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第二回 あたらよ文学賞 一次選考結果発表


【一次選考通過作品について】

あたらよ文学賞選考委員会による厳正な選考の結果、応募作品453作品のうち、下記52作品一次選考通過としました。(到着順・名前はペンネーム、敬称略)
この後、二次選考及び最終選考を行い、受賞作品を決定致します。

※選考過程に関する問い合わせには一切応じられませんのでご承知ください。



葬礼業者の弟子 / 千葉ヨウ
無重力のアオイソラ / 結城熊王
あまいさかな / 世良綴
青はおひめさまのいろ / 咲川音
グエン / 華嶌華
遥か東の玉葱模様 / 白里りこ
花緑青の時代 / 山川陽実子
青を弔う / 夏越リイユ
ここには見当たらない / 上雲楽
#0000FFを識る / 和立初月
遠き青に還る / 夢見里龍
ブルーアンバー / 紫冬湖
青銅の城 / 火登燈
降る雨の如く / 渡良瀬十四
青い血潮を彼女は笑わない / 熟成みかん
零れ藍 / 守崎京馬
ブルーライトアップ東京 / 谷野真実
ロボトミーワンダーランド / 兎子
夢のグリーンスムージー / 東堂秋月
水の記憶 / 敷島怜
無縁島 / 辺野夏子
青い扉が開かない / 倉海葉音
インクの味は苦い / jessieジェシー
銀霞玲穹ソアレ・アリアス / 伊島糸雨
サムシングブルー / 岩月すみか
Blue,Sky Break. / malstrøm
鯖を読む / 伊藤なむあひ
青い血のナルカ / 神木
絶えても続くBSS / いち亀
あなたたちにはブルーが足りない / 村崎なつ生
波子のノブレス・オブリージュ / 佐々木錯視
りんごが落ちて、 / 深山都
わけあえなくとも / 永津わか
冷たい目玉 / 鳥辺野九
陰日向 / やらずの
雨と青空と / 白川慎二
青の土曜日 / 車道
私の庭の青い芝 / 水島窯
青の説 / 志村麦穂
青の道しるべ / けろこ
染まれ青藍 / 立藤夕貴
鵜玉うぎょく / 平井みね
雅客 / 武川蔓緒
あのプールでの暮らしのこと / オオタキミドリ
バニラの海になる / 阿透
人魚の小瓶 / 朝吹
1K海中生物図鑑 / 白城マヒロ
青に堕つ / 瀬古悠太
青い世界のこと / 脆衣はがね
ラピスラズリかターコイズ / 阿山三郎
死なない光は柔らかい / 正井
639億秒目の空 / 憂杞

【一次選考通過作品・講評】

葬礼業者の弟子 / 千葉ヨウ
儒教的な、古代中国を想起させる設定ではあるが、高いオリジナリティを感じさせる。独特の世界観を豊かな筆致で表現しており、物語性も過不足なく、最後まで飽きさせない展開力も持ち合わせている。

ともすれば難解な一作だが、可読性を切り捨ててなお、シニカルなメッセージ性が強く残る。倫理学の是非を問いながらも、人間らしさを捨てきれない登場人物たちが愛おしくなる展開。本小説賞テーマの“青”を“青い血”という表現でミスリードして貫いたのも見事。最後の一文で、作者の想う“青”を魅せつけられた。

無重力のアオイソラ / 結城熊王
無重力という特性を持って生まれた少年の話。彼の抱える苦悩や友人の思いが丁寧に表現されており、中盤以降、彼の特性が周囲にバレてしまってからの展開も爽やかでよい。テーマをうまく料理しており、着地点も見事。面白かった。

重力を受けない中学生男子の青春もの。まず書き出しでグッと心をつかまれた。周囲と違うという悩みや葛藤を抱えながらも、その違いを含めて受け入れてくれる人がいて……といった、青春ものとしての王道な構成に、無重力というすこし不思議な要素が上手く絡んでいて、安心感を覚えながらも新鮮な読書体験ができた。

あまいさかな / 世良綴
青の色合いの繊細さを知る主人公と、青といえば青、といったきっぱりとしたところのある水野のふたりの間に横たわる愛情や信頼関係が眩しい。女性同士のゆるやかだがしっとりとした日常や、絵の具やキャンバスといったディテール、温度感や香り、後半の感情の揺らぎまでしっかりと描かれていて面白かった。

友情とも恋とも言えない、名前のつけられない女性二人の関係性が、五感の描写を通じて伝わってきた。どうしても「相容れない」部分があるからこそ一緒に居られる、限定された時間の尊さが切なくて愛おしい。作中通して描かれる「魚」や「青い色」のイメージが、「相容れない繋がり」を効果的に象徴しているように感じた。離れるしかないと分かっていた関係性なのに、決まった通りの別離の結末はそれでも苦しくて、後を引く読後感も素晴らしかった。

青はおひめさまのいろ / 咲川音
推し活のふわふわと浮き立つようなきもちと、推しが燃えたときの重く沈んだきもちを非常に的確に表現していて、わかりみが深い。推し活、というよりは現代SNS社会の裏アカムーブの描き方も自然で、大きな驚きはないが解像度が高い。青のお姫様へのきもちをあますところなく描いており、周囲の戯言や目線も含めてリアリティがあった。

推しを愛する主人公の物語。インパクトのある冒頭からラストまで目が離せなかった。美醜にとらわれる主人公のコンプレックスが深い。それでもルッキズムの象徴のようなアイドルを推し、愛する主人公の心情描写や比喩表現が巧かった。推しのメンバーカラーが青というのも効果的。終盤、推しの炎上という展開がありがちかなと思い、それまでの期待感がやや下がってしまったが、物語の着地点が綺麗で爽やかな読後感だった。

グエン / 華嶌華
ベトナムから日本へ来た労働者の孤独と、どこかウィットに富んだ視点や文章が複雑に絡み合っている。ゴミ置き場で拾った奇妙な青い半固形の物体との出会いが主人公や周囲を徐々に蝕んでゆく様は不気味であり滑稽。現代の労働社会を描いた解像度も高く、確かな筆力に裏打ちされた非常に面白い物語だった。

日本で働くベトナム人のグエンが、スライムのような謎の生命体、トロンを拾う話。日本人と外国人というありふれた対比構造が、人間と宇宙生物にまで拡大されており、さらに最終的に、自分と他人、個人と個人の価値観の違いというところまで小さくなっているのも面白かった。

遥か東の玉葱模様 / 白里りこ
東西ドイツ統一後の混沌とした時代の中、国の方針に抗いつつもやむなく従う、陶磁器の絵付け職人見習い。青い図柄を通して、職人と日本人研究者の出会いを描きつつ、歴史の一端に触れる構成は見事。過不足なく描かれた物語性や、テーマの落とし込み方も秀逸。

ドイツの歴史的背景やマイセン陶器の文化など説明パートの可読性が非常に高く、この部分だけでもとても興味深く面白かった。日本人の主人公だからこそ絵付け師の彼女の個性そのものを尊重できたということに、確かなリアリティを感じた。彼女の描く『青』が自由の象徴に思えて、うまい題材の作品だと思った。

花緑青の時代 / 山川陽実子
日清日露が終わったあとの軍需産業が盛んな時代で成り上がった老人の屋敷。壁に掛けられた青い絵画とそれを描いた奥様、花緑青という名の顔料が織りなす奇妙な雰囲気が物々しい。おあおさまやまろうどといった、かな文字ゆえに不気味さを際立たせるワードセンスや因習村に触れてゆく中後半にかけては、上質なミステリを読んでいるようだった。

鬱屈とした主人公の状況、時代感、「まろうどさま」「おあおさま」という不穏な響きで、どんどん先へ先へと読み進めてしまった。花緑青という顔料の「絶対よくないものなのに惹かれずにはいられない」説得力がすごい。「おあおさま」とは結局なんなのか、主人公はこの後どうなってしまうのか、想像すると薄ら寒いものが残った。面白かった。

青を弔う / 夏越リイユ
同棲をしていた彼との思い出を胸に抱え、青い幽霊と過ごす女の物語。愛情溢れる展開から情念渦巻くパート、そこからの転調と流れるように変化してゆく状況、感情表現が素晴らしい。ミステリとしても完成度が高く、最後までハラハラして読み進められた。

同棲していた恋人を喪った女性の切ない話かと思えば、途中で脩太への印象がガラリと変わり、そこからは地獄のような展開が続く。一年後の命日に主人公が脩太の実家を訪ねるシーンでは、人間の醜い部分が非常に上手く言語化されていて、主人公の怒りや苦しみがひしひしと伝わってきた。

ここには見当たらない / 上雲楽
青い川という発想や設定など、民俗学的な知見に優れる。主人公らの会話にも毒々しさがあって、成熟していない小さなコミュニティの不気味さが露わになっている。筆者にしか描けないエグ味を感じた。

「青」の使い方が非常に独創的で素晴らしいです。文章力も高いので、ファンタジックな設定でありながらも、ちょっとでも伝統的な藍染の工程を知っていればその風景が鮮明に頭に浮かぶと思います。子供であるがゆえの無邪気な悪も描かれ、川をめぐる狭い世界の不条理がうまく表現されていると感じます。

