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初めて家に男を呼んで手料理を振る舞いました

2021年5月9日(日)は私が初めて、家に男を呼んで手料理を振る舞った日。初めては一度しかないので、その時感じたことを大切に記録しておく。

当日のメニュー

鶏もも肉の照り焼きとブロッコリー
トマトとチーズのサラダ
高野豆腐
ピクルス
ワカモレ
さつまいも
ワイン(私だけ)

言ってくれなきゃ分からないよ

最寄り駅に彼を迎えに行き、合流後に「家に行く前にドンタコス(トルティアチップスのスナック菓子)をスーパーで買うの」と私。当日は時間があったから、事前に買っておいてもよかったんだけど、一緒にスーパーに行くことで、彼に、私の日常に侵入してしまった感を感じてほしかったのだ。

ドンタコスは、作っておいたワカモレにディップしたかったのだが、スーパーにドンタコスも類似品もなく、文句を言いつつとんがりコーンを購入。ワカモレが食卓に乗ることは、サプライズ?にしたくて黙っていたので(そこまで驚かせたかったわけではないが、なんの気なしにワカモレを出しちゃう私を演出したかった)、ドンタコスへの異常な執着心に「そんなに食べたいの?」と聞かれてしまった。

いざ食事になり、ワカモレと共にとんがりコーンを食す。美味しいんだけどちょっと違うんだよなあ。指はめのための中央部の穴が、ちょっと残念なスカスカ感を出してしまっている。彼も「確かにこれならドンタコスの方が合うかもね。だから買いたかったのか。言ってくれなきゃ分からないよ」とコメント。

こんな序盤で、全世界のカップルが口にし、または耳にする「言ってくれなきゃ分からないよ」が出てくるとは思わなかったので、面食らってしまった。

手が届かないものあれば取るよ

これは、私が料理している最中にリビングから彼がかけた一言。ちょうど鶏肉を焼いていて、棚の上の皿に手を伸ばしている時だった。

届かないわけなかろう。ここは一人暮らし、私の城なのだ。私が私の世話をしている場所なのだ。そんな場所で、手が届かないものを置くはずがないし、最初に配置する時点で、置けない。

上記のことをそのまま(もうちょっと柔らかい言い方で)返したが、別段気を悪くした様子はなく、むしろ「それもそうだ」と笑ってくれた。私のかわいげのない部分を面白がってくれる人でよかった。

でも、いつか来るのだろうか、そんな日が。私の手が届かないような位置にものを置ける人が、私と同じ家で暮らす日が。家に来た彼でなかったとしても、それはきっと、不思議だろうな。今、一人暮らしを満喫しているからなおさらそう思った。

ちなみに料理中、鶏肉に中まで火が通ってるかなあ、と肉を裏返しては覗き込んでを繰り返していたら、いつの間にか隣にきて私から菜箸を奪い、肉を刺して少し割り「大丈夫じゃない?」と菜箸を返した。なんて同棲っぽいの。めまいがしちゃう。「そうだね、ダメだったら一緒にお腹痛くなろ」とウキウキで返しながら肉を皿に盛った。

あるならもっと食べたい

野菜が好きな彼だが、ワカモレやトマトとチーズのサラダはすでにあったので、常備菜として漬けておいたピクルスは、食卓の彩りのために小鉢に入れて出した。黄パプリカがツヤツヤしてとても綺麗。

寿司の合間に食べるガリ的な感覚で、と思って出したピクルスだったが、あれよあれよと召し上がる。私はその時、皿と彼の口元を行き来する箸を見ながら、引っ越し初日に、男を呼ぶぞ!と意気込んで買った夫婦箸の、持ち手が青い方(私のは赤だ)が、数か月の月日を経て初めて活躍したなーと思っていた。

見とれているうちに、小鉢が空になったことに気付く。「もっといる?」と聞くと「あるならもっと食べたい」と即答。

そうか、この人は私と同棲しているわけじゃないから、当たり前だけれども、冷蔵庫に何があるのかは知らないんだ。私が食卓に出したものがすべてなのだ。どんなに腹ペコでも、私が食べ物を出さない限り、この場で腹を満たす術はないのだ。

そう考えたらなんだか気分が良くなっちゃって、さっきよりも大盛りのピクルスを小鉢に入れて出してあげたのでした。

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