門限のPM7:00
光の国の、ちょっとだけ前のお話。
ベリアルが死んだ(とこの時は思われていた)。光の国に氷河期を到来させてウルトラ一族を一時的に壊滅状態にまで追い込み、さらに怪獣墓場で100体もの怪獣を蘇らせやがった。挙げ句の果てにはそれと合体してまで生き延びようとして。だがそんなあいつも、俺の手で墓場に送ってやった。かつて手を伸ばした、プラズマスパークの力でな。
俺はゼロ。ウルトラマンゼロ。セブンの息子…らしい。あの時…K76星に親父の…ウルトラセブンのアイスラッガーが飛んできた時にそう告げられた。だがあれからしばらく経った今でも、それが未だに実感出来ねぇ。
今思えば、俺があの時…プラズマスパークに手を出した時、あの人が俺を止めてくれたのも親心ってやつなのかもしれないし、監獄送りなんかじゃなくてレオの元で修行させるよう仕向けたのもそういう事だろう。まぁ地獄並みにしんどかったけどな…アストラもずっと見てて気が散るし。
だが…頭じゃわかっても実感なんかできやしねぇ。セブンの…いや、親父って呼ぶべきか。親父とどう向き合って良いのか。あの人、俺に対してどう思ってるのかな。あのベリアルと等しい大罪を犯したドラ息子の俺を、あの人は…。
俺はクリスタルの都市を眺めながら、一人そんなことを考えていた。俺は今でも家に帰れていない。帰って良いのかもわからないし、第一セブンに…親父に顔を合わせるのが気まずい。
想像してみてほしい。例えば…お前らがイメージしやすい有名人、誰でも良いから一人思い浮かべてみろ。そいつがもし自分の親だったらお前はどう思う? しかも因縁のある相手と来てるんだぜ? 気まずさしかねぇだろ。
それに…『家族』ってやつがよくわかんねぇんだよ。俺はずっと独りだったから。ちっちゃな頃も、光の国の託児所みてぇな所でずっと育ってきた。今思えば、セブンが忙しかったせいで預けっぱなしになってたって事らしい。…しかも片親だしな。寂しいなんて思っちゃいなかったが、不思議に思ってたよ。何で俺には親が居ないんだろうって。でもそれが俺にとっての『普通」だった。最近になってようやくあの時のモヤモヤが晴れたっつーか、腑に落ちたっつーかさ…。あのウルトラセブンの息子だったら仕方ないな。
そしてしばらくして…訳もわからないままグレちまって、プラズマスパークに手を出しちまってよ。…で、後はお前らの知ってる通りってわけだ。
クリスタルのタワーから都市を見下ろす。ウルトラマンっつっても、家族はある。親父がいて、お袋がいて、その間にガキがいて…まぁ人数はそれぞれ違うが、そういう平穏で日常的…と世間一般的に言われる景色が広がってる。
俺は気づけばその光景を目で追っていた。知らないモンに対する好奇心じみた感情は流石の俺でも持ち合わせてたらしい。だがそれを見て微笑ましくなるのと同時に、どこか心の穴を感じるのは何なんだろうな…。
「…あれ、君は…。」
不意に頭の後ろから聞こえた声に驚いて、情けなくも俺は腰を抜かしかける。さっきまで気配なんて何もしなかったのに…。振り向くと、そこには可愛らしい猫みてぇな赤い奴がいた。えぇっと、確かこいつは…。
「えっと、あんたは…?」
「僕はメビウス。怪獣墓場で会った以来かな?」
あぁ、そうだそうだ…メビウスか。話には聞いている。宇宙警備隊のルーキーだとか、ウルトラ兄弟のマスコットだとか…なんか多方面で可愛がられてるイメージだ。あんまり会った事ねぇからよく知らねぇけど。
「あ、あぁ…メビウスか。何の用だよ。」
「別に? たまたま通りかかっただけだ。それに、君とはゆっくり話してみたかったしね。」