#0000FFを識る / 和立初月
色彩策定委員会が募集する『例の色』についての話。話が進んでゆくにつれて、序盤に抱いていた違和感の正体がわかってゆくミステリー形式の構成がよい。高校生の男女三名の爽やかな青春物語の要素もあり、中盤以降のディストピアSFめいた設定も面白く読めた。

「青」の存在しない世界で青という名前を決めるという物語の設定が面白く、SFマインドを刺激するものがありました。短篇ライトノベルとして優れた切り口と思います。こうした作品でありがちなのが、冒頭で広げた風呂敷がスケールダウンして終わることで、この作品もそれを免れなかった。ラストの「青春」は上手いと思ったが、そのあとの浅葱のセリフは特に意味がわからず蛇足にも感じた。

遠き青に還る / 夢見里龍
青い金魚にまつわる物語。ふたりの女性研究者の感情の交錯、奇妙だが美しい病、ひとが魚だったころのなごり、中盤以降の変容からの旅情など、見どころがたくさんありながらもまとまりがある。終盤のやや不穏な場面から展開されてゆく最後の光景、言葉が欲しかった魚たちの声なき声が確かに聴こえた。

青と聞いて多くの人が真っ先に思いつくであろう海や水を、極限まで美しく描いた一作。限られた文字数の中で結末までを詰め込めており、短編小説としても秀逸。リアリティを持ったパートと幻想的なパートが入り混じっているため、没入感を妨げられる点において惜しさを感じた。

ブルーアンバー / 紫冬湖
偶像に近づこうとする女の子と、彼女に惹かれながらも変化する彼女についていけない女の子のすれ違いが絶妙な筆致で描かれていた。すれ違いが解消することがなく、そのまま苦い後味を残して別れてゆくのがリアル。最後の展開も含め、追うものと追われるものの相入れなさを表現し尽くしていた。

タイトルの「ブルーアンバー」に、高校のプールと海、それから青春。他にもまだまだ数えられるほど、物語じゅうに「青」が溢れた物語だった。女子高生たちの懊悩も、瑞々しい筆致で描写されていて、特に主人公の友人・麻衣子がどんどん変化していく過程から目が離せなかった。強い引力を持つ展開が鮮やかで、ラストの余韻も素晴らしかった。

青銅の城 / 火登燈
青い城についての四方山話。文章表現や台詞回しが独特で、重厚な印象を抱いた。城がメインでありながら、それそのものではなく、物事の見方や角度、自分の立ち位置や振る舞いについての物語であると感じた。

これはいいのが来た! 詩的であるというか、コンセプチュアルというか、読み応えのある作品。文章もうまく、ファンタジックな情景を悠々と描いている。ただ、最後の一文は蛇足のように感じた。

降る雨の如く / 渡良瀬十四
不思議でどこか不気味な印象を抱く、静けさに満ちた物語。巨木信仰を根幹とした独自の宗教観に、少女小説のような美しい文章が噛み合っていた。中盤から後半にかけてSFに転調してゆく展開もよい。若干、地の文に解説が多く、時系列を整理しきれていない箇所があることも含め、流れを阻害している感があり、気になった。

どっしりとした質感の文章で、母の死はいつから始まったのか? という問いかけと、人間がだんだんと動かなくなって寄生樹になるという世界観とマッチしていたと思います。出てくる人たちが事を荒立てることなく、より汚染されていく世界と迎合するのか抵抗するのかを選び取っているような気がして、静かながらも長く心に留まっているようなお話でした。

青い血潮を彼女は笑わない / 熟成みかん
コメディ風の設定だが、青春と自意識をうまく描いている。イカ人間になってしまった主人公が、自然と孤独感を深めてクラスメイトらと距離をとってしまう様子や、級友らの素顔、その後の展開まで楽しく読めた。後半の展開も面白く、少し描き切っていない箇所を描くかどうかの判断はあるにせよ、全体としてまとまりがあった。

思春期の女の子が見事にカリカチュアライズされていて、非常に示唆に富んでいます。それでいてエンタメ性も損なわれておらず、最後まで目を止めることなく楽しく読みました。都子と一緒にハラハラしました。途中でバッドエンドになったらどうしようと緊張させるのも構成の巧みさゆえです。

零れ藍 / 守崎京馬
紺屋の跡取りと姉の物語。明治の世をしたためるのに相応しい、謡うように流麗な文章に心掴まれる。殊更に比喩表現の多彩さは目を見張るものがあった。展開は凝ったものではないがディテールが細かく、弟の姉に対する妄執じみた情念が懇切丁寧に綴られている。最後の一文まで美しく、筆者の熱意を感じる作品だった。

ストレートに青を描いた作品。七五調のリズムで語られる文章は美しく情景を想起させるが、全体の完成度に寄与しているかというと疑問が残る。白粉の作り方など余計な描写が多い割に、忠助の心情が反映される重要な描写は乏しく、描かれるテーマの重さが却って削がれていると感じた。それでも、姉弟の背負った業の深さは胸に迫るものがあり、印象深い作品だった。もっと感情移入をさせられたと思うと勿体無い作品と思う。

ブルーライトアップ東京 / 谷野真実
自閉スペクトラム症を描いた児童文学風のお話。主人公に対し、無理解からくるイジメをする子どもたちの描写が生々しく胸に刺さる。先生の人間性も、悪人ではないが絶妙なバランスで描かれていて、総じて人間味に溢れていた。母や、一部の理解あるひとたちのあたたかさ、世界自閉症啓発デーの絡め方がよかった。救いのある結末も好み。

発達障害のある主人公の心情を、丁寧に丁寧に最後まで書ききったところがまず良かったです。このまま、啓発作品として使えるような分かりやすさと完成度。得意と苦手の狭間で周囲から理解を得られにくい主人公が、わずかに手を差し伸べてくれたクラスメイトの存在をきっかけに、自分からなにか変えようと動き出す姿、またラストで青く染まった東京を見つめる心情描写が良かったです。

ロボトミーワンダーランド / 兎子
いつか銃撃犯になる少女とそのカウンセラーの物語。監視社会が発達したロボット社会によるディストピアSFだが、設定よりも少女やカウンセラーの心情の動きがメインとなっており、心の流れにも違和感がない。反面、序盤で感じていた違和が徐々に明かされてゆき、後半の展開へ繋がってゆく構成も見事。

近未来を舞台に、意識レベルの低い少女、ジュリアンが、カウンセラーのコリーとの対話によって、徐々に変わっていく様子が丁寧に描写されている。文章のリズムが読んでいて心地よく、終盤の畳みかけ方も見事。蜂蜜というアイテムも効果的に使われており、小説として非常に綺麗だった。

夢のグリーンスムージー / 東堂秋月
夢の中で、物語を材料にしたスムージーを飲む。摩訶不思議で奇妙な夢物語を、童話調の筆致で滑稽に表現している。徹頭徹尾不気味な話なのに、主人公が呑気すぎるのが少々気にはなったが、最後まで不穏な物語を楽しめた。

素晴らしい発想です。奇想天外ながらもよくまとまっていて、ストーリーの破綻がまったくありません。ネタバレにならないよう説明するのが難しい作品なので多くは語れませんが、ちょっとパンクな感じもありますよね。青虫の成長まで意味があって伏線になっているとは、お見事としか言いようがないです。

水の記憶 / 敷島怜
死したひとの脳を喰らい、記憶を辿るミズチ。奇怪な水妖の生き様や生態を描きつつ、喰われた人間の記憶と会話する様子がコメディタッチを交えながら表現されている。地の文の落ち着きと、セリフの軽さがうまく噛み合っていた。

永い時を生きる水妖ミズチと、死んで彼に喰われた現代のろくでなし男という取り合わせが面白い。コントのようなテンポ良いやりとりが楽しく、読み進めるほどふたりを好きになった。彼らの力関係が最後まで二転三転するのも面白かった。ミズチの覗く、男の「水にまつわる記憶」の差し込み方が絶妙。コメディのトーンで展開していく中で、自身の存在意義への問いや大切な思い出のシーンが視覚的に表現され、ダイレクトに感情に響いた。泣けた。前向きな気持ちの湧いてくるラストシーンも素晴らしい。とても好きなお話です。

無縁島 / 辺野夏子
亡くなった母の散骨をするために、宮古島に降り立った主人公を待ち受けた数奇な運命。細やかな風景、心情描写で景色が目に浮かぶよう。島で出会ったレンタカー屋の男の存在が、彼女の歯車をゆるやかに狂わせてゆく様がよかった。

ずっと前に別れた女性が亡くなったという事実。かつその人とのあいだに子どもがいたこと。なにも知らずに今まで生きてきた男が、自分の娘を目の前にしてすべてを知るときの心の動きは複雑だと思うのですが、それを違和感なく読者に伝える筆力に脱帽です。生活感のある島の描写や、心象表現に結びついた海の描写もお見事でした。

青い扉が開かない / 倉海葉音
東京藝大のバイオリン専攻。難関に挑む浪人生の心情と、街の風景が幾重にも重なる。ウィーンの街並みや、ヨーロッパを流れる河川と対比するように描かれる彼の才能の限界や青砥の情景。次の青へと進むためにもがき続ける主人公の、彼らしい音探し、彼らしい生き方を模索してゆく様が丁寧に描かれていた。

