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息子に言いたいこと

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なかなか連絡してこないので、息子に言いたいことをここに書きます。
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#ポルトガル

日曜日の午後

日曜日の午後 ランチに焼き魚が食べたくなったので、お魚の美味しそうなレストランをネットで数軒探して目星をつけ12時ちょっと前にふらっと出かけた。 閑散としている日曜日の午後を歩く。静けさと乾いた空気の土ぼこり感とくっきりした空と建物の土色とちょっと貧しげな感じのせいか、アディスアババで住んでいた家の近所を思いだした。日曜日の午後になると強い日差しのなか土埃のまう道を息子とぶらぶら歩いて、近くの路上で売ってるスイカを買いにいったんだった。(エチオピアのスイカはなぜか巨大でお

住んでみたいって言い続けてたら

ブリュッセルからもどったらこれから2年間ポルトガルに住むためのカードが届いていました。 ポルトガルに住んでみたい。(定年も近い)今なら仕事辞めて住めるんじゃないかと思いたって1年が経ってみると、一人と1匹でリスボンに住み始めてそろそろ5ヶ月目にはいるという状況になりました。 なんだできるんじゃん。 「ポルガルに住みたいって言い続けてたら現実になるだろうか」とか書いたりしてたのが1年前ですが(上記)いろいろしてたら結局は住む事なったので、やりたい事はやりたいって言い続けて

やれば出来ると思うのはまだ始めてもいないから

リタイアするならポルトガルでしたいなとおもって準備を始めてみたら、ポルトガルには住むことにはなったけれど、肝心のリタイアするタイミングを考えなかったので仕事をどうすればいいのか考えている。が、まあとりあえず半年ぐらいは仕事しなくてもいいだろと今まで挑戦したくてもできなかった”まったくお金にはならない事”を片っ端からはじめている。 例えばプログラミング。最後にプログラミング言語をさわったのはなんと学生時代の授業にあった計算機演習でのFortranなんです。(ちなみに最近までエ

どうか、どうか、戦争のない世界になりますように

今朝もまったくいつもと変わらずいつもの時間にいつもの場所のテージョ川のほとりまでトフと一緒に散歩しました。 どうか、どうか、戦争のない世界になりますように。

クリスマスと割り箸

温暖な気候のクリスマスマーケットはどうもねぼけた感じで、南半球のクリスマスみたいな開き直った感もなくてなんとなく中途半端な感じがする。白い息も凍るようなマーケットで凍えた手でプラスチックのカップを持ってVin Chaudをちびちびと飲む感覚は味わえない。サングリアじゃないんだよお。このねぼけ感は装飾のライトに冷たい空気を突き刺すような鋭さがないからなんだろうか?暖かいから空気中の水分含量が高いので光が散乱するからシャープさがない?とかいろいろ考えながら犬と一緒に毎日マーケット

別れが寂しい時は

別れが寂しい時は、次のことだけを考える。次にしたいこと、日本でしたいこと、ポルトガルでしたいことリストを作ってかたっぱしから準備していく。あんまり多すぎて立ち止まれない。寂しさは立ち止まった時におそいかかってくるからね。

沢木耕太郎

フランス語圏でフランス語で働いたし、昔から住みたかった場所に住めることになったし、2年前に作ったバケットリストをアップデートしようかなと思っていて見つけた。 「1人で旅するように1人で生きる力量があれば、すごく生きていくのが楽になる」 と沢木耕太郎が言ったらしい。 当たってる。

いよいよポルトガル

いよいよポルトガルに行く事になった。したい事があって、ゆっくりでもそっちの方に向かって進んでいくといつかは出来るようになるもんだな。 いろいろする事があるが、まず日本に戻らないといけないとかやることが山積みなのはいいが、決心しなければいけない事がおおいのが大変。決められた山積みの仕事を片つけるよりも、決めるほうがエネルギーを使う。なにかを決めるのには精神のエネルギー(気力)がものすごく必要だから、まだエネルギーがあるうちでよかった。 (老人になると気力がなくなって、何かを

ハリーとトントみたいだね

会社から借りたモニターを返そうと思い、アパートの前でモニターを足元においてトフを抱いて迎えの車を待っていたら、通りかかった隣人に「引っ越しなの?」と聞かれた。モニターと犬だけで引っ越しなわけないだろと「そんなわけないでしょ」と笑って答えたんだけど、、、でもその後で、もしかすると犬とラップトップだけで十分なのではという気がしてきた。それに良く考えたら今までも犬とラップトップ(と息子)だけで放浪してきたんじゃないだろうか。                  * 海外出稼ぎ歴は

ポルトガルに住みたい、住みたい、住みたい!

ポルトガルに住みたい!って言い続けたら現実になるだろうか。 初めてリスボンにいったのは20歳の時で学生でバックパッカーだった。その時に「この街に住みたい!」と思った気持ちをいまもひきづっている。(その時に出会って数日間を一緒に旅行した浜松の大村まりこさん(たぶんそんな名前だった気がする)このノートをみたら連絡ください、一緒に住みませんか、なんていってみるが覚えてる情報少なすぎ、、、) その後は仕事で数回行って、もっとも最近は2019年だ。リスボンはどんどん変わったけれど、

心が折れそうな時にする具体的な行動

心はしょっちゅう折れそうになる。息子もこれからいっぱいいっぱい心が折れそうになると思う。そんな時に母ちゃんはこうしてるということを書いておく。 とにかくすぐに忘れてほしい。反省したり、理由を考えたり、原因をつきつめようとしないこと。自分を責めないこと。どんなに考えたところで、多くの場合は他人の判断の結果だったりするから、だったら君とは関係ない。他人の気持ちなんてコントロールできないよ。 たとえば「お祈りメール」。 なんども転職している私だが、転職の陰にあるのは山のように届