星降る夜のセレナーデ 第38話 二日酔いのパパ
帰りの車内で一樹さんはシートを倒して寝そべりながら俺に話しかけてくる。
「真人くんさあ……恋愛は心を豊かにしてくれるんだよ、そしてそれが良い曲を作る原動力になるんだ、だから沢山恋をした方がいいんだよ」
「本当ですか?でも急に恋なんてできないですよ、好きな人が………」
一樹さんの寝息が聞こえたので、話をやめて運転に集中する。
車の中には香水の香りが残っていて、真美さんの笑顔を思い出す。改めて思い返すと彼女はとても美人だと思った。
「いい曲を作る原動力ねえ………」独り言が漏れてしまう。
ログハウスの駐車場へ無事辿り着いたので一樹さんを起こした。
「起きてください、一樹さん!先生!」俺は体を揺さぶったが全く反応がない。
困り果てていると、ログハウスの明かりが灯り美夜子さんが出てきた。
「真人くん、遅くまでご苦労さん、大変だったでしょう?」
「大丈夫です、でも先生が起きないんです」
「あら、先生と呼ぶなんて、真人くん東京に染まって来たわね」少し笑った。
「この時間になったという事は、正美ママの所へ行ったわね」
「えっ?何でもお見通しなんですね」
「でも泊まらずに帰って来たんだから真人くんはとっても優秀よ」微笑んでいる。
美夜子さんは両手で一樹さんのほっぺたを叩いた。
「あなた!起きなさい!」
「あれ?もう着いたの?………ただいまあ、今日はパーティが長引いてさあ………」
「先生、全部バレてますよ」俺は諭した。
「ママ……あのね……色々と事情があってね………」悪さをした猫のように連れられていく一樹さんをみて憎めない人だなあと思った。
自宅への帰り道で、知らなかった大人の世界を沢山みたような気がした。
明るくなりかけた空を見ながら、改めて一樹さんの、いや先生の凄さを認識する。
俺はみんなが羨ましがる『白河一樹』の弟子になれた事を感謝して心に深く刻み込んだ。
翌朝出勤すると、先生は額に濡れたタオルを乗せてソファーにもたれている。
「二日酔いですか?」
「パパは朝からたっぷりママに怒られて苦しんでるのよ、バチが当たったんだわ。東京に一人で帰りなさいって言われてあんな状態」志音ちゃんは腰に手を当てて、まるで姑のように先生を睨んでいる。
美夜子さんは笑いながらコーヒーを出してくれた。
「真人くん、パパは仕事にならなそうだから、志音の買い物に付き合ってくれないかしら、参考書とか必要らしいのよ」
「いいですよ、ついでに車を洗車して来ましょうか?」
「志音は軽トラがいいの!」
「志音ちゃん、わがままを言っちゃダメよ、真人くん個人のものじゃないんだから」
「軽トラは殆ど使ってないんでいいんですけど、あまり綺麗じゃないんで………」
「じゃあ軽トラを洗車したらいいじゃん」志音ちゃんは唇を尖らせそっぽを向いた。
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