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8日目 由比宿~府中宿

降雨による中断から一週間。先日の本来の目的地であった府中(駿府城のあたり)を目指す。距離的にはもう少し歩けなくもないが、その先の鞠子宿、岡部宿の間に宇津ノ谷峠があること、また両宿場には現在ホテル等がないことを考え、府中どまりとする。

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まずは難所である薩埵峠を目指す。天気はとても良いが暑くなりそうだ。

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名主の館、小池邸。名主とは村の中でもっとも家格の高い百姓であり、その村のまとめ役である。年貢の取り立て、戸籍管理、書類作成、他村等との折衝など、今でいう役所の役割を担っていた。身分としては百姓であるが、職務遂行に高い能力が求められるため、一般農民より高い階層にあったらしい。関西では名主ではなく庄屋って言うんだったかな。

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あかりの博物館。朝早くまだ営業時間外だ。旧東海道の宿場ではやたら丸型ポストを見かける。少しでも昔風の雰囲気を出すためにあえて設置しているのだろうか?

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進むにつれて坂道となっていく。並行していた東海道線や道路も見下ろせる高さとなってきた。富士山も今日は見える!

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みかん。無人販売所もちらほら見かける。収穫にはまだ早そう。

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みかん農家の運搬用モノレール。モノカーと言うらしい。みかんは静岡県の名産だ。

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右へ進むと薩埵峠。峠と言っても標高は93mほどで箱根の10分の1だ。4枚前の写真のとおり、現在は海岸側に東海道線、国道1号線、東名高速が走っており旧道と海岸線との間には少し距離があるが、江戸時代は道が駿河湾にせり出す断崖絶壁であったようだ。当然海風、高波の影響も大きかったはず。

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また地すべり対策、落石注意の案内が至るところにあり、海側だけでなく山側にも注意せねばならない場所だったようだ。それなら東海道三大難所に選ばれても納得である。

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写真で見るとわかりにくいが、実際に歩いてみると坂がそそり立つ壁のように感じた。

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里芋かな?葉っぱがデカい。

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こちらのみかんは少しずつ色づいているようだ。

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「取ったら一億円」
農家にとって農作物の窃盗は死活問題だからねぇ。とはいってもガードレールに落書きはダメだろ。

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ちょっとした広場に出た。ツーリング客、薩埵峠のハイキング客が小休止するにはちょうど良い場所。

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この広場から先は未舗装のためか、杖の貸し出しもしている。まだまだ若いと信じているので使わずに挑む。

広場からほんの100mほど進むと展望台(といってもちょっと小高いウッドデッキみたいなもの)があり、そこからの景色が素晴らしかった。

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今立っている場所は旧東海道。そこから見下ろすは現代の東海道たるJR東海道線、国道1号線、東名高速道路。奥には駿河湾と霊峰富士。浮世絵もこのあたりからの景色を描いたんだろうなぁ。

よく見ると東名高速は海の上を通っている。国道1号線と東海道線も海のすぐ側を通っている。こりゃ台風のときは海側から高波、山側から土砂崩れの影響受けるわな。現代においてもその有様なんだから、整備の進んでいない江戸時代の旧道は言わずもがな。

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富士山だけでなく愛鷹山、箱根も見える。あそこを越えてきたんだなぁ、としみじみ。そこから目線を下げると海岸線沿いには富士市の製紙工場。さらに右へ視線を移すと伊豆半島。ここも真冬の空気が澄んだ日にまた来てみたいね。夕暮れ時にタイムラプス撮影しても車のライトで幻想的に見えて面白そうだ。

この展望台あたりを境に下りへと転じる。日陰で気持ち良い。

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下り切ると常夜灯があった。火袋(立方体の真ん中がくり抜かれているような形の部分)だけやたら新しいな。そこだけ壊れちゃって新しいものに取り替えたのかな。

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と思ったらすぐ真下にあった。そんな雑に放置してていいのか?

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東海道線と並行。EF210とEF65の重連。貨物列車のことはさっぱりだ。ほどなく興津宿に到着。

⑰興津宿(静岡県静岡市清水区)

17.興津

浮世絵に描かれている川は興津川。通過した際に撮り鉄が何人かいたがレアな車両でも通る予定があったのかな?

興津は風光明媚な土地で、このあたりの海辺は古くから清見潟と呼ばれるなど、その名が知れ渡っていたようである。明治の元勲西園寺公望はこの地に別荘を建て、晩年はこの地で過ごした。薩埵峠を越えて一息つける場所、また甲州へ続く身延道の起点ということで、江戸時代には宿場町と交通の要衝して発展。ほかにも清見寺の門前町でもある。名物は興津鯛。見どころたくさんだね。

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興津宿公園で休憩。旧興津町の町役場の跡地だそうだ。

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やっぱり丸型ポストがあるんだよなぁ。

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清見寺、このお寺は面白い。門をくぐると境内なわけだが。

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くぐった先の境内にJR東海道線の線路が通っている。どういうこっちゃ。

