メロンパンとたい焼き

 緑色のクリスタルの輝きを放つ光の国の一角。ここは宇宙警備隊員、及びその訓練生が組み手に使用する練習場・ウルトラコロセウム。

「フッ! ハァッ!」

「腰が引けてる! 相手を恐れずかかってくるんだ!」

 コロセウムに響く二人の声。片方は少女のように甲高い必死な声、もう片方は息の整った優しい声。ウルトラウーマングリージョは、今や宇宙警備隊の中堅を担うウルトラマンメビウスの元で鍛錬に励んでいた。

 グリージョはガムシャラにメビウスに攻撃を繰り出すが、メビウスはその軌道を見極め、確実に捌き受け流す。まだ型もなく必死な攻撃スタイルのグリージョに対し、相手の攻撃に落ち着いて確実な対処をするメビウス。だがそのメビウスの動きの端々にも、ルーキー時代のガムシャラさの面影を感じるバタつきのようなものがあった。そんな何処か似た二人の違いがあるとするならば、それは過ごした時間と経験の差だろう。

「まだ…こんなんじゃお兄ちゃん達やゼロさんみたいに強くなれない…。 私、もっと強くなりたいのに…!」

「焦る気持ちはよくわかる。でも、焦燥感に駆られては敵の思う壺だよ。心を平静に保つこと、それも大切な訓練の一つだ。さあ、もう一度!」

 グリージョは悔しさを噛み殺すように拳を握り直し、再びメビウスへと立ち向かっていった。


 数時間後。訓練に一段落がつき、グリージョは地球人の姿に戻り休息を取っていた。アブソリューティアンとの戦いに参加している為、しばらく地球に戻れない。その寂しさを埋める為に、アサヒはスマホの写真フォルダを見返しては家族や友人に思いを馳せていた。

「お疲れ様、グリージョ。…いや、今は湊アサヒちゃんって呼ぶべきかな」

 後ろから話しかけられ振り返ると、そこにいたのは見慣れない民族衣装のような服装の若い男性が立っている。

「あ…ごめん。君が地球人の姿だから、僕も同じように地球人として話すべきかと思って。僕はメビウス。地球での名前は、ヒビノミライだ」

 そう言いながらミライは右手を差し出す。

「あっ…改めて、湊アサヒです。よろしくです!」

 アサヒも差し出された右手に応じるように握手をする。

「…あの、それは?」

 ミライは不思議そうな目で、アサヒの手元を眺める。ミライの視界に映る光る板のようなそれは、類似した物はあれど全く同じ物は見たことはない。

「これですか? スマホです。遠くの人とお話しできたり、写真を撮れたり、他にも色んなことができて便利なんですよ!」

 アサヒの言葉にミライはさらにキョトンとする。

「…それって、僕がいた地球で言うところの携帯電話のことかな。僕の時だと二つ折りになってて、画面とボタンが分かれてたんだ」

「それってガラケーのことです? お父さんが昔使ってたのを見たことがあります。…本物の記憶じゃないけど」

「それかも。昔、かぁ…地球も僕が知らないうちに技術が進化してるんだね」

 ミライは好奇の目で新しいデバイスを眺める。そして密かに心配していた。『画面が汚れないのか』と。


 「…これは?」

 開かれた写真フォルダが目に入るミライ。アサヒのスマホの画面には、今は亡き親友と行った店のカラフルな和スイーツが映っている。

「これですか? 『たい焼き』です! 魚の鯛の形に焼いたお菓子で、中に入ってるあんこが甘くて美味しいんです!」

 ミライは一瞬よく似た形の別の鯛が頭をよぎる。だが流石にこの小さく可愛らしいスイーツにまでグロテスセルが入るわけはない。杞憂である。いやまだ実存しているなら入りかねないが、あの時丁重に処理したのでそれはない。

「そういえば昔、仲間から話には聞いたっけ。鯛の名前が入っているのに食材に鯛が使われてる訳ではない、形を似せているだけだって。なんで『鯛焼き』って名前なのに焼いた鯛が使われてないんだろうって不思議だったんだ。鯛の焼き魚のことは鯛焼きって呼ばないのかな?」

 ミライは無邪気にアサヒに問いかける。笑顔で語る彼の姿はまるで少年のようで、アサヒは頬が緩む。

「…ミライさんって、なんだか面白い人ですね」

「え、そうかな? アサヒちゃんは不思議じゃないのかい?」

 ミライのキョトンとした顔に、アサヒは思わず吹き出してしまう。地球での常識…というか、気にも留めた事のなかったことに対して疑問を持つ。正体が宇宙人だとわかっているから地球に疎いということは納得できるものの、アサヒはミライのエキセントリックな着眼点が可笑しくもあった。同時にその独特の柔らかさに次第に惹かれていた。


「いつか君のいた地球に行ってみたいな。あっ、お兄さんにも挨拶しなきゃ。僕たちがこうなった以上、お兄さん達にお許しを頂かないと…」

「挨拶…ですか?」

 アサヒはハッと察してミライの方を見る。『家族への挨拶』『お許し』『僕たちがこうなった』という言い回し…ただの挨拶ではない事は、まだ女子高生であるアサヒにも察せられた。だが、だとすれば余りにも展開が早すぎるし急すぎる。