とてもいい話で、感動で泣きそうになりました。特に後半の新田の言葉には目頭が熱くなります。藝大受験はたぶん多くの人にとって未知の世界ですが、京成線の描写やうまくいかなくてあがく様子などは感情移入しやすく、必要以上のとっつきにくさを感じさせません。啓一の今後を応援したくなります。

インクの味は苦い / jessieジェシー
亡くなったひとの想いを受け取って手紙をしたためる手紙師。柔らかできれいな文章が好印象。設定も個性的で面白いし、架空の職業だがディテールが細かく納得感がある。短篇ゆえ、要素をきもち絞った方がよいかと思ったが、二転三転してゆく展開や最後の落とし所も面白かった。

シチュエーションのアイデアがとても秀逸で、長編でいろいろなエピソードを読みたくなる物語でした!切なくなるような配達人の過去も良い。濃紺の溶けだすような文章も味わい深く、するすると読めます。ただ、手紙師の日常描写に字数を割いたため、この短編では何が描きたかったのか、という部分が薄まってしまった印象があり、少しもったいないとも感じてしまいました。でもラストに衝撃の事実を持ってくる構成、個人的には好きです。

銀霞玲穹ソアレ・アリアス / 伊島糸雨
古ノルド語を思わせるワードチョイスや、作り込まれた設定から立ち上がってくる世界観に引き込まれる。学校でも飛び抜けた才能のメラウと、彼女と共同研究をすることになる主人公ら二名。神に焦がれ、未来へと姿を消した才能を追いかける彼女たちが愚かしくも眩しい。短篇の枠に収まりきらないファンタジー大作。

これはすごい。ファンタジー世界でグレッグ・イーガンみたいなことをやる意図なのかな。世界観用語の連発は読者を置いてけぼりにしつつも、その世界と主人公たちの構想についておぼろげに輪郭を描く。それに違和感を感じさせない文章は抒情感も感じさせて読み応えがありました。正直、内容は半分も理解できなかったと思うけど……ただ、あまりにも凝った用語とルビが乱発されるので冗談でやってるのかどうか、判断がつかなかった。

サムシングブルー / 岩月すみか
幸せなカップルと、結婚式に身につけるサムシングフォー。そこから遡る家族の確執と不和が、リアルで胸に刺さりいつまでも抜けない棘になる。悪意で、というよりは掛け違えてしまったボタンをずっと留められずにいる新婦や、引きこもりとなってしまった妹、新郎の奇妙な兄など、個性豊かな登場人物を破綻なく処理しつつ、そのままでいいという肯定感を加えてくれる物語。今を象徴しているし、単純に面白かった。

青の使い方が特に良く、ラストはぐっときました。お話の展開のさせ方も、後半にかけて引き込まれ、作者様の描きたかったものが伝わりました。結婚式の準備や、母親の除籍に関する話はリアル寄りの描写を詳細にいれている一方で、キャラクターがやや記号的で、言動が唐突に見え、浮いているように感じるかもしれません。妹が姉へのほんとうの気持ちを吐露するくだりはとてもよかったですが、そこへ至るまでの姉妹の心情にもっと共感できたらさらに感動が深まったと思います。

Blue,Sky Break. / malstrøm
宇宙に焦がれる女性飛行士。空に散った彼女の両親のあとを追うように、研究に没頭する彼女の姿が眩しくも痛々しい。青空の正体は徐々に判明してくるが、最後に突如として差し込まれる情報など、若干処理が甘い印象。この構成ならもう少し正体の方にフォーカスしてもよかったし、謎のまま残しておいてもよかったかもしれない。

ユニークな視点で描かれるSF世界に惹きつけられた。青い空の真実が明かされるラストへの流れが良く、物語に没入しやすく面白かった。語り手がクールなキャラ造形ゆえに淡々としながらも、姪の女性への心情もよく伝わる。このままでも面白いが、途中の空の描写を抑えてみて、ラストでどんでん返しのように種明かしする叙述的な構成でも面白いのではないかと思った。

鯖を読む / 伊藤なむあひ
筆者にしか描けない世界観を、伸びやかな筆致で書き切っている。鯖を読む、という慣用句をベースに、YouTuberや書店取次、流通や世界の真実的な話にまで切り込んでいて、徹頭徹尾ミームを散りばめたようで散漫でありながらも、まとまりがよい。わけがわからない小説、として切り捨ててもよいのだが、きちんと一本軸が通っており、後半にかけて壮大な「君」と「あなた」の叙事詩になって感情が決壊した。

慣用句の「鯖を読む」というわけではない、タイトル通りの物語。「鯖書籍」など繰り出される言葉と設定、描写はなんとも力技のようだと思うが、しっかり読ませてくれる文体と作風は独特な雰囲気が漂う。「青」というお題でこれを思いつく発想力、個性的なキャラクター造形が面白い。また二人称小説かと思いきやそうではなく、ラストをこう持ってくるかと驚いて二度読んだ。この物語がしばらく頭から離れなかった。

青い血のナルカ / 神木
海底世界に棲む霊長蛸と、少数民族的な人びとの物語。世界観の構築が素晴らしく、発想に独自性が光る。人間同士で番いをつくることに踏み出せない主人公自身の心情描写も細やかで、奇妙な霊長蛸との交流、しきたりや風習に囚われている人間たちのそれぞれのディテールも丁寧でよい。最後の展開も面白かった。

海の描写がとにかく素敵で、文字で映像が浮き上がってくるような感じがしました。また主人公の葛藤を読んで苦しい気持ちになったので、個人的にこのお話の終わりが希望のある終わり方で心からよかったと思いました……! 作者様の力量が発揮されているところだと思います。

絶えても続くBSS / いち亀
音楽をフックに、憧れの女性への恋慕を自覚してゆく話。バンドを始めた彼女に、主人公は小説を渡して――小説を楽曲に落とし込む手法は有名バンドのそれだが、瑞々しい筆致や登場人物らのあっけらかんとした空気感がよい。共依存的にも見えた都合のよい物語が続くが、終盤の展開が面白くあっと思わされた。

減点箇所と思われる部分はほぼなく、時代性、新規性を備えた秀作であり、先進的な商業出版として十分と考える。キャラクターがやや類型的ではあり意外性も乏しいが、全体的な構成が際立っており、文章も平易ながら言葉遣いも巧みである。

あなたたちにはブルーが足りない / 村崎なつ生
パワハラ上司のタイピング音や怒鳴り声が聞こえてくるよう。会社の中の理不尽に耐えている青野さんを、新入社員の主人公の目線で描いている。テンプレート的な古い上司にも苛立つが、それと同様に傍観者たちにも他人ごとじゃあないんですよ、と突きつけるラストがよかった。

面白かったです。スカッとするわけでもなく、でもなんとなく淀みが晴れるような、ほんのり爽やかなブルーな読後感のある作品でした。一人一人の登場人物がリアルに想像できて、すごく良かったです。

波子のノブレス・オブリージュ / 佐々木錯視
冒頭の雰囲気から、なるほどそういう話かと思っていたら、はっと目を惹く構成で一気に物語に引き込まれる。更に中盤にもう一度転調し驚かされると、登場人物らのパーソナルな事情があらわになってゆく。わかりやすい構造ながら意外性のある展開で、軽い読み口ながら読み応えがあった。

死にたがりの少女と『波子』と名乗る女性、両キャラの掛け合いで進む本作だが二人の過去や境遇が徐々に見えてきて惹きつけられていく。主人公よりも大人な『波子』の言動が時に愉快で、不思議な魅力がある。波子のような大人になりたいとすら思えてくる。波子も主人公もこの先、また同じように苦しむことがあるだろうが、この時間だけは互いに救われているのではないかと考えさせられる。青い空間が明ける描写が印象的だった。

りんごが落ちて、 / 深山都
大学の先生だったひとの死と、大学時代に同級生が死んだ経験と。死は等しく、明日を迎えたいものにとって死は青いものである。軽妙な会話劇の中に、死生観がさらりと流し込まれた作品。深みもあり、軽さもある、いいところが両立している小説だった。

青というテーマを未熟さという点で徹底して表現している良作であり、内容も素直に楽しむことができた。意外性には欠けているように思えたが、リアリティのある筆致や主人公の明確な変化を自然に描けており、高く評価したい。

わけあえなくとも / 永津わか
一文目からいい文章。オノマトペを効果的に使いながら、柔らかで可愛げのある思春期のひと幕を描いている。家庭科部の先輩と後輩、ふたりの距離感が絶妙で、お互いに親密さはありながらも引くべきラインを引いているかんじがした。終盤の少しファンタジックな要素も違和感なく面白く、楽しめた。

文章に透明感があり綺麗で、物語全体を通して「青さ」を感じさせる作品でした。先輩と共に水たまりの中へ「とぷん」と入っていく場面はとても美しく、幻想的でした。

冷たい目玉 / 鳥辺野九
眼球にタトゥーを入れる物語。人類にとって宇宙が当たり前になった世界で、あえてかつての楽園であった地球の模様のタトゥーを目に施すという発想がよかった。台詞回しも洒脱で独自のセンスを感じる。

独創性の高いアイデアに、可読性の高い地の文が作用して、上質な短編漫画に出会った時のように惹き込まれた。頭の中に常に絵が浮かび、さらりと流れるような読み心地を持ちながら、それでもキャラクターの熱が伝わってくるという秀作。“青”を課題とした本作において、強く推したい作品である。