ほ〜う。物好きも居たもんだなあ。俺なんかと話して何が楽しいんだか。
「…俺と話だぁ?んなもんしたかぁねぇよ。他を当たれ他を。」
俺はそう言って立ち上がり、場を離れようと歩き出す。
「君がしたくなくっても、僕が話したいから。ほら、ここ座って。3分間だけ!3分間だけで良いからさ。ね!」
そう言ってメビウスは強引に俺の手を引き、隣に座らせた。こいつ、華奢な見掛けによらず引く時の力が結構強かったな…。
「…さてと。いきなり聞くのも何だけど、最近セブン兄さんとはどう?仲良くやれてる?」
メビウスはあどけない顔で聞いてくる。だがその発言、俺からしてみれば内容的に全く可愛げのない物だぞ。
「仲良くも何も…あいつとは何もねぇよ。話す事もねぇ。第一、会ってもねぇし。…合わせる顔なんかどこにあんだよ。」
「そっか…でも、セブン兄さんは君の事をすごく気にかけてたけどね。表には出してないけど、どことなく寂しそうな目をしてるよ。」
「へぇ〜。あのウルトラセブンも案外弱っちい所あんだな。意外だぜ。」
俺は嘲笑するようにそう言ってやる。こうでも言えば、こいつも愛想を尽かして離れるか、キレてぶん殴るか…まぁ話なんざする場合じゃなくなるだろ。
「そうだね。確かに弱く見えるかもしれない。実際、他の兄さん達も様子を察したのかセブン兄さんへの当たりがいつもと少し違ったしね。何なら徹夜明けのヒカリに至っては『ボォ〜っと突っ立ってるの邪魔だからやめろ…斬るぞ』って言って星斬丸をラボから持ち出してたからね!あれは笑っちゃったな〜。」
メビウスは怒るどころか、呑気にそう言って一人で爆笑していやがる。何が面白いんだか、俺にはさっぱりだぜ…ったくよォ…。
「…でもね、ゼロ。兄さん達も、あのヒカリでさえもセブン兄さんを心配はしてるんだ。ヒカリは…まぁ心配の仕方が変な方向に行っちゃってるけど。でも、みんな誰かを心配して、心の中で想って生きることって、そう珍しい事じゃないんだよ。まして弱い事なんかじゃない。僕だって…。」
虚ろな目で呟くメビウス。何だか知らねぇが、その目が凄く寂しそうに俺には見えた。まるで、手の届かない星に想いを馳せるみたいな…って、ガラにもない例え方だな。
「君だってそうなんじゃないかい? 本当は意地張ってるだけで、セブン兄さんの所に帰りたいんじゃない?」
「は?…い、いや…んなわけねぇだろ…俺は…俺はなぁ…そ、そうだ。一人が好きなんだよ。一人がよ。本当に強い奴は一人で戦うからな。ベリアルだって、あんな大勢の怪獣を操ってた割に負けやがった。たった一人の俺にな。だから俺はこのままで良いんだよ。」
俺は一瞬、なぜか焦ったように口が回らなくなった。何も嘘なんかついちゃいねぇはずなのに…まるで心の中でも見透かされたみてぇで、気持ち悪いぜ。
「…そうかな。僕はそうは思わない。」
メビウスはそう言って切り返す。ほんわかした今までの雰囲気が、一瞬で強く重たいものに変わったように感じた。
「僕も詳しく知ってる訳じゃないけど、ベリアルも本当は孤独だったんだよ。可哀想なくらいにね。理想を否定されて、愛した人も離れていて、何もかもを失った。だから、最後に残った憧れ…力に頼るしかなかった。最も、元々実力主義な性格だったらしいから尚更そう思ってしまったんだろうね。」
…何だよそれ。俺への皮肉みてぇじゃねぇか。強さを追い求めたばっかりに光の国を追放された…それは俺も同じだ。
「…じゃあ俺も同じように可哀想な奴だったって事かよ。俺だって一緒だ。俺だって…。」