 ミライは椅子に座り、ガラス張りの壁を透してコロセウムを眺める。コロセウムでは多くの若き戦士候補生が訓練に励んでいた。

「うん。…好きだから」

「好き…ですか?」

 アサヒはミライの隣に座る。

 確かにメビウスさんはいい人です。ゼロさんみたいに頼もしいし、リクくんみたいに優しい。訓練は少しだけ厳しいけど、本気で私と向き合ってくれています。でも、そういうのは違うんです…

「大好きなんだ。好きでたまらなくて…忘れられなくて…ずっと考えちゃうんだ。自分ではもうどうしようもないくらい、大好きなんだ」

 ミライはアサヒの手を取り、ギュッと握り締める。真っ直ぐアサヒを見つめられるアサヒは、その突然のその出来事に頬を赤らめる。

「ちょ…ちょっと待ってください、そういうのは…まだ早いです…」

「大好きなんだ!…地球が!」

「…え?」

 拍子抜けするアサヒ。まん丸な目で呆然とミライを見つめる。

「地球って本当に素晴らしい場所だよ…僕が宇宙警備隊のルーキーだった時に最初に行ってから随分と久しいけど、ずっと思い出に残っている。辛い経験も多かったけど、周りの人たちには温かく受け入れてもらえたし、いろんな不思議なもので満ち溢れてた。初めて目にする何もかもが輝いていて、今でも大好きなんだ!」

 嬉々として語るミライに、顔を赤くするアサヒ。ミライの熱烈な好意を、てっきり自分に向けられていたものだと一瞬でも勘違いしてしまったアサヒは、恥ずかしさのあまり顔を手で覆ってしまう。まさか地球という惑星そのものを指しているとは思わなかった。

「もう! 紛らわしい言い方しないでくださいよ! ミライさんの意地悪!」

「え? 僕なにか変なこと言っちゃった…?」

 キョトンとするミライ。まさか自分の言葉でアサヒがあらぬ勘違いを起こしていたとは露とも知らないでいた。

「じゃ、じゃあお兄ちゃんたちへの挨拶って…?」

「だって、君に着きっきりで訓練するとなると、君を預かる責任が生まれる。家族の方にちゃんとご挨拶して、お許しをいただいておかないと失礼だもの。家庭訪問っていうのかな、こういうの」

「…あぁ〜〜……そういうことですか…」

 アサヒは納得はしたものの、まだ少し腑には落ちない様子を見せる。薄々勘づいているが、恐らくお父さんやお兄ちゃんたちにそれを言うとかえって厄介なことになりかねないです。

 ミライはあくまで誠実な関係だと伝え許可をもらおうとしているだけなのだが、あの3人に真正面から話し合って無事で済むのだろうか…という危惧は抜けない。だってあの3人だもの。ファルコン1案件である。


「…それにね、ただ単純にまた地球に行ってみたいっていうのもあるんだ。僕が守れなかった、別次元の地球に」

 ミライは物憂げな顔で告げる。

「守れなかった…って、どういうことです? ゼロさんから聞きました、ミライさんは、前に地球でとっても強い敵を倒した凄い人だって」

「うん、その言葉には嘘はないんだ。でもね…今や地球の数はひとつじゃない。僕がいた地球と君がいた地球だって、別の地球だしね」

 ギャラクシークライシスが引き起こされて長い時間が経った。今やマルチバース、多次元宇宙の存在は当たり前のものになっている。宇宙が広がり数が増えるたび、地球の数もまた増える。多くの地球が存在し、それに続くようにウルトラマンもまた新たに生まれてきた。

「僕は以前、目の前で地球が滅ぶのを目の当たりにした。自分が守った地球とは別かもしれないけど、それでも大切な第二の故郷に変わりはない。僕は守れなかった。目の前で消えゆく命を…僕に出会わなかった世界線の、もう一人の仲間たちが死んでいくのを……ただ指を咥えて見ていることしかできなかった」

 アサヒは息を呑む。

 サイドスペースと呼ばれる別の宇宙。ウルトラマンジードが守った地球は、リクが生まれる以前に大きな戦いがあった。悪のウルトラマン・ベリアルが引き起こした大戦、オメガ・アーマゲドン…その最中に起きた超時空破壊爆弾の大爆発、クライシス・インパクトの影響で宇宙が滅びかけた。あのゼロでさえも、生まれ変わった悪魔の力には敵わなかった…。

 メビウスもまた、その場にいたのだ。宇宙警備隊を総動員してもなお止められなかった宇宙の崩壊、そこにメビウスもまた赴いていた。

 どんなに辛かったんだろう。大切な場所、大好きだった人々、それが目の前で壊れていくのをただ見ているだけ。絶対に敵わないと思わされる脅威を目の前にして、どれだけ怖かっただろう。どれだけ悔しかっただろう。それは想像を絶するほどの深い絶望だったんだろうか。

 二度と消えない悲しみも抱えただろう。乾かない程に涙も流しただろう。だが…どうだ? 目の前の青年は、それを表には出さない。アサヒは不思議だった。そんなにツラかったのに、なぜ前を向ける?

