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飛べない天使 (一話完結)

「蒼羽、行ってくるわね」両親が慌ただしく出かけて行った。
仕事でしばらく帰ってこない。
所沢の駅から5分ほどにある8階の3LDKマンション。俺はしばらく一人暮らしとなった。
俺の名は秋月蒼羽《あきづきあおば》、18歳、高校三年生だ。
良く言えば普通、悪く言えば…………言いたくない。
これと言って特技もなく、セールスポイントは、ほぼ無い。
趣味がとてつも無く地味で園芸だ、と言ってもベランダで野菜や観葉植物を育ててる程度。そんなこんなで影の薄い俺はクラスでも全く目立たない。
勿論彼女が居る訳もなく、筋金入りの童貞君なのだ。
このままでは一生寂しい人生を送るのは目に見えている。
何とかしないと……しかし……良い方法は見つからない。

今日も折角の休みを部屋でボーッとしている。
仕方がないので窓を開け、ベランダへ出て見た。
ベランダからの眺めは素晴らしい、武蔵野の自然が心地よい風と香りを届けてくれる。俺は両手を広げ、大きく深呼吸をした。
育てている植物に水をあげようと思い、水差しを持つ。

その時『ドシャ〜ン!バキバキ、バサバサ』と音がベランダに鳴り響く。
「何だ???」振り返って見ると,どうやら女の子のようだ。

「ええ!!!」思わず後退りしてしまう。

「いてて……」彼女は起き上がってこっちを見ている。
とても色白の可愛い子だ。俺は音が出るほど何度も瞬きした。
落ち着いてよく見ると、背中に翼がある。

「えっ?天使???」

「ちょっとだけかくまってよ」彼女は眉を寄せ俺を見ている。

「えっ?」

「だから小悪魔に追われてんのよ」

「はい?」

「いいからかくまって!」

とりあえず部屋の中へ迎え入れ、俺の部屋へ案内する。そして窓を閉めてカーテンも閉める。1時間ほど経つと少し落ち着いてきた。

「ふー……どうやら諦めたようね」天使らしき女の子は緊張を緩め少し微笑んだ。

白いレースのような衣は透けていて裸が見えている。綺麗な形の良いおっぱいが見えた。下の方は恥ずかしくて見る事が出来ない。

「あのう……もしかして……天使さんですか?」一応聞いてみる。

「第二航空警備隊、二等天使のニーナちゃん、よろしくね」あどけなく笑った。

「警備隊???二等天使???」意味が全くわからない。

「だから私は空の境界線を警備してたわけ、そしたら小悪魔のヤツがいきなり後ろから攻撃してきやがった」

「ほら、翼を怪我したから上手く飛べなくなったのよ」背中の羽を見せた。

「そうですか……って全然理解できませんけど???」

「いいよ理解しなくっても、ただ一週間程かくまってくれたらそれで良いから」

「はい……」俺に選択権はなさそうだ。

「お腹すいたなあ」天使はお腹の辺りをさすっている。

「えっ、天使もお腹空くんですか?」俺は不思議そうな顔で聞く。

「人間界にいるときは何故だか空くんだよ」天使は俺より更に不思議そうな表情だ。

「そうなんですか……カップ麺くらいなら直ぐに出来ますけど」

「それでいいよ」天使はニッコリ頷いた。

カップ麺が出来上がると天使へそっと差し出す。天使は嬉しそうに食べ始める。

「美味しいなあ、これ、どこの会社の?」

「会社名とか分かるんですか?」

「ううん、分かんない、えへへ」可愛い笑顔だ。

「その格好だと目のやり場に困るんで、何か着てもらえませんか?」

「私は別に気にしないけど」

「いえ、俺が気にします」

「そう……」

とりあえず俺のTシャツを渡した。すると翼はシュッと消えて背中に小さな羽の絵となった。

「へ〜……」そうなるんだ。

ダボっとしたTシャツは肩が見えたり、ミニスカートのようになって艶かしくなってしまう。俺はただ眉を寄せて固まった。

「これで人間と区別がつかないよね?」

「……ですね……」

それから一週間二人で暮らした。髪は白く肌も透き通るように綺麗だ。
顔は堀が深くとても美人だ、まるで天使のようだと思った?いや天使様そのものなのだ。彼女との日々はとても楽しくて、これまでの人生で一番輝いたような気がする。しかし夢のような日々は、あっという間に終わりが来た。

「ありがとう、お陰で無事に回復できたわ」彼女は軽く手足を伸ばし深呼吸している。

「そうですか、よかったですね…………」俺は急激に寂しくなった。

「お礼に何か一つ願い事を叶えてあげるから言ってよ」微笑んでこっちを見ている。

「えっ……願い事ですか?」

「うん」

俺はしばらく考えた。思いついた願いは、ただ一つだ。

しかし言いずらい。

「時間ないから早く言ってよ」彼女は唇を尖らせている。

「じゃあ……じゃあ、童貞を捨てたいです!……って無理ですよね」力なく笑った。

「うーん……」天使様は少し瞑想している。

「君の未来を見たけど……君は一生童貞だなあ……」

「ええ……やっぱりそうなんですね」俺はガックリと肩を落とし、その場へ座り込む。

彼女は気の毒そうに俺を見ている。俺は項垂れたままだ。

「可哀想だから童貞を捨てさせてあげる、ベッドにおいで」

俺はずるずると引きずられる。

「ええ!!……ああああああああああああああ……」

夢のような時間が過ぎた。

「じゃあ残りの人生頑張ってね!」そう言うと、彼女の背中から白い翼がフワッと広がった。
天使様はふわりと舞い上がり、空へと帰って行った。俺は口をポカーンと開けたまま見送っている。そして俺は平凡な日々に戻ってしまった。