俺も独りだったから。そう言いかけて、口を噤んだ。独り…それを認めてしまうのが、どこか悔しかった。でも事実だ。それに俺自身、それを別に何とも思ってはいないはずだ。なのに…どうして。
「確かに、君も同じだったかもしれないね。孤独を感じて、力を求めた。でも、君はベリアルのようにはならなかった。なんでだと思う?」
「それは…」
…セブンが止めてくれたから。あの人が…親父が止めてくれたからだ。
「そこがベリアルとの違いだよ。君には家族がいる。血の繋がったお父さんがいるじゃないか。君は独りなんかじゃないよ。」
メビウスはそう言って、俺の肩に手を置く。
「本当に強い人は、『独りな人』じゃなくて『一人でも歩ける人』なんじゃないかなって思う。ただ単に孤独なんじゃなくて、手を差し伸べてくれる人は居るけど、その人の手を借りなくても戦えるくらい成長できた人。誰だって最初は掴まったり誰かの手を借りないと立ち上がれもしないけど、過程の中で色んな人に助けられて、いずれ一人でも歩けるようになる。強くなるって、そういう事だと僕は思うよ。」
肩に置かれたメビウスの手が震えている。だがそれは、俺の肩も同じだった。
「メビウス…俺…ずっと『独り』だと思って生きてきた…。託児所にいた時も…今思えばセブンの息子だから遠慮してたのかな…みんな俺を避けてた気がして…本当は…寂しかった…。その寂しさに溺れちまって…誰かに見つけて欲しくて…気づいたら『強さ』ってモンに憧れて…それで…っ!」
視界がボヤける。目元をいくら拭ったって、溢れ出て止まらない。相変わらず肩は震えて止まらないし、息だって整いやしない。そんな俺の肩を、メビウスは黙って抱き寄せる。何も言わず、静かに背中をさすってくれた。
「なぁメビウス…俺…帰っても良いのかな? 取り返しのつかない事をしちまった俺を…親父は許してくれるかな…?」
力ない言葉で俺は尋ねる。メビウスは一瞬考え込むような仕草をして、静かに呟いた。
「…一つだけ確かなのは、『君次第』って事…だね。」
「俺…次第?」
メビウスは黙って頷き、俺の肩から手を離す。
「ある人が言った言葉を覚えておくと良い。『信じる力が勇気になる』って言葉なんだけどね…信じていれば、きっと思いは届くよってこと。君が、本気でセブン兄さんの家族になりたいって思えばね。」
信じる力が、勇気に…。心の中でその言葉を復唱してみる。何でかわかんねぇが、どことなく心が温まるような気がした。こうなったら、俺のする事は一つだけ…だな。
「…俺、セブンの所に帰ってみるよ。もう一度、ちゃんと話してみる。」
俺はそう言って立ち上がり、後ろを振り向いて走り始め…かけて、一瞬足を止めた。
「メビウス…。その…ありがとうな。」
小声で言ったその言葉に、メビウスは笑顔で返した。俺は恥ずかしさに顔を紅潮させ、その場から逃げ出すかのようにセブンの元へと走り去った。
ゼロはセブン兄さんの家へと走り去って行った。僕が果たしてどのくらい彼の力になれるか…正直わからない。
彼は素直じゃないところがある。意地っ張りなところもある。だけど本当は純粋で優しい一面があるのも知っている。先の戦いの時をはじめとしてそんな感じはしていたが、レオ兄さんからピグモンの話を聞いたときに確信した。
悔しいけど、これからこの先の未来…光の国の次世代のリーダーを務められる器としては彼の方が向いているのかもしれない。僕だって本当はタロウ教官のように多くの生徒に慕われて、若い世代のウルトラマン達と共に平和の為に戦いたい。でも、今の僕にそれができるだろうか…。ずっと兄さん達や地球の仲間達の助けがあってようやく戦えていた僕が。