陰日向 / やらずの
神経質なまでに日差しに抵抗を示す主人公。序盤の空気感から、ジュニアアイドル時代の過去にスライドすることで、母の呪縛をまざまざと映し出す。呪いのように青白い肌で、絵に描いたような展開で騙されて、それでもなお生きなければいけない彼女の、青い炎を垣間見る。文章も非常に好み。

とても面白かったし、文章にも臨場感があって素晴らしかったんだけど、ラストがそこまでの話と繋がっていない印象を受けてしまった。これは惜しい。尺が足りなかったんだろうなあ、とは思いつつも、なんらかの変化をもたらすなら納得感は必要と思う。

雨と青空と / 白川慎二
雨が降るとかけられる青空模様のブックカバーと、書店員の店員が織りなす物語。主人公の心模様と、先輩書店員の心情が噛み合うようでいて少しずれている、リアルな人間模様を丁寧に描いている。青空模様をキーにこころが通い合う瞬間が素敵だった。

文章から書店の雰囲気、未知子さんがいなくなった一抹の寂しさが伝わってきて、これぞまさに文芸といった感じ。とても魅力的な一遍でした。惜しいのは、最後に未知子さんの心情を説明しちゃったこと。もっと叙情的に、膨らみのある描写でテーマの輪郭を盛り上げてほしかったです。

青の土曜日 / 車道
モキュメンタリー的な筆致で、独自の工夫が見られる。設定や組み立て方も面白く、次第に明らかになってゆく真実に心惹かれた。奇想天外なだけではなくきちんと物事の詳細が描写されており、整合性も取れていて、最後にぞくっとさせられる構成は見事。

未知との遭遇/共存を匂わせる近未来サスペンスホラー。作者の確かな知識量を叩きつけるかのような展開と、読み手の考察さえも無意味と嘲笑うかのような痛烈な理解不能さが心地好い。数々の現象について明確な解が存在するのならば、続編や長編にて是非とも続きを熱望したい一作。

私の庭の青い芝 / 水島窯
独身女性のマンション購入は、それだけでもなぜか意味を持って受け入れられてしまう。そんな女性の、自身の庭についての物語。庭=自意識と定義し、庭の状態や自身の心理状態がリンクしてゆく様は奇妙だが共感性に満ちていた。社会との繋がり方も絶妙で、今っぽい感性も併せ持っている。青の使い方も上手い。

読ませる文章にぐいぐいと引っ張られて読み進めました。新しく買った我が家の庭にできた「青い芝」。月の光の下で見たその養分は、主人公の自意識が見せた夢幻だったのでしょうか。そんな中で、自分が選ばなかった方の人生を代表する隣の家からも、日中には見えなかった苦悩が聞こえてきて……というくだりがとても良かったです。「隣の芝は青い」をとても上手く使った作品でした。

青の説 / 志村麦穂
やや露悪的なSMシーンから始まる、今/ここではないいつかの物語。青い血を持つ冷血人種と、赤い血を持つ温血人種を描きつつ、今の時代に溢れる差別や抑圧を描いている。精緻な世界観や凝った文章で、筆者のこだわりを感じさせた。

これは載せたい、と思える作品です。設定が突飛な上、SMクラブを思わせる舞台や売血など、よくわからない部分も多いんですが、それらを呑み込んでダイナミックに展開していく物語に圧倒されました。文章も素晴らしい。

青の道しるべ / けろこ
推し活を通して友人をつくってゆく話。ライブのくだりはディテールが細かく、実際に会場に行ったようだった。反面、結婚間近だった彼氏とのくだりは明確に哀れな空気感で描かれており、ギャップで風邪を引きそう。どちらの場面にも現実感がしっかりとあった。

最高。めちゃくちゃよかったです…! 文章が本当に読みやすく、選び抜かれた文章から、映像が流れてくるようでした。ライブのシーンや配信のときのソウ君、描写は、短いながらもかっこよさが伝わります。こりゃ〜推すのわかる!夏目ちゃんも良いキャラで、かっこいい。推せます。青の使い方も、マイナスイメージとプラスイメージの両面に踏み込んでいて大好きです。15000字ギリギリまでお話を詰め込んでいるのにすべての要素が上手く噛み合っていて、読後の満足感が半端無かったです。

染まれ青藍 / 立藤夕貴
軒先に吊るされている藍染から、三十代男性と高校生男子の緩く確かな絆が始まる物語。即売会イベントの模様や、青年の心情や様子などがリアリティたっぷりに描かれている。少し詰め込み過ぎにも感じるが、後半の心の内を曝け出してゆくシークエンスもよかった。

高校生の少年が藍染をしている男性と出会い、イベントを手伝うことになる話。全体的に柔らかい文章で書かれていたり、藍葉の距離感がとても心地よかったりと、読んでいて穏やかな気持ちになれる、優しさで満ちた作品だった。最後に勇気を持って一歩踏み出した麻薙の姿が眩しく、読後感も良かった。

鵜玉うぎょく / 平井みね
米の徴税と日照りの最中に現れた奇妙な鵜の物語。主人公の優しさと意志の強さに心打たれる、歴史ファンタジーだった。青い宝玉や粗野な知人の存在など、設定や人物描写もしっかりとしており、最後の展開も因果応報。骨太ながら軽やかさもあり、読みやすかった。

古典的な展開でキャラクターもありきたりではあるものの、それを補う丁寧な筆致に心を惹かれた。いつの時代を扱ったものなのかなど、もう少しディテールにこだわりがあれば、さらに高評価であった。

雅客 / 武川蔓緒
精緻に作り込まれた島のエピソードと、現実感の漂うリフォームのくだりが交互に描かれていて、読み解くことが難しい小説だった。意味が明瞭でない物語、と切り捨てるのは簡単だが、目を惹くものがあった。筆者にしか描けない世界観があるように感じる。島は母の精神世界なのだろうか。解釈も多様になりそう。

一読しただけでは意味がわかりかねるほど難解でした。ただ、すごいものを読んだ印象です。文章が独特で、表現が逐一美しく、とてつもない魅力があります。何度も読まされ、青いシートと青空が繋いでいる、謎の島世界と現実世界の関係性が一個ずつ見えてきて、そこはかとなく漂う不健全な色気と、不気味さ、不穏さをもっと味わいたくなりました。

あのプールでの暮らしのこと / オオタキミドリ
ショートムービーにすれば非常に映えそうな、25Mプールの中で暮らす親子の物語。家具や遮蔽物で満たされたプールで、母を探して永遠に探索を続ける主人公の姿が切なく愛おしい。奇妙だがリアリティもあり、美しさもあった。最後の展開も面白く、結末がいい意味でぼんやりとしているのもよい。

めちゃくちゃよかったです。プールでの暮らしとは攻めた導入だと思いましたが、そうなったゆきさつを丁寧に紐解いていく前半には説得力がありましたし、後半、母の失踪を起点に一変、現実と夢が入り交じるようになっていく流れも好きでした。夜のプールが水没し、少女が踊る幻想的なシーンが印象的です。ラスト一行に涙腺が緩みました。お母さんもいろいろ抱えていたのだろうな……

バニラの海になる / 阿透
ぬるま湯のような恋模様と、お互いの二股を描いている。クリームソーダで表す心情描写や、細やかな生活感、ゴッホの星月夜をはじめとする絵のモチーフなどもよい。洒落感と湿っぽいのにどこかからりとした文章で、最後まで魅力を感じさせた。

いいですね。完成度の高い恋愛もので、彼女との距離感やチャーハンのレシピといった要素もいい。ラストの「街のなかを知らん顔ですれ違う俺たちは、もう水槽の魚だった」ここがとてもいいんだけど、モチーフの青に対して各要素がもっと統一感のある踏み込みがあればさらに良かったと思う。

人魚の小瓶 / 朝吹
青い小瓶にまつわる物語。子どもの頃の小さな思い出や拾った宝物といったきらきらとしたものが、ふとした瞬間に頭をよぎることがある。そういったノスタルジーと現実と地続きだったかもしれない過去の出来事を、さらっとした柔らかな筆致で描いていた。

興味深い話だった。ふとしたきっかけから多くの情報が導き出される構成は関心を惹き、その結末や終わった後の余韻も良く、商業出版にふさわしいと思われる。新規性やテーマとのシナジー性は乏しかったが、着眼点や筆致の良さを考慮し、秀でた作品と評価したい。

1K海中生物図鑑 / 白城マヒロ
身体の中に海を取り込む、という発想力がよい。深海魚と共に暮らす彼女と、彼女の様子を見に行っては甲斐甲斐しく世話をする主人公との距離感も絶妙で、共依存的で退廃的でありながらもどこか現実と地続きのかんじもある。社会とのコミットをもう少し描けばより面白くなりそうだが、基本的に閉じられた世界を表現していて興味深かった。

人の体に海が現れて深海魚が住み始めるという現象、それを自然に受け入れる主人公たちの「すこしふしぎ」なトーンがすごく良かった。作品通して漂う、不健全で不健康な空気感が素晴らしい。彼女の在り方を決して否定せずに肯定し、だけど彼女が生きられるようにお世話はする、主人公のメンタルが妙に強くて良い。不可思議な『海』のものたちと共存することで、一周回って生の安寧を得るような絶妙なアンバランスさが面白かった。