数日経つと、クラスに天使様そっくりの転校生がやって来る。
俺を見て微笑んでいる。
偶然隣の席が空いていたので、彼女は横に座った。

「元気だった?」首を傾げた。

「えっ???」俺は目が点になる。

「実は人間とHした事が神様にバレちゃったのよ」

「えっ?」

「何でバレたのかなあ……」口をへの字にしている。

「バレたらどうなるんですか?」心配になって聞いてみた。

「その人間が死ぬまで一緒に居なきゃいけないのよ」

「そうなんですか?」

「うん、そうだよ」

「と……言うことは……ずっと一生俺のそばにいてくれると言うことですか?」

「そう言う事になるね」微笑んでいる。

俺は一瞬喜んだ。

「でも、一生連れ添うなんて大変じゃないですか?」少し心配になる。

「私は人間の寿命みたいに短くないからほんの2・3日位の感覚だけどね」

「そうなんですか?」

「うん」

なんか少し軽いなあと思ったが、結果嬉しくなった。
クラスの男たちはみんな天使を見るような目でニーナを見た……そりゃそうだ本物だもの。
クラスのイケメン達が必死に口説いたが「私は蒼羽さん以外は興味ありません」と言い切ったので、俺は一挙に注目の的となった。
しかもイトコという戸籍の設定になっていて一緒に暮らすことになっている、神業か!。

それから毎日同じベッドで寝た。

「子供はダメよ、子供ができると子供の一生まで付き合わなきゃいけないのよ」

「はい、子供はいなくてもいいです、ニーナちゃんがいてくれたらそれで幸せです」

「どうせ一生二人で暮らすなら、ラブラブがいいよね」天使様は上目遣いで見ている。

「勿論です、天使様〜」俺は何度も頷く。

そして二人は大恋愛をスタートさせた。俺は嬉しくて足が地面に付いてない気がした。
しかし、人間社会の現実は厳しい。生きて行くのにはお金が必要だ。
だからアルバイトへ行く事にした。
するとニーナが「あの宝くじを買いなよ」と言ったので買ってみる。
前後賞合わせて3億円入ってきた。

「ええ!!!天使様と付き合うとこんな事になるの?」

「えへへ……これでバイトに行かなくても一緒にいれるね」微笑んでいる。

「ニーナ!!!」俺は彼女の待つベッドにダイブした。

入って来たお金で、両親のマンションと少し離れたマンションを買って二人で移り住んだ。ベランダからの眺めはやはり武蔵野の自然が感じられて気持ちいい。
俺はベランダから大きな声で『幸せで〜す』と叫びたくなる。しかし我慢した。
でも幸せなので頑張りたくなった。

「ニーナがこの会社の株を買ったら」と言ったので、あるゲーム会社の株を買ってみる。
すると、ワンマン社長が急に亡くなって社長になってしまった。

「ニーナが、この人とこの人に任せたら」と言ったので異例の人事をして任せてみる。
ゲームは次々にヒットしてあっという間に世界的なゲーム会社となった。
沢山のお金が入ってきたので、ニーナと相談して貧しい国へ学校や病院を立てた。
世界中を二人で飛び回った。自然が壊されそうな国では、大きなキャンペーを開催する。戦争が起こりそうな国ではニーナと二人で幸せであることの素晴らしさを話して、争いを止めるよう説得して回った。
世界的な雑誌にも取り上げられたり、ノーメル賞の候補にもなってしまう。
二人の幸せを出来るだけみんなに分けて手渡した。
俺は充実した人生を送った。

やがて俺は歳をとった。

「あなた、そろそろお迎えよ」

「ありがとう、君のおかげで俺は最高の人生だったよ」

「私も幸せだったわ」俺を抱きしめてくれた。

ニーナに最後のキスをすると、彼女の背中から翼がフワッと出て来る。
俺はニーナに抱きしめられ天国へ向かった。

眼下に広がる武蔵野のビルや家々、そして深い緑が少しずつ遠ざかって行く。
あの日ベランダに彼女が落ちて来なかったら、どんなに寂しい人生だったんだろう、そう思うと涙が滲んできた。
涙で歪んだ武蔵野の大地は、やがて雲で見えなくなっていく。
俺はニーナの胸で、とても幸せな人生だったと思い微笑んだ。

「パパ、この子は幸せだったの?まだ18歳なのよ……それなのに天国へ行くなんて……」

「勿論さ、みてごらんとても満足そうな顔をしてるよ」

「そうね……でも病気ばかりで、ほとんど学校にも行けなかったし……」

「でも、とっても優しくて良い子だったよ」

「うん………」

「俺たちは蒼羽がいたお陰で沢山の幸せと思い出を作る事ができた」

「そうね……」

「俺たちにとって蒼羽は………飛べない天使………だったんだよ……」

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