そういう未来があったって良いかもしれない。でも僕がそれを成し得られた頃にはきっと、彼はより多くの仲間と絆を繋いでいるかもしれない。彼はああいう性格だ、色んな人とぶつかり合ったりする事も多いだろう。でももし今後、若い世代のウルトラマンを率いる者がいるとするならば…僕よりゼロの方が向いているかもしれない。弟として育った僕より、厳しさを知る彼の方が。
だからせめて、彼の手伝いをしたい。彼が翼を生やしてどこまでも飛んでいく鳥だとするなら、彼の『巣』であるココを守りたい。第一戦を行く矛が彼だとしたら、僕はみんなの家を守る盾になる。
そして、故郷の若い世代のウルトラ戦士に伝えよう。大切な人と得た大切なものを。かけがえのない場所で得た、かけがえのない思い出を。
大丈夫。僕はここにいるよ。
セブンの住む家に着いた。正直、入るのがめちゃくちゃ怖い。親父がどんな顔するか…想像もできねぇよ。でも…行こう。
ドアノブに手を掛け、思い切ってそれを捻る。鍵はかかっておらず、すんなりとドアは開いた。中の照明は付いていない。留守なのだろうか…と思ったが、にしては鍵をかけていないのは不用心すぎる。…もっともこの光の国でそんな心配をするのもおかしな話だが。
「…ゼロ。」
奥の部屋から聞こえた声。…いたのか。
「親父…俺…その…」
俺が言い終わる前に、親父は俺の方へと足早に駆け寄る。そして何も言わせないまま、俺を強く抱きしめた。
「…ずいぶん遅かったじゃないか。心配したぞ。」
「親父…その…」
温かい。体温以上の温もりを、親父の胸の奥から感じる。とても温かい。炎の谷よりも、プラズマスパークよりも…俺が知りうるどんな熱さよりも温かい。そして…とても安心する。俺が本当に欲しかったのは、プラズマスパークなんかじゃなくてこの温もりだったのかな…。
「親父…俺…謝りたくて…。今まで迷惑かけちまって…本当にごめんな…。」
「…それは俺のセリフだ。父親として、お前とどう向き合って良いかわからなかった…忙しさを理由にほったらかしにしてしまった事…そしてそのせいで、お前に罪を負わせてしまった事…。俺が父親として至らなかったせいだ。今まですまなかった…ゼロ。」
親父の口から零れたその言葉に、俺はまた熱いものが込み上げてくる。今まで抑えていたものが、親父の胸の中で全て溢れ出してくる。本当に長い間、溜め続けてきたものが…。
「それにな…ゼロ。前にも…そう、あの戦いのすぐ後だ。お前が俺を探してくれた時。あの時…お前は俺のことを父と呼んでくれたな。俺はそれが何よりも嬉しかった。あの一言に救われた。だからこそ、あれからお前が帰ってこないのが心配でな…だがその憂いも、今晴れた。」
親父…。親父の方はとっくに許してくれたってのかよ。こんなドラ息子の俺を…っ!
「俺…またいつ親父に迷惑かけるかわかんねぇぞ…それでも…俺を息子だと認めてくれるのかよ…?」
「当たり前だ。ゼロ…お前は、俺の大切な息子だ。宇宙でただ一人の、俺にとってかけがえのない宝だ。」
「親父…親父ッ!!」
俺は再び親父を抱きしめた。力いっぱい、強く強く…。まるで子供のように泣きじゃくった。ずっと意地を張ってたが、もう大人のふりをする必要も無くなったみてぇだ。ようやく俺たちは、『親子』になれたんだ。
ようやく、俺もあの言葉を言えそうだ。心の底から、ウルトラセブンの家族として…親父の息子として。
「ただいま。親父。」
「よく帰ってきたな。息子よ。」
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