掛けであるというところも脱帽である。コミュニケーションとSNSという現代性、時代性をクローズアップできているところも好印象である。
文学性については特に目指しておらず、テーマからもやや離れているようには感じた部分があり、減点した部分はそのあたりではあるが、少なくともエンターテインメント商業作品としては十分に世に出せるレベルと考える。

秋宵 / 桜井かな
女の情念を蝶の標本という形で昇華する、美しくも残酷な発想が素晴らしい。
可愛らしい祖母が穏やかな笑顔のまま命ごと男に見切りをつけていくことに、自分の人生を他者に消費させない、女としての強さを感じた。毒すら呑み込んで自らの生気へと変えるような生き方がカッコよくて、憧れてしまう。

祖母との優しい交流、蝶を使った不思議な儀式……と来て、あのラストは予想外だった。思い返せば、序盤からそこかしこに不穏さが漂っていた。恐ろしくも妙にすがすがしい、印象的な作品だった。

ジェンガの上で何を見る / 永和けい
大学生2人の会話が心地よかったです。
引っ越し多くて出身地が定まらないことで自分のアイデンティティがぐらつく、基盤が不安定になっていく心情を、ジェンガにたとえたアイディアはお見事でした。友人のキャラクターが魅力的で、彼のことをもっと知りたいという気持ちでだけでもじゅうぶんに読み進めることができました。

読みやすく、テーマも明確で共感性も高いと思います。
男子大学生二人の交流が丁寧に綴られており、ジェンガの使い方も上手く、不安定さや、触れたいけど触れられない感じもよく描かれていました。瑠璃の背景をもう少し言及しても良いのではと思いました。

花山ホテルの幽霊 / 茉亜
ホテルに出る幽霊の除霊を叔父から頼まれた少年とその友人の話。
登場人物たちの会話が自然体で、三人の性格や関係性が伝わってきた。それぞれにしっかり人間らしさがあって、親近感を抱いた。ちょっとしたサプライズも効果的に作用していて、全体的にバランスの良い作品という印象。

怪しげなバイトを頼まれるという導入から、何が起こるのかとワクワクした。
ライトな読み口の除霊エンタメであり、舞台となっている仙台のご当地感も満載で、見どころの多い楽しい作品。すっきりした解決と、今後のドタバタを予感させるラストが良かった。

未明の音楽 / 我妻許史
夜のバーで展開される人間模様に惹きつけられた。
語られる過去や本音は赤裸々なのに、不思議と安心感のある穏やかさがあり、ラジオのように耳を傾けていたい気持ちにさせられた。
一点だけ、指摘せざるを得ない箇所は、主人公が自転車に乗って帰るシーン。主人公が勤務中に「自分のために注いだビールを飲んだ」設定を忘れたことによるミスだと想像しているが、飲酒運転になってしまっている。そういった見逃せない残念さはあるものの、感情の機微を捉えて、的確なキラーフレーズに変える力は素晴らしく、心に残る物語だった。

引き込みは非常にうまく、内容も自然である。
バーの情景を詳細に描写しつつ、人物の一面を眺めながら主人公が様々な思索にふける様子は舞台劇的な面白さがあり、文学作品として十分なレベルに到達していると思われる。
バーに入ってくる人物を「少女」とするのは、社会通念的な違和感が強すぎるなど一部には修正を求めたいが、全体的な筆致、展開、完成度、コンセプトについては合格点を超えていると判断した。

ジョニーの星 / 髙橋螢参郎
これすっごいよかった。
読み始めは「いくらなんでも古臭くてカッコつけすぎだろ」と思ったけど、それもそのうちしっかり意味が出てくる。展開もまぁ、ベタといえばベタだけど、最後までしっかり読ませ、しっかりと感情を残すいい青春小説でした。

星になったスーパースターと、そのかつての友人である主人公の物語。
特に驚きのない展開ではあったが、セリフも地の文も自然で読みやすく、最後まで引っかかることなくするすると読めた。

コンビニ騒動 / 搗鯨或
小気味の好い物語の中に、ちょっとした伏線が張り巡らされていて読んでいて楽しい。
ただし、展開される物語に対してあまり“夜”である必要性を感じないこと。また“いつも”“いつもの”などの重複した表現が多く、まだまだ推敲の余地があること、この2点の理由から高得点には至らなかった。