青に堕つ / 瀬古悠太
女子ふたりの共依存的な関係性が目を惹く作品。瞳を合わせることで互いの相性を確かめ合えるアプリ、アイケミの存在が面白い。後半になるにつれてどこか不穏な空気が漂い、それらの原因がわかるにつれて、面白さが倍増した。

うぐっ、尊い…! ふたりの少女が周囲に揺さぶられながらも一途にお互いへの想いを貫こうとする生き様、爽やかな筆致で描かれるこの空気感がもう大好きです。アイケミの近未来的な設定にも、ぐっと惹きつけられました。青い瞳には絶対なんかカラクリがあるんじゃないかなと思っていましたが、そっちだったか…!どうかふたりがこれからも幸せであるように願いたくなりました。天ちゃんの歪んだ心情もっと味わいたい。私も青に堕ちてしまったようです。

青い世界のこと / 脆衣はがね
彼女がいるのに元カノの話を聞きに行く彼氏。エグ味の強い題材を、しっかりと粘り気たっぷりに描いている。文章力が高いがゆえに不快指数も高く、終始「なんやねんコイツ」と思いながら読んだがそれも筆者の手の内だろう。ビターでこころに残る物語だった。

恋人同士なのに、向けられる優しさや愛が平等ではないと感じてしまう主観性の高い作品で読み手の心を揺さぶってくる。青を恨んでいく主人公の心情が切なく苦しく、後半は息を詰めて読んでいた。シチュエーションや人物造形にリアリティを感じる一方、相手の女性を象徴する色が青である必要性をもう少し描写してほしいと思う。しかし心の中にしっかりと重い青を残していく作品だった。

ラピスラズリかターコイズ / 阿山三郎
アニメ漫画研究部。オタクの巣窟で、主人公と新入生がロボットアニメで出てくる宝石の種類について激論を交わし合う物語。オタク特有の感情がつぶさに描かれていて、人間模様の描き方もしっかりとしており面白い。やや古い印象はあるが、普遍的なストーリーラインで楽しめた。

少し古いがコミック「げんしけん」などに見られるようなオタク文化の設定と展開が繰り広げられる内容であった。特筆すべきは登場人物の距離感であり、これは群を抜いて秀でている。話題から生まれる対立と緊張感、その解消に至るまでの流れがこの上なくリアルであり、商業作品としての水準を大幅に上回っている技量として、高く評価したい。新規性はあまりないが、その総合的な出来に対して高得点とする。

死なない光は柔らかい / 正井
狐火を見たことを契機に、過去に戻る列車に乗り込んだ主人公。思い返すのは母のことだ。帰るたびに青いライトを浴びせる母と、自分と、姉の関係性がぬるっと描かれている。文章がよく、感情をまるのままに乗せた筆致が心地よい。母と娘の切っても切れない、呪いというか確かにそこにある絆のようなものを描いていた。

抑えられた語り口、不可思議な出来事に出会うものの、そこに流されず引き返す主人公と、そのあとの姉との会話が瑞々しい。ラストもいい。大賞に推せる一遍です。

639億秒目の空 / 憂杞
秒そのものを擬人化した話。設定がかなり突飛かつ難解で、少々無理があるきらいはあるが、発想力は極めて高い。秒それぞれが抱くドラマが濃厚に描かれており、第二次世界大戦や今なお続く戦争への反戦メッセージが込められている。今を象徴する物語。

読み始めは設定にとっつきにくさを感じたが、世界観を理解したらあっという間に引き込まれた。「秒」に心や感覚があるというユニークな設定で展開される「秒」たちの共感覚に溺れるような読み心地だった。本作は過去から現代につながるメッセージ性の高いテーマを扱っており熱量を感じる。人間らしい「秒」たちの会話や思いに胸を打たれる。



二次選考の結果発表は9月末ごろを予定しております。

【惜しかった作品について】

一次選考通過はならなかったものの、通過作品と遜色のない作品が多く集まったことから、「惜しかった作品」として48作品の講評を以下に掲載致します。



松井咲乃の遺作 / 暇埼ルア
失踪宣言 / 入間しゅか
にじむ / 橋薗踏
影と絵画とセレナーデ / 国河抹茶
青い彼女 / 岩嵜みのり
叶う / 恵創
ていおうがく / 伊藤秋樹
表層の彼女 / 深山琴子
赤 / 蒼乃真澄
僕は蛇の抜け殻に触れられなかった。 / 郷倉四季
その藍に染まる / 葉方萌生
祈りの色 / 赤戸青人
ブルー・ブラッド / 高村芳
青を孕む / 黒煙龍
海辺のチャイカ / 九頭見灯火
雨の日の幽鬼 / 壱岐津礼
Lost Blue / 川瀬えいみ
アオガナメさん / 山本雨季
対をなすもの / とがわ
若い林檎が熟すまで / 翠雪
僕も君も見える色 / いわさきはるか
まだ、青いとき / 桜小路いをり
海中ホテル / うたかた
世界で一番ダサい青 / 緒方水花里
純白に、青 / 鈴谷なつ
鬼の腕 / 大隅スミヲ
夜の気配 / 松田茉莉
ドロップス / 金枝美洋
青に溶ける / 柴野日向
骨と17 / 糸野麦
ユートピア omni / 宇憂
ノコギリクワガタ / 鈴木青
B4Fは水模様 / 仙洞田涼平
ペトリコール / 斜道泥慈
さんらんするひかり / 曾根崎十三
青を産む / 渋皮ヨロイ
結晶の谷 / 春名トモコ
薄明に青を連れて / 星空
四つめの大水槽 / 七雪凛音
シュレーゲルアオガエルの鳴く頃 / 上林礼子
「」の消失 / 蛙鳴未明
灰になって / 若木士
かみつく(でも離す) / 大滝のぐれ
化かす / 栗山真太朗
青と赤の狭間 / 雪菜冷
青い月があるところ / 木村雄介
上書き / 島丘來
青の浄土に舟を出す / 坂鴨禾火

【惜しかった作品・講評】

松井咲乃の遺作 / 暇埼ルア
陰湿ないじめの様子が描かれているパートも面白いが、後半につれて物語が転調し、ねじれてゆく様がよい。次第に正気と狂気が混在してゆき、仄暗さに転じてゆく展開は好印象。

テープ録音(の書き起こし)風でひきこまれました。語り口調の淡白さが、埃っぽい美術室にひとりきりでいるような薄暗さを醸し出し、絵の具の匂いなどまで感じられました。主人公の無力さ加減に、はじめは少しもどかしさを感じていましたが、後半で思わぬ方向に……というラストの展開はやや予想できたものの、逆にしっくりきたのでよかったです。自死という行動に至った真子側の真意が読者に伝わるような描写があれば、より奥行きが増したかもしれません。

失踪宣言 / 入間しゅか
精神的に病んでしまったひとびとの話。終盤までの畳み掛けるような憂鬱な展開が面白かったが、終盤に面白さを放り投げてしまった印象。もう少しじっくりと最後まで描いていけば、一層よい小説になったのでは、と感じた。

スマホを川に投げ捨て、始発列車を待つ主人公が過去を回想する話。登場人物の言動にリアリティがあり、とにかく人間に対する解像度が高かった。スマートフォンという、遠く離れた場所にいる人と繋がれる道具が、非常に効果的に使われていたように感じた。続きが読みたい……と思わせてくるラストも好き。

にじむ / 橋薗踏
自分の人生そのものが脇役だったとしたら。夫や親類に虐げられている描写や義理の娘に対する立ち位置が絶妙で、非常に気持ち悪いリアリティがある。後半の展開力も見事であり、最後まで救いのなさが光った。

真理の混乱した心理描写が、確かな文章力によって丁寧に表現されています。彼女が抱えた相反するふたつの感情は、ある程度の年齢の女性ならば多くの人が共感できるのではないでしょうか。美咲は完璧で自由です。そばにいると苦しくもなるでしょう。このラストは破綻であると同時に一種の解放なのかもしれません。

影と絵画とセレナーデ / 国河抹茶
画家とモデルの話。モデルとしての自分しか見られていない、という苦悩の中にいる主人公と、ミステリアスで貞操感が強い彼のすれ違いが絶妙。青の要素がやや薄かったものの、物語性が高かった。

青春キャンパスライフ感と芸術を主軸にした恋愛文芸感が良いバランスでミックスされたお話で好きです。ヒロインの中で膨れあがっていく彰斗への感情の流れが良くて、ラストに完成絵を見るシーンは、影の青さと彰斗の台詞にほんのり切なくも愛おしい余韻が残りました。「セレナーデ」は主として男性が夜に女性を口説く独唱曲なので、本稿のタイトルとしてふさわしくないことはないですが、やや関連が薄いかな……と思いました。けれど、せっかく音楽と美術とで芸術つながりなので、このタイトルに至るヒントが作中にもっとあると良いのかもしれないと感じました。

青い彼女 / 岩嵜みのり
文学的で柔らかな筆致で、主人公の感情がよく表されている。豊かな青の表現や感情の揺らぎが伝わってきて、最後まで心地よく読めた。やや取り止めのない印象を受けたので、もう少し物語性を加えればより面白くなると感じた。