「結局、その宇宙はウルトラマンキングの力で再生された。そしてベリアルから生まれた息子がウルトラマンに…みんなを守るヒーローになって、ベリアルとの因縁を自分の手で断ち切った。本当に凄いよね」

 ミライは笑顔でアサヒに問いかける。爽やかな微笑みに、アサヒは驚き頷く。言葉を発することができず、ただ頷くのが精一杯だった。彼の屈託のない笑顔が、今では直視できない。

「僕は…嬉しいんだ。君に会えて。ずっと守れなかったと思ってた別の地球が無事で、そのまた別の地球で暮らしてた君が、何事もなく平和に暮らしていて、今こうして目の前にいる。そんな地球人の君がウルトラの光を手にして、僕の教え子になってくれて。本当に嬉しいんだ、またこうやって地球の人と話せるのが」

 笑顔でそう話すミライに、アサヒもまた微笑み返す。そうだ、ただ辛いだけじゃないんだ。この人はツライ事を、ツライ事として片付けるような人ではないんだ。それを乗り越える強さを持っているんだ。

 どこかで聞いた話にあった。『本当に強い人は、ちょっと微笑んでいるものだ』と。

「…でも私、元は地球人じゃないんです。本当はクリスタルで…」

「そうかな? 僕には、君がれっきとした地球人にしか見えないよ。宇宙人の僕にはね」

 確かにアサヒは元々はマコトクリスタルの化身として生まれた偽りの存在だった。塗り重ねられた偽りの記憶、噛み合わない記録。それでも…

「それでも、君は家族になれたんじゃないのかい? 僕と一緒だ」

「…ミライさんと?」

 ミライだってそうだ。地球人のふりをして、ウルトラマンである事を隠してGUYSにいた。そのせいで辛い言葉を直接聞いた事だって何度もあったし、疎外感もあった。それでも…

「僕も、彼らと本当の友人になれた。正体なんて関係ない、生まれた場所も、何に生まれたのかも。…なんて、今更君に偉そうに諭すのも違うっけ。君は、もう居場所を見つけてるものね」

 アサヒは笑って頷く。

「はい! 今では本物の家族です!」

 それを見てミライもまた頷く。

「大切は人は、大切にできる時に目一杯、大切にしてほしい。君はきっとするだろうけどね。それでも、僕の気持ちとしても伝えておくよ」

 ミライの目の奥が一瞬陰る。アサヒはそれには気付く事はなかった。気付いたとしても、果たして共有していいものか。彼女の幸せに釘を刺してしまいそうで。


 たい焼きは鯛ではない。鯛を模したお菓子だ。決して鯛にはなれない。だが、鯛はたい焼きのように甘くはないし、高級なので手が届かない。鯛にはできない、たい焼きだからこその良さがある。鯛ではできない良さがある。偽物かもしれないけど、ちゃんと認められるんだ。

 僕の知る限り、メロンパンもそうだ。最初はてっきりパンの中にメロンが入っているものだと思っていたが、そうではなかった。外側の焼き目の形を似せていたり、味わいがメロンの風味だからだ。

 たい焼きは形や模様が魚によく似ているから分かりやすい。だがメロンパンは、あの模様だけではメロンがモチーフだとは気づきにくい。…かもしれない。人にはよるが。とにかく、メロンパンはメロンと名乗っているがメロンとは程遠い。近づこうにも、決してメロンにはなれない。

 僕の様に。

 だが、メロンパンだってたい焼きだって、それにしかない良さが認められている。メロンパンのほのかな甘みも、外のパリパリ食感も内側のふわふわ食感も、本物のメロンにはない魅力だ。メロンパンがパンだから。偽物だからこその良さなんだ。

 僕たち擬態型のウルトラマンもそうであったと信じたい。僕だってそうだ。僕が『ヒビノミライ』でいられたのも。そしてグリージョが、マコトクリスタルではなく『湊アサヒ』でいられたのも。きっと同じことだ。僕はそう信じている。


「…さて、そろそろ訓練に戻ろうか!」

「はい! 私もお兄ちゃん達に負けない様に、もっと強くなります!」 

「君のそういうひたむきな所、昔の僕みたいで好きだよ。今もそうではあるんだけど、僕も兄さんたち…ウルトラ兄弟の先輩達に憧れてたから。似てるね、僕達」

「えっ…似てますか?」

「うん。僕が勝手に思ってるだけだけどね」

「そっか…嬉しいです!」

 アサヒは目をキラキラさせて喜んでいる。性別も、地球にいた年代も違うけど。でも、この目はやっぱり何処か似ている気がする。

「さ、行こうか!」

 ミライはアサヒの手を差し伸べ、コロセウムへと戻っていく。走り出すアサヒ。ミライを追い越し、真っ直ぐコロセウムの方へと走っていった。ミライはその背中を見て、小さく呟いた。


「…やっぱり、妹って良いね。…カコちゃん」

 ありがとう。僕を兄にしてくれて。素晴らしき妹の背中に思いを馳せた。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?