薩埵峠でも見たとおり、興津付近は山と海が迫り平地が狭いという難所だ。そして鉄道は勾配に弱いので平地を通すのが鉄則。宿場であった興津はおそらくそれなりの発展をしていて余剰地がなく、富国強兵のため鉄道建設を急いだ明治政府としては、清見寺に土地の提供を求めざるを得なかったのだろう。政府からは補償金が支払われたが、寺の住職はそれを献納したとかなんとか。すごい話だ。

境内をぶった切る話はJR横須賀線にもある。これも同じく明治期に軍港横須賀への線路敷設を急いだ結果、北鎌倉にある円覚寺の境内を横須賀線が通過する形となったのである。ちょうど北鎌倉駅を出たところが円覚寺なので、暇な人は鎌倉散歩ついでに見に行くと良いよ。

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近現代史で影が薄くなりがちな大正天皇。やはりこのあたりは景勝地、保養地として重宝されていたんだなぁ。

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東京都内の国道1号線の案内板は静岡、小田原、横浜だったが、今では名古屋、浜松、藤枝に。徐々に徐々に西に進んでいることを改めて実感。そうこうしているうちに江尻宿に到着。

⑱江尻宿(静岡県静岡市清水区)

18.江尻

江尻宿は旧清水市の中心部にあたる。由来は巴川の河口にある街→川の終わりにある→江尻という流れだろうか。清水港に近いため、江戸への物流の拠点として栄えたようだ。現在でも国際港として物流の拠点、また豪華客船の寄港地として賑わっている模様。世界文化遺産、富士山の構成資産に登録されている三保の松原も清水区。清水エスパルスの本拠地。あとは魚が美味しい。

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このご時世商店街がシャッター街化していないだけでも大したものだが、人通りはそれほど多くない。国道1号線沿いに施設が集中しているのだろう。道一本違うだけでかなり雰囲気が変わるものだ。

清水駅の東側に河岸の市という魚市場があり、その中に食事処もあって新鮮な魚料理を楽しめるので寄ろうかと思ったが、気温の高さにやられてしまい完全に食欲が無いのでスルー。水は飲んでるから体の方はまあ大丈夫。

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巴川を渡る。巴川に架かる橋を稚児橋というが、伝承によると、慶長12年(1607年)徳川家康の命によりここに橋が架けられ、宿場にちなんで江尻橋と命名されることとなり、渡り初めの日となった。式典として老夫婦が一番最初に渡る予定だったが、川の中から一人の童子が現れて橋脚を登り、忽然と入り江方面へと消え去った。このことから橋名を江尻橋から童子変じて稚児橋と名付けられたという。なおその童子は河童説もあるらしい。すげえ話だな。

その他には特になかったというのが正直な感想。江尻も沼津と似たようなもので、街として発展した結果、旧宿場の雰囲気が少しずつ消えていってしまったのだろう。諸行無常の響きあり。

足早に立ち去り府中を目指す。残り10kmくらいか。しかし今日は暑い!!台風一過だからか!?

幹線道路に沿って進むので道も単調だ。大田区で感じたつまらなさが久しぶりにやって来た。そして暑い。今思えば途中の草薙あたりで長めの休憩を取ってリフレッシュした方が良かったかもしれない。

心を無にして黙々と歩いた。やはり暑さは大敵だ。そしてようやく府中宿に到着。

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⑲府中宿(静岡県静岡市葵区)

19.府中

府中という地名は全国各地にあるが、これは律令国制における国府があったことに由来する。有名どころでいえば東京都府中市とかね。その後明治時代となり、府中という全国にある地名がまぎらわしいということで、色々あって静岡になったそうな。

蒲原宿から静岡市であるが改めて静岡市の紹介。静岡市は人口70万人の大都市で政令指定都市。横浜市を出て久しぶりの政令指定都市だね。三方を山に囲まれ南は駿河湾に接するため、茶やわさび、みかんといった農業、漁業が盛んである。また清水港周辺を中心に製造業の工場が立ち並び、その製品は自動車用部品や缶詰、プラモデルなど多岐にわたる。人口が多いため当然商業地区も多い。第一次産業、第二次産業、第三次産業のすべてが備わったバランスの良い街である。東京、名古屋へのアクセスも新幹線で1時間ほど。かなりポテンシャルのある街だと個人的に思う。

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駿府城へやってきた。今では天守閣はなく、一部の櫓や石垣、堀を残して(復元かもしれない)内部は公園になっている。また城の周りには県庁、市役所、省庁の出先機関など、公的機関がずらーっと立ち並ぶ。時代が変わっても城が中心なんだなー。

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東海道だから弥次喜多がいるのかと思いきや、作者の十返舎一九が府中出身らしい。なるほどそれならこの立派な像も納得。

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街中にみかんの木。

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ホテルにチェックインして体力も少し回復したので、昼食兼夕食。静岡名物さわやかのげんこつハンバーグ。タイミングよく待ち時間ゼロで入ることが出来た。美味しかった。

本日の歩行距離は30kmほど。本来は7日目に蒲原宿~府中宿を進む予定だったが降雨で行程が狂い、由比宿スタートになったため少し短い。短いといえども暑いと疲れるね。ホテルの大浴場で疲れを癒やしてさっさと寝た。

以上

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