生きたくない、死にたいと思っている主人公が、青に救われる話。書き出しから心をつかまれた。独り言のような、人間の内面をひたすらに書き綴った文章がとても心地よい。共感性も高く、自分の脳内を見られているのでは……と思わされた。ストーリー性こそないものの、非常に満足度の高い作品だった。

叶う / 恵創
ジェンダーと親からの抑圧という重めのテーマを、スマートな語り口で淡々としたためている。文章も平易だが単調でなく、バランス感覚に優れる。光と奏のふたりの描き方や距離感もよく、青の絡め方も絶妙だった。

光の母親の手紙を読んで泣く奏の姿がとても印象的で、物語の転換としてとても良かったです。おとぼけたところのある奏が、光の抱える問題にグッと迫った瞬間だと感じました。

ていおうがく / 伊藤秋樹
汚い大人や政治の世界を、子どもの目線から描いていた。純朴な子どもから見たグロテスクな部分やリアルな部分が表現されており、オチも秀逸。青がほとんど関係なかった点は気になった。

面白かったです。楽しませようという意欲はバッチリですね。後半が急展開すぎたのと、大人が多少ステレオタイプな感じなのがあと一歩と思いました。ホラーで活躍できると思いますので、今後に期待します。

表層の彼女 / 深山琴子
例えるならばオレンジと青のようなふたりの女の子の心情をしっかりと描いている。一方からの一人称で構成されているため、もう一方の心が見えそうで見えないのがよい。最後、ひとは一色にくくられるものではないといったメッセージが込められている点もよかった。

インパクトのある出だしが良かったです。最後まで語り手の心情が丁寧に綴られていて、上手な文章だと思いました。主人公の性格イメージをはっきりと色で定義しておきながら、それが崩れていく後半の語りもよかったです。恋人の描写はやや一面的に感じました。自分だけでなく、他者にも多色的な性格があることに気づいてもよかったかもしれないです。

赤 / 蒼乃真澄
赤を忌み嫌い、青に変えようとする男性。妄執的なまでに赤を嫌う心情や、それによって生じる社会との軋轢が丁寧に綴られており、面白かった。

良かったです。赤色恐怖症というのは実際にありますが、本当にこんなかんじなのかなという脅迫めいた臨場感がありました。個人的には悲しいお話だと解釈しましたが、読み手によっては違う感想を抱かれるかもしれません。あまり意識していなかった赤色の脅威、どこか威圧するような存在感が強調され、主人公の青色でもってそれに対抗していく様が最後まで無力に描写されているのが印象的でした。主人公の行動には共感できませんが、逆にそこが良い味になっていると思います。青の対比も良かったです。

僕は蛇の抜け殻に触れられなかった。 / 郷倉四季
ドッペルゲンガーの物語。後半にかけて面白さが増してゆく構成で、楽しく読めた。淡々とした文章も雰囲気があって面白い。前半部分を中心に不要な文章が多く、惜しいと感じた。もったいない印象。

淡々とした文体で紡がれる物語を読み進め、主人公の恋人が分裂したのだと分かってから一気に惹き付けられた。終始、不思議な要素が漂い、青い蛇の抜け殻というアイテムも作者の独自性を感じる。もう少し設定に厚みが欲しいので、文字数いっぱい書いても良いと思う。もっと物語の奥を読みたいと思わせる魅力を持った作品だった。

その藍に染まる / 葉方萌生
藍染体験を通して、職場で傷ついた心を癒す物語。主人公や愛染職人の人柄のよさが伝わってきて、文章にも過不足がない。後半に少しファンタジー要素が入る点も面白かった。立ち上がるための一編。

職場でのパワハラにより会社に行けなくなってしまった主人公が、一人旅での藍染体験を通してある男性と出会い、悩みを打ち明け合う。共感性の高い作品だった。自分の身を守るために逃げることは大切であることを前提としつつ、立ち向かうことも同じように大切であると、改めて気づかせてくれる。

祈りの色 / 赤戸青人
修道士とマリア像、パンにまつわる物語。淡々とした筆致だが情熱が込められており、重厚な内容と相まって物質的な重量感を感じる。正と悪を併せ持つ修道士らや、貧しさのために盗みを働かねばならない少女らの生活がありありと描かれていて、興味深く読めた。物語性もあり、やや詰め込みすぎの印象は抱くものの、面白かった。

面白く、読み応えがありました! カカニアとハノートの問答も思わず読み入ってしまいましたし、なによりクアッドが青に塗れながらマリア像を壊す様が迫力あり、引き込まれました。カカニアとカカニアの母はどうなるのか、ハノートは絵を完成させたとしてどうするのか、ライネルの存在とは……続きがとても読みたくなります。

ブルー・ブラッド / 高村芳
血の香りが濃厚に漂う、ハードボイルドな作品。スリリングかつスピーディな展開で、ハラハラして読み進めることができた。縹ら、登場人物の動きや心情もよく描かれており、最後まで先の読めない物語で楽しめた。

アクションシーンにスピード感があり、映像映えしそうなエンタメ作品だった。心惹かれる題材とストーリーだが、この文字数にしては盛り込まれた要素が多く、長編のダイジェスト版のようにも感じた。上手くまとめられていたと思うが、ぜひもっと長いバージョンで読んでみたい。

青を孕む / 黒煙龍
不倫して妊娠をした女性がホットラインに電話をする物語。電話口の女性の、あけすけな返答が小気味良い。未熟さの表れとしての青にも説得力があった。短いため、掘り下げが十二分にできていない点が惜しい。

不倫で妊娠した女性が妊娠ホットラインへ電話し、その担当者と会話するという物語。一見派手さはないが、主人公のセリフや独白が痛々しく、リアリティを感じた。また担当者が忌憚なく発言するのも良く、主人公を真っ向から否定するわけではない部分に爽快さを感じ、この短い物語の中でいろいろな感情にさせられた。青=未熟という解釈も良いと思う。担当者の過去(あるいは現在)も気になり、奥行きを感じる作品だった。

海辺のチャイカ / 九頭見灯火
時間と空間がないまぜになる中で、私と彼の関係性を描いた作品。複雑な構成ではあるが芯が一本通っており、タイムパラドックスや量子力学を絡めながらも中心にあるのは迸る青春への回想だ。やや青の要素が少なめの印象は抱くものの、全体を通してふたりの感情を強く描いており、最後まで目が離せない展開にハラハラした。

時間(時空)SFとして面白く読みました。今の時勢も鑑みて書かれたのかなと思うと、このお話のように離れてしまった時間が再び交わることがあればいいのにと思って止みません。電話の交換手のように、時間をやりとりする人がいるという設定も、雰囲気があって良かったです。

雨の日の幽鬼 / 壱岐津礼
幽明界が朧となる京都での四方山話。のっけから様々な歴史があったことを思わせる描写に唸らされる。幽霊を呼吸する都にて、妻の影を追うように生きる男の姿が儚く悲しい。古都に寄り添うが如き、落ち着いた文章運びが好印象。

このラストは想像していませんでした。雨の日に眼鏡が曇ると見える「幽霊」たちの正体、京都という独特な街であるが故に焼きついてきたもの、そういった設定がとても上手に生かされていて面白かったです。

Lost Blue / 川瀬えいみ
空域を買い取るという発想と、現代社会のあまりにも現実に則した空気感。両の要素を兼ね備えた超現実ともいうべき世界観の中、理想の青を追い求めて空を染める主人公の心情が、あますところなく綴られている。後半の展開も納得感が強く、細かな表現も確かで、物語としての強度を感じた。

空域を買った女性の物語。突発的に理想の青を探す彼女の心情描写が丁寧に綴られていた。彼女の漠然とした不安、心の機微を感じられる。終盤に向かうにつれ、主人公と同じ目線で彼女が青を探す理由が紐解かれ、切なさを実感できた。空気感や雰囲気は良いが、やや単調に思えたので物語に起伏があるともっと魅力的な作品になると思う。

アオガナメさん / 山本雨季
岩石信仰と河岸工事をモチーフにしており、非常に面白かった。ユニークな筆致だが登場人物らは真剣そのものといった滑稽さがあり、噺家の小噺を聞いているような心地になる。最後の処理が少し雑だった印象で、もうひと展開見たかった。

改修工事中に現れた深い青の石、アオガナメさんを祀ったことで、主人公たちは様々な災いに見舞われる。結局、石の正体はなんだったのか、災いは本当に石が原因なのかなど、最後まではっきりしないことはたくさんあり、その不明瞭なところが逆に不安を煽ったり、恐ろしさを増幅させたりと、非常に効果的に作用していたように思う。

対をなすもの / とがわ
片手袋にまつわる話。奇妙だが親和性を感じる人物造形に惹かれて読み進めると、彼のトラウマといってもよい過去が不意に現れる。構成の妙で、後半にかけての展開は驚きと面白みがあった。

意外な題材、上手い伏線、上手いキャラクターが描かれた良作である。文章にやや未熟さを感じるが、それ以外が群を抜いているため高評価とした。テーマを早い段階で利用するなど、いくつかの改稿があると望ましい。

