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香港国家安全法の標的はやはりあの男だった #FreeJimmy #FreeAgnes

 6月30日に施行されたばかりの香港国家安全維持法。過去に遡及できない規定があったにも関わらず、8月10日に同法違反容疑で逮捕者された10人のうちの1人は、北京政府の長年の標的だった71歳の香港人、ジミー・ライ氏(黎智英)でした。香港唯一の民主派寄り大衆タブロイド新聞アップル・デイリーの創刊者です。

 同時に逮捕された、民主派の女神的存在であるアグネス・チョウ氏(周庭)が日本では有名です。彼女の動向も心配ですが、ライ氏は彼女の生まれるずっと以前から北京政府と戦ってきました。

 わたくしがライ氏の名前を初めて聞いたのは現在のようなメディア王としてではなく、中国華南地区にカジュアルウェア縫製工場を持つ衣料品製造業のオーナーとしてでした。

 80年代から90年代にかけて、香港や隣接する華南地区は安価で良質な軽衣料品の一大産地であり、世界中のブランドから大量の受注を集め、各国に輸出をしていました。中国からの移民で、製造業で成功したライ氏はその製造インフラや蓄積したノウハウを使って自社ブランドと小売事業の展開を始めます。

 今でも香港や中国や台湾で多くの店舗を展開する『ジョルダーノ』ブランドの誕生です。ライ氏の事業は受注生産輸出に加え、自社ブランドの企画製造小売、そして同事業の国際化と拡大していきました。

 ライ氏の転機は1989年と1995年。前者は天安門事件における民主派学生への支持を大々的に行い、当時の中国李鵬首相など民主派学生を弾圧する強硬派を徹底的に批判したとき。後者は現在に至る北京政府との火種であるアップル・デイリーの創刊の年です。

 青いヘッダーと赤いリンゴがよく目立つ、カラーの大衆タブロイド紙。香港の中国返還前の英国統治下時代とはいえ、北京政府や中国要人に対する過激な批判に加え、後発の同紙が発行部数を伸ばすがための低価格戦争の仕掛人、と目されたことからライ氏個人や彼の事業は各方面からの妨害や攻撃にさらされます。

 他国から受注した完成品に中国税関から輸出の許可が下りず、出荷ができないとか、中国内の一部の小売店が営業できない、など各方面の事業に支障をきたしはじめました。ライ氏の自邸にも何度か火炎瓶が投げ込まれたと聞いたことがあります。

 アップル・デイリーの創刊時、すでに製造や小売ビジネスのトップは辞任していたライ氏ですが、最終的には持株もすべて売却して関係を断ち切ることで、災いがこれらの事業に及ばないようにするところまで追い込まれました。

 その後もアップル・デイリーの反北京政府論調は変わることなく、雨傘運動など昨今の香港民主化運動を支持し、国家安全維持法にも反対の立場を貫いてきました。香港政府がライ氏をどう扱うか。報道の自由はもちろん、一国二制度の維持や、香港の民主主義体制の行方を占う存在となっていたのです。

 逮捕の容疑は7月(施行前に遡及するわけにいかないので)の同法への反対表明であるとも、海外勢力との共謀が国家の安全を脅かした容疑とも言われていますがはっきりしません。同法の内容はもちろん、恣意的運用の可能性を恐れた民主派の懸念は早速現実のものになってしまったようです。

 30年以上にわたるライ氏の闘争の歴史からみれば、同法施行の6月末からたった1か月半に満たない期間において、主張や活動に特に大きな変化があったとは思えません。

 つまり同法はライ氏のような人物や傘下の事業を標的に、綿密に設計され、早々に運用された、という可能性があります。

 ともにライ氏と面会した経験のある米のペンス副大統領やポンペイオ国務長官はすかさずツイッターで同氏の逮捕に遺憾の意を表明しています。

 また、訪台した米アザー厚生長官と会談したばかりの台湾の蔡英文総統も同様のツイートを発信、ライ氏の逮捕は報道の自由や法治や人権や民主主義へのさらなる侵害であるとし、台湾は香港人を支持する、と宣言しました。

 日本政府も11日の記者会見で、菅官房長官が重大な懸念を表明したようです。

 We shall fight on.『我々は戦い続ける』

 創業者を逮捕された直後にオンライン版に掲載されたアップル・デイリーのステートメントです。香港人や世界の民主主義国家は我々とともにある、という自信のあらわれでしょう。

 米による香港政府トップへの制裁に対抗する形で、中国は米の対中強硬派を制裁対象に指定するなど、香港をめぐる米中の牽制がヒートアップしています。

 そこに米台の接近など、中国にしてみればいわゆる「核心的利益」が脅かされる動きも出てきて、しばらくは香港や台湾をめぐる米中や各国の動きから目が離せません。