とある夜のコンビニで、自分のメモが書かれた紙をコピー機から見つけた主人公。そこからイートインスペースで犯人探しが始まるという短編らしくユーモラスな物語でした。
主人公をはじめとしたキャラクターがひとりひとり、よく作り込まれており、騒動が起きてからのスピード感もあって、オチまでしっかり楽しむことができました。

傲慢と偏見の狭間で / マルクス・ホセ・アウレリャノ・シノケス
魚をとることの感覚について、深い洞察を試みた短編である。
あまり見慣れない分野の生活を垣間見られる面白さと、主人公の思考のさまよいがうまくマッチしていて、技巧的にも題材的にも評価したくなる内容であった。倫理観や幸福論と重なり合う現代的な感覚への追求も良い。オチも面白い。
エンターテインメントとしても文学としても、世に出すべき作品であると考え、高得点とした。

深夜の海に潜っていく感覚を肌で感じるようだった。
大いなる海と己の肉体との境界線が消失したように錯覚する一方、おばさんから投げかけられた不躾な言葉を反芻する人間らしい心に、確固とした自我を見た。生態系に組み込まれた自分を見出すような死生観が興味深い作品。

初恋 / 濃藍珠
まず、書き出しでグッと心をつかまれた。
登場人物たちの関係性を、会話文や心情描写から読み取っていく楽しさがある。漢字が多めの文章によって、作品の雰囲気が形作られていた。切ない余韻を残すラストも良かった。

夜の象徴である彼女を主題としたとても美しい物語。小説でこそ表現できる憧憬や劣等感が見事に描かれている。しかし物語としては斬新さに乏しく、読者の胸に留まりづらいのではないか。

私のお城が崩される時 / 黄間友香
母と娘の関係性がしっかりと描かれ、その重たさや情景描写が毒々しく目に浮かびました。読めば読むほど苦しくなっていくのですが、潔い文量も相俟って気がつけば読み終わっていました。
こういった母娘の関係性がリアリティたっぷりで、またどうにもならない着地点も納得させられました。

絶望的に片づけができない語り手が、母との関係をうまく築けないことに思い悩む複雑な心が巧みに描かれた作品。
文章も非常に綺麗で読みやすかった。過去の回想の母親のうっとおしさが絶妙で、物語にスッと入り込めたように感じた。

ヨシロウさん / 得能香保
流星群を見に行く、というシンプルな筋書きのストーリーながら、退屈せずに最後まで読むことができました。無駄な装飾なく非常に丁寧に書かれた文章に好感が持て、主人公と先輩の会話も心地よいものでした。

イマジナリーフレンドとのさよならを描いた、優しさに満ちた物語だった。
序盤から中盤にかけて描かれた暴力が、丹念で生々しかったことから、どんな展開になるのかとハラハラしたが、お礼や謝罪をきちんと伝え合える仲間ができたことが、我がことのように嬉しかった。
終盤に現れたイマジナリーフレンドだけは、今までにない実在感を醸し出していることが気になった。物語が残した小さな謎について、しばらく想像を巡らせている。

親鳥の羽 / 夜霧
題材と着眼点は素晴らしいの一言に尽きる。誰しもに起こり得る「こんなはずじゃなかった」をうまく小説に落とし込んでいる。
惜しむらくは、主人公の思考の起伏に脈絡のなさを感じてしまう。感情が点と点にならないように、表現や文章にもう一工夫欲しい。

何から何まで共感した。
家族の不自由しない生活を保つだけで、自分一人が磨耗していくような感覚。物価の高騰でどんどん余裕がなくなる日常は、今まさに多くの人が体感していることだと思う。夫に対して嫉妬心ではなく失望が湧いたのもよく分かる。ふっと限界を越えたラスト、この後来るであろう虚無を想像して苦い気持ちになった。

フライ・ミー・トゥー・ザ・サン / 小川リ
会話文がとても自然ですらすら読めた。
主人公の先輩に対する気持ちの描写が少なく、色々と想像することを楽しみながら読めた。先輩の「時間は場所」という考え方が非常に魅力的で、切ないラストにつながっているところも良かった。

(たぶん)男女の情景のひと時を切り取った作品だが、内容やテーマより文章そのもので読ませる純文学らしい作品。切なさ甘酸っぱさがとても心地よかった。

ぜひ次回以降にも作品をお寄せください。お待ちしております。

【YouTube】

#あたらよ文学賞】第一回 あたらよ文学賞 二次選考通過作品発表会!
二次選考結果発表の動画になります。選考結果のみならず、補足情報なども喋っておりますので、ぜひご覧ください。

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