若い林檎が熟すまで / 翠雪
葬式の席でのいざこざを高い文章力で表現している。登場人物の中でも、アンズさんが魅力的で引き込まれた。他の親戚勢の古い空気感も含めて、描き方が上手かった。

高校生の林檎が祖父の葬式で、大人の醜さやままならない現実などを知る話。アンズさんの格好良い生き方が、短い中で最大限に伝わってきた。葬式にしては派手な彼女の服装に対する林檎の解釈がとても素敵だと感じた。テーマである『青』を、まだ熟していないものとして捉えた物語の作り方も見事だった。

僕も君も見える色 / いわさきはるか
色覚異常の話。小学生ならではの無邪気な無知と無遠慮を、きちんと謝って先に進めるのがよい。会話や主人公の性格も柔らかく、読みやすかった。普通の線引きをしてしまいがちな自分に刺さる作品。

純粋に「好き」と感じる作品でした。猫が見ている世界に憧れる少年が、色覚異常のある同級生と自分の言葉で仲を深めていく様子が、微笑ましくも、嬉しくもありました。ラストの青に絡めた締めも素敵です。

まだ、青いとき / 桜小路いをり
死神と、死神に救われた女の子。冒頭から不穏な空気が流れる中、救いのように不意に現れる女の子の存在がいい。後半の種明かしパートも面白く、セリフの掛け合いも軽妙。軽い読み心地の中に、しっかりと青さが落とし込まれている、よい物語だった。

文章は読みやすく、テンポもいいが、これから自死に向かおうとする人々の心理描写が軽く、ずいぶんと余裕があるように感じてしまった。全体として話がどんどん進み、急ぎすぎな印象も受ける。テーマもキャラも描写も、もっと深掘りして欲しいと感じた。

海中ホテル / うたかた
怪しげな深海ホテルに行った主人公らの物語。軽快な台詞回しが面白く、深海ホテルで一カ月過ごすといった設定も面白かった。ただ、後半になるにつれてご都合主義的なストーリーラインに終始してしまい、期待値を超えることがなかった。装置は非常によかっただけに、惜しい印象。

アカデミアも深海も多くの日本人にとっては非日常的な世界のはずですが、研究者たちの生活がややコミカルな調子で語られることによって、わかりやすく浮かび上がってきます。実際にやっていることは大冒険なのに、世界のどこかにはこんなこともありそうだと思わせることができるほどのリアリティです。

世界で一番ダサい青 / 緒方水花里
パパ活の話。P活にデニムで来る男もどうかな、だしデニムを過度に貶めるのもどうなの、といった印象。しかし、きちんと後半に向けて種明かしもあってよい。終盤はすべてがうまく回ってゆくサクセスストーリーで、あっけらかんとした主人公の性格も相まってカラッとしていて面白かった。

とても面白かった。「嫌い」の感情が「好き」に変わっていく場面に立ち会えたことが嬉しい。感情の機微が丁寧に描かれていて、ラストの爽やかで温かい展開にも、力強い説得力を感じた。軽妙な文章も、主人公と物語の内容にマッチしていた。

純白に、青 / 鈴谷なつ
アイドルグループでリーダーに指名された青担当の女の子。圧倒的な人気とかわいさを誇る白担当のセンターと、ほかのメンバーの諍いの中で立ち回る彼女の奮闘が苦しい。女子グループあるあるを描きながら、終盤にはっとさせられる展開がよかった。

前回の受賞作を読んで対策をしてきた印象を受けました。内容は充分に面白かったです。主人公がステージで咄嗟にとった行動もいい。欲を言えば、淡々とした語りで進むので、見せ場をもっと印象的に演出したり、セリフの掛け合いを魅力的に仕立てて欲しかったです。

鬼の腕 / 大隅スミヲ
源頼光四天王がひとり、渡辺綱の物語。平安といえば鬼や陰陽師、といった王道の素材をしっかりと自分の表現に落とし込み、物語へと昇華している。非常にわかりやすいエンタメで、終盤の展開も面白く読めた。

渡辺綱が鬼の腕を切ったという有名な逸話を、四天王のキャラもしっかり立たせ、読みやすい文章で書かれていることに好感を覚えました。途中、「綱、しっかり!」と思いながら読み進めていましたが、ちゃんと賢い綱で安心しました(笑)最後の一文がじんわりときて良いですね。

夜の気配 / 松田茉莉
一風変わった家族を描いている。文章に雰囲気があり、物語も過不足なくまとまっていた。ただ、肝心の偏食や病気のくだり、家族の生活スタイルの下地や根拠に乏しく、表面をなぞっているだけに感じる。掘り下げをしっかりすると化けると思う。

これはかなりいい。全編に渡る不穏な気配、その正体はわからないまでも、ファンタジーに逃げず、その不穏さを家族の物語として描き切った怪作と思う。読みやすくサクサクとリズムよく読めつつも、たどり着いたオチにも唸りました。

ドロップス / 金枝美洋
土に開いた奇妙な穴の存在。そこに無邪気に関わってゆく兄弟の会話や空気感が面白い。穴は不気味だが面白く、結局正体は掴めないままであったがはっきりとさせないことがよいと感じた。青の要素がほとんどなく、色ならなんでもよかった印象で、そこが残念。

この子たちは、あの巣は一体なんなんだろうと始終考えさせられながら読み進めました。少なくとも、彼らは人間を超越したなにかなのか……あの巣はもしかしたら宇宙に漂う星で、最後の青は地球に……?

青に溶ける / 柴野日向
ひと夏のジュブナイル物語。太陽アレルギーのため夜に海水浴をしている男の子の、破滅的で繊細な空気感。彼のことを心配する主人公との、ふたりの関係性がよい。身体が海に変容してゆくファンタジックな現象も、物語のラインに違和感なく落とし込めており、展開も含めて面白かった。

男女ではなく、男子ふたりの物語であるが故の、色恋に絡まない純粋な友情の爽やかさがあった。主人公の他に誰も少年と接するシーンがないことや彼の不思議な病状、そしてラストの展開から、彼が本当に実在していたのか曖昧で、リアリティが薄く感じた。

骨と17 / 糸野麦
海に囲まれた島に越してきた十七歳の主人公と、島にいたクラスメイトの女の子。ふたりの絆がひしひしと伝わってきて、ほっとひと息つける。東京へ旅行へ行くことになり、楽しい時間も束の間、クラスメイトに電話がかかってきて……。転調後、一気に物語に影が落ちるギャップ。それまでが明るかっただけに、空気感ががらりと変わるのが印象的だった。

作者様の感性の鋭さがうかがえる表現が随所に見られ、そこが魅力の作品だと思いました。ふたりならどこへでも行けそうな、前半の幸せな旅行から一転して、悲劇へ転がっていくのがつらかったです。

ユートピア omni / 宇憂
バーチャル空間の中で自身のこころや他者との関わり合いを見つめ直してゆく物語。全体的に散漫で、ぼんやりとしており具体性がなかった。しかしながら、柔らかな文章や簡潔でリアルな台詞回しなど、見どころも多い。最後にもうひと展開欲しかった。

VR空間に入り浸る少女の話。SF的なものでなく、飽くまで日常の延長として、思春期の葛藤や孤独を表現するツールとして昇華しているのがすばらしい。これから、というところで終わってしまった印象なので、もっと尺が欲しかった。

ノコギリクワガタ / 鈴木青
文章が非常によい。監視社会と病気をうまく描いており、ディストピア社会特有の怖さを感じる。SF風ではあるものの小難しくはなく、物語も破綻なく面白かった。ただ、不要な文章が多く、情報の整理がなされていないため、散漫とした印象を抱いてしまう点は残念。

一般人による監視制度や、まるで業病のような『緑病』の存在など、オリジナリティの光る作品だった。主人公の思考と行動が支離滅裂で、頭の中を掻き回されるような独特の読み口。彼自身が精神面に重大な問題を抱えているような倒錯感あふれる文章に、奇妙な魅力がある。「悪い行い」とは何か、語られた物事にどんな因果関係があるのか。何も答えの出ない気持ち悪さこそ、社会の不条理のメタファーのように思えた。

B4Fは水模様 / 仙洞田涼平
不条理文学とでもいうべき、不可思議な小説。姉妹が奇妙な展覧会に入ってゆく導入部から、場内の洗面所の水栓を開けたところから様相が一変する。溢れ出る水、浮かぶ人びと、展示物の混沌とした雰囲気の中、主人公がえら呼吸をしながら冷静に解説をしてゆくのが滑稽。意味は掴み切れないが、独自の魅力を感じた。

最初は一体どんなお話なんだろうと不思議に思いながら読み進めていたのですが、蛇口を捻ってからの現実と幻想の入り混じったお話の作り込みからの日常に戻っていく感じが、主人公の淡々とした中にある狂気のように思えてとても惹かれました。

ペトリコール / 斜道泥慈
雨の匂いを軸に、主人公とクラスメイトの絆が描かれる。病気がちだった彼女はいつの間にかいなくなり、主人公は大学生になってしまって、ある日偶然再会をする――普遍的なストーリーラインだが、後半の展開に意外性があり、驚かされた。文章も美しく、ライトでありながらも読み応え十分。

