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水の生まれる夜に 51 急ぎすぎる親子

「それにこれも有るんだよ」将暉さんはおもむろにバッグから封筒を取り出した。

「これは麻里奈が、綾乃が結婚するときのためにと積み立てていたものだ、六百万ほど貯まっている」

「えっ、ママが私の為に……」綾乃さんは通帳を取り出して見ている。

「そしてこっちは私が綾乃が大学に行く費用として積み立てていた物だ、四百万ほど貯まっている」将暉さんはその通帳も綾乃さんに渡した。

「大変だ、綾乃さんはお金持ちになっちゃったね」僕は少し笑った。

「ええ……私お金を持ってんの嫌だ、パパ持っててよ」

「何言ってるんだ、自分の事は自分でやると約束したばかりじゃないか!」

「でも……私どうしていいか分かんないもん……そうだ、新さんが管理して」

「いやです……自分でしっかり管理してください」僕は力強くそっぽを向く。

「ねえパパ、お願いもう少しの間パパが管理して、だって社長でしょう」

「だめだね、もう大人なんだから自分でしっかりやりなさい」

綾乃さんは眉を寄せさらに困り果てた。

「ところで新くん、君は綾乃のことをどう思っているんだい?そのお……魅力を感じないのかい?」

「そんなことは無いんですが……あまりに美人すぎてハードルが高すぎます……」

「パパ、それは大丈夫よ、この前の日曜日に付き合ってくださいと告白されたから」急に1000ワットの笑顔になった。

「何、そうか、それは良かった、新くん綾乃をよろしく頼むよ、君なら安心だ」握手を求めて来る。

「ええ……、何が安心なんですか?……頼りなさすぎると思いますけど……」思わず後退りしてしまう。

「そういう所が安心なんだよ」笑っている。

「急に将暉さんは立ち上がり車へ行くと木の箱を一つ持ってきた。

「綾乃、開けてみなさい」そう言って差し出す。

「えっ、今度は何?」開けてみると黒く光る重厚な鍋が入っている。

「そう、さっき話した渉くんと友人が作った無水鍋だよ、麻里奈が綾乃が嫁ぐときに持たせるんだと言って一つだけ残してあったんだよ、好きな人と鍋ができるようにってね」優しい父親の顔を覗かせた。

「そうなの、これがその鍋なの?」綾乃さんはそっと取り出して見ている。

「お父さん、そしてパパ、ママ、ありがとう、私は絶対幸せになってみせるよ」将暉さんと二人で涙ぐんでいる。

「ちょっと待ってください、あのう……あまりにも話が早すぎませんか?先週付き合ってくださいと言いました、でもまだ付き合い始めたばかりですよ、よく考えてください、僕がどんな人間かまだ分からないんじゃないですか?……それなのにもう嫁いでくるような勢いなんですけど。もっと時間をかけるべきじゃないでしょうか……」困惑して眉を寄せる。

二人は不思議そうな顔をした。

その不思議そうな顔を見て僕はさらに不思議そうな顔をした。

「綾乃、あの話はしてないのか?」

「うん……まだ……」

「そうか……」将暉さんはうなずききながら僕を見る。

「実は、恥ずかしい話だが、麻里奈が亡くなってから綾乃と私はバランスが取れなくなってしまったんだよ、今まで麻里奈が大きな柱で家庭を支えてくれていたんだなあ、しかしその柱が無くなるとどうしていいか分からなかった」

「綾乃が出て行った後私は激しく後悔した。そして何の連絡も取れずに焦った。
もし綾乃が悪い奴らにでも捕まったらどうしよう。そんな不安で仕事も手につかなかない。だから麻里奈に祈った、『綾乃を守ってくれ!』そして自分の思慮が足りなかった事を反省した。すると、まるで願いが聞き入れられたように綾乃が優しい顔で帰って来たんだ」将輝さんは少し微笑んでいる。

「そして綾乃から周りをじわっと幸せにする君の話を聞いたんだよ。私はきっと麻里奈が君を綾乃へ近づけて守ってくれたんだと思ったよ」ゆっくり頷く。

「君が現れて綾乃と私をもう一度結びつけてくれた。だからきみには感謝している、そして信頼もしてるんだ」

「新さんはママみたいに一緒にいて安心できるの、だからこれからもよろしくね」二人の笑顔が大きくのしかかってくる。

「うーん……確かに綾乃さんを幸せにしたいとは思ってますが……正直な所自信はまだ無いんです……」

「新くん、その気持ちがあれば私は何も言うことは無いんだ、綾乃をよろしく」そう言って帰って行った。

「新さんは救世主なのよ、だから自信持ってね」綾乃さんは寄り添って甘えてくる。

僕は大きな渦に巻き込まれていくような気がする。思わず頭の中に大きなブラックホールが現れて、ゆっくりと渦を巻き始めた。全身の産毛が逆立っていくような感覚に襲われる。
どうなるんだろう……… 沈黙と不安が室内へじわっと広がる。
耳を澄ましたが、フクロウの声は聞こえない。
僕は深々と頭を抱え込んだ。

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