途中までは普通の青年のよくある初恋物語だと思っていたのですが、後半で一転。一捻りを加えた展開に、自分が持っていた偏見に気づかされました。文章力も高いので、雨の中で美しい少女があやしく微笑んでいる様子が脳裏にスムーズに浮かび上がってきます。この二人、今後どうなっちゃうんだろう……前半冗長なのでぎりぎりのところだけど、こういうギミックを仕込まれると加点せざるを得ない。よく考えたなあ。

さんらんするひかり / 曾根崎十三
グルーヴ感の漂う文章の上、刺激的な描写が多く少々面食らった。読み込むと、サスペンスの中に確かな生活があり、それが壊れたことによる歪みを描いていることがわかる。意図的なものだとは思うが、全体を通してやや散漫な雰囲気を感じた。

面白かったです。そういう話か! と理解した瞬間、衝撃とやりきれなさに頭をガツンと殴られた気持ちでした。畳み掛けるような殺戮描写や、繰り返されるフレーズは、主人公の終わらない悪夢を象徴するようでした。タイトルは光の波長のうち「青」の散乱する性質を表しており、ラストで主人公の目に赤い光だけが届くのは、青い光(子どもや家族、理想の幸せ)が散って(失われて)しまったのに、赤い光(現実、一日の始まり)からは目を背けることができない暗喩かと解釈しました。個人的には、失われた幸福を青い光にたとえた象徴的なシーンや描写があると、もっとラストが引き立つかもしれないな、と思いました。

青を産む / 渋皮ヨロイ
軽快な文章や突飛な発想がよく、面白かったのだが、物語がうまく咀嚼できなかった。一定以上の魅力はあり、筆力は感じる。手癖で仕上げた雰囲気があるので、少しだけ読者の方向を向くような調整をすれば一気に化けるのではないか。

わけがわからないが極めて面白かった。ぜひ商業作品として読者の評価を受けてほしいと感じた。

結晶の谷 / 春名トモコ
精緻な世界観の構築、美しい情景や納得感のある描写の数々にこだわりを感じる。ファンタジー世界ながら、風景がまざまざと頭に浮かんだ。少年の目から見た世界や魔法使いのありようが瑞々しく、柔らかで読みやすい文章も心地よい。青ということばを使うことなく、完璧に青を表現したいた点も見事。

世界観がよく描けており、文章もとても読みやすかったです。壮大な物語の一幕のような、主人公たちのその後を読みたくなる短編でした。

薄明に青を連れて / 星空
保健室登校に、ヤングケアラーや自閉症といった現代社会に直面するテーマを青春と絡めながら朗らかに描いている。前半と後半でやや語りたかったことが違っていて、そのためか少し詰め込みすぎと感じた。中篇で読みたい作品。

二人の抱える傷や背負ったものが、非常に丁寧に描かれた作品。少しずつ互いのことを開示して距離を縮めていく過程が自然で良かった。湊の兄のエピソードは二人の関係性の中で語るには重く、肝心の『色の見え方』の話のインパクトがやや薄らいでしまった感じ。とはいえ描写や言葉選びに過不足がなく、リーダビリティの高い心地よい文章だった。

四つめの大水槽 / 七雪凛音
迷宮に迷い込んだかのように、永遠に出られない水族館に囚われている主人公。そんなとき、妹の名前と同じ少女に出会って……記憶の迷宮の中で扉を探す物語。オーソドックスだが、登場人物らの心情描写や台詞回しもよく、最後まで丁寧に描かれていた。

「ほとんど人がいなくて、出口も見つからない水族館」という舞台設定が独創的で、書き出しからとてもわくわくした。「なぜ、ここに迷い込んでしまったのか」という疑問を掘り下げていく過程も丁寧で、境遇を同じくする年上の仲間・夏海のキャラクターも良かった。

シュレーゲルアオガエルの鳴く頃 / 上林礼子
四十女の年上への恋慕の思いが、ひとり語りのみで綴られている。一人称の地の文のみで物語を成立させている点には力量を感じさせる。設定も面白い。ただ、文章が途切れなく続くので、読みにくさを感じてしまう。リーダビリティをもう少しだけ意識して描いていくと、一層よくなるのでは。

独白のみで綴られた作品、読みごたえがあった。この手の作品はストーリー性を出すのが難しいが、本作はしっかり物語として成り立っていると思う。ラストへつながる切実な願いに心を掴まされた。作中に度々現れるシュレーゲルアオガエルが、ひんやりとした文体にマッチしている。

「」の消失 / 蛙鳴未明
藍を失くしてしまった世界で、真実に気づいた主人公は、もうひとりの真実を気づいた人間と喪失同盟を結成する。次第に消失をしてゆく主人公の周囲や、謎めいた同盟の相棒の存在、それらが一気に回収されてゆく後半には爽快感があった。言葉遊びの要素も面白い。

意欲的な作品ではあるが、この分量でこの内容に挑むには少し字数が足りなかったのではないか。興味深い設定や魅力的なキャラクターが描かれているが、全体的にそれらが流れに乗っておらず、難解さが先に立ってしまい、読者が混乱しそうに思えた。可読性を意識して改稿すれば相当に高い評価を得られそうなだけに、残念である。

灰になって / 若木士
戦禍を生き抜いた人びとによるディストピア世界。飛行機を修理する男と、主人公の見えない絆のようなものを感じる。中盤までは非常に面白く読んだが、終盤にかけて、どうにもその絆を放り出してしまったみたいで飲み込みにくかった。展開はそのままでもよいが、なにがしかの学びや物語性が欲しい。

近未来の要素を持ちながらもノスタルジックで丁寧な描写が印象的な作品だった。大規模な戦争で空から青色が奪われてしまったが、雲の上にあるその青空を見に行こうとする男の静かな決意を感じ、またその最期が切ない。あまり多くは語られないからこそ人物たちの心情に奥行きを感じられる。大きな展開や起伏があるわけではないが心に残る作品だった。

かみつく(でも離す) / 大滝のぐれ
瑞々しい印象のクィア文学。男子高校生ふたりと、塾の先生と、青い桃と。思春期の爆ぜるような欲と葛藤が全編を通して描かれていて面白かった。文章もよく、ことば使いも的確で、バランス感覚に優れていた。もうひと展開あると一層化けた気もするが、蛇足にもなりそうで難しい。

中学三年生のもったりした停滞感がお話全体を覆っていて、塾講師の大学生へ、そして違いへ向ける二人の眼差しの仄暗さがとても好みでした。また今まで捨ててしまっていた間引いた桃をシロップ漬けにし始めたというエピソードで、お話の先にある余韻を感じることができました。

化かす / 栗山真太朗
怪異にこころを囚われた手品師の話。少し斜に構えた主人公の描写が小気味よく、大人の雰囲気が漂う。見事に騙されてきもちよくチップを払ってゆく観衆や、商店街のディテールもよい。青がほとんど関係なかった点が気になった。

手品師と怪異が交じり合うという作品。一言で現すとそうなるが、こなれた文体、しっかりとした人物造形に唸らされる。情景描写、ユニークな視点、確かな文章に作者と主人公がリンクしているのではと思え好印象を持った作品だが、お題の青を活かしきれておらず、また怪異の登場に唐突感があり、ラストが尻すぼみに感じた。技術は優れていると思うのでこの主人公でもっと面白い物語を作ってほしい。

青と赤の狭間 / 雪菜冷
ファンタジックで動きのある物語。ライトノベルならではの軽い読み心地で、するすると読める上に、魍魎などの設定も作り込んでいて、内容もしっかりとしており好印象。絵が頭に浮かぶようだった。

この文字数できっちり起承転結の緩急をつけた、満足感のあるアクションファンタジーだった。世界観の説明が展開の中に自然に織り込まれていて理解しやすく、筆力を感じた。「青い血」を中心にして上手くストーリーがまとめられており、村人たちとの交流も胸に響いた。すごくコミカライズ映えしそうなお話。面白かった。

青い月があるところ / 木村雄介
猫視点の物語。災害があって取り残されたのだろうか、猫社会のディストピアめいた風景が描かれている。面白く読めたが、あまり青が効果的でなかったことと、猫視点のために世界観の背景が見えにくい点が惜しいと感じた。

文章の完成度が高く、猫視点であることから想起される様々な描写の正体がしっかりと伝わってくる構成が楽しい。オチが消化不良だったのが残念。

上書き / 島丘來
青が好きだった主人公の友人。特別な友人であったはずの彼女の頬に赤が差したことによって、主人公の感情が移り変わってゆく。美術部に所属するふたりの感情を、表情の色合いや絵の具の色合いを絡めつつ表現している点がよかった。

短い中でものすごく上手い作品だと感じました。青がアイデンティティのような友人が、恋をしたことで頬の色が赤に変わり、身につけるものも変わっていく。それをつぶさに観察して絶望し嫉妬する主人公の心情が良いですね。

青の浄土に舟を出す / 坂鴨禾火
補陀落渡海を思わせる、浄土に向けて舟を出す物語。ただ、かつての同心の亡骸を取り戻しにゆくため、というのがよい。文章も美しく、舟と坊主の姿が確かにまぶたに浮かんだ。

小坊主を探すため舟を出してもらう法師と、舟大工のやりとりが、味わい深い文章で綴られており、馴染みのない分野のおはなしでしたが、舟の造形や海の描写など、緻密で感心いたしました。

ぜひ次回以降にも作品をお寄せください。お待ちしております。

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