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新専門医制度が「国民への分かりやすさ」を謳ってる意味が専門医なのによく分からない

日本専門医機構が、国民に「新専門医制度は何か」を理解してもらえるよう、改めて情報提供に力を入れるそうです。


もともと新専門医制度は「国民に分かりやすい専門医制度にする」を大義名分として整備が始まった経緯がありますので、そういう意味では自然な活動ではありましょう。

ただ、新専門医制度が「国民への分かりやすさ」を謳ってる意味がいまだに江草にはよく分からないのです。しかも「最重要」とまで強調されてます。
なのに、一般国民どころかすでに専門医にもかかわらず――大変恥ずべきことに――江草は専門医機構のおっしゃってる意味が全く理解納得できていないのです。

というわけで、今日はどういうところが腑に落ちてないのか書いてみます。

そうすればもしかすると親切な方が分かりやすく説明してくれるかもしれないですし。

そもそも国民は専門医制度の分かりやすさをそんなに求めてるのか

まず、このあらきん先生の疑問が象徴的なのですが、そもそも国民にとって「専門医制度の分かりやすさ」はそんなに重要な関心事なのでしょうか。

新専門医制度を整備する理由として「専門医制度が分かりにくいという批判の声に応えるため」というのは毎度定番で挙げられます。
ただ、その根拠となるデータやら具体的な批判の例などを見たことがないんですよね。

医療に対する要望として、増え続ける健康保険料負担の軽減や、医療機関での待ち時間の長さの改善、医療事故の防止などはよく耳にしますけれど、専門医制度の分かりにくさってそんなに槍玉に上がってる気がしません。

もちろん、寡聞にすぎる江草がちゃんと調べられてないだけであるところにはあるのでしょう。(なお、試しに「専門医制度 分かりにくい」でググったら「新専門医制度が分かりにくい」的な検索結果ばかり目立ちました)

「専門医制度が分かりにくいからなんとかしてくれ」という意見が全く無いはずだとは言いません。
ただ、ここまで大山鳴動して専門医制度を改築する必要があるほどの強い国民的要望があった実感がどうにも薄いのです。

確かに旧専門医制度に問題がなかったとは思いませんが、専門医制度を分かりやすくしたいだけであれば、別にひとまず旧専門医制度のまま国民へ「専門医制度とは何か」の情報提供をがんばる形でもよかったのではないでしょうか。

肝心の「国民からのニーズ」の存在感の弱々しさに比較して、専門医制度の大改築に伴って生じている混乱や、学会および医師たちの負担が大きすぎる気がしています。

そもそも専門医にさえ新専門医制度は分かりにくい

とはいえ、確かに可能であれば「専門医制度が分かりやすいこと」にこしたことはありませんから、ひとまず先の疑問は一度不問にして、専門医制度を分かりやすくするために専門医制度を改築すること自体はよいとしましょう。

しかし、それでも疑問が湧くのです。

なぜなら、今現実に動いている新専門医制度は国民どころか、現役の専門医、指導医たちにさえ容易に意図が理解できない不可思議な制度と化しているからです。

新専門医制度の不可思議さの最たる例が、機構認定アレルギー専門医周辺の混乱でしょう。

日本アレルギー学会では、新専門医制度対策特別委員会を中心に日本専門医機構の指導の下、内科・小児科・皮膚科・耳鼻咽喉科・眼科を基本領域とした“機構認定アレルギー専門医制度(暫定)”を2022年4月に開始し、2023年には正式な“機構認定アレルギー専門医制度”への移行を目指して準備を進めて参りました。そして、2021年秋の時点では、同機構が機構認定アレルギー専門医制度(暫定)の2022年4月開始を容認していましたので、2022年1月から新制度に基づく施設群(プログラム)申請の受付を開始しました。

しかし、2月末に届いた機構の整備基準審査結果は、「機構認定アレルギー専門医の整備基準の審査を“保留”する」というものでした。そして、その内容は“2023年4月の開始を目指して基本領域の見直し(内科のみにすべき)”、あるいは“機構承認・学会認定専門医を目指すべき”など、整備基準を根底から再度見直さなければいけないものでした。

 機構からの天地をひっくり返す予想もしなかった回答から、2023年4月に5科を基本領域とした機構認定アレルギー専門医制度が承認される保証がなくなったため、この4月から機構認定アレルギー専門医制度(暫定)を開始することができなくなりました。

機構認定アレルギー専門医(暫定)を目指そうと思っていた先生方へのお詫び
https://www.jsaweb.jp/modules/specialist/index.php?content_id=46
日本アレルギー学会公式サイト(2022年5月27日訪問)
太字は引用者)

ことの発端は「アレルギー専門医は内科に限る」とする専門医機構の方針を伝えるこの日本アレルギー学会のお知らせです。
日本アレルギー学会は由緒正しい医療学術団体ですが、そんな学会でさえも専門医機構の方針に戸惑いの表情が色濃く出ています。

学会だけでなく、これを知った並み居る医クラの面々にも激震が走りました。
たとえば、普段温和で丁寧な発信をされてるほむほむ先生でさえ、怒りの気持ちを隠しきれていません。

それもそのはずで、アレルギー疾患は内科に限らず多様な科にまたがって対応が必要な疾患であるというのが医師たちの共通認識であったからです。いわば「常識」です。

だからこそ、日本アレルギー学会もわざわざ5科の基本領域を前提とした申請を行っていたわけで、「アレルギー専門医は内科に限る」とする専門医機構の方針は多くの医師にとって寝耳に水で理解困難な代物だったと言えます。
困惑と混乱が広がるのも当然です。


アレルギー専門医の設計がどうあるべきかの議論はさておき、少なくとも、このように医師たちにさえ理解に苦しむような方針を打ち立てる新専門医制度が果たして「国民に分かりやすい制度」たりえるかは相当に疑問を感じます。


さらに言えば、アレルギー専門医のようなサブスペシャルティ分野の設計だけでなく、専攻医の研修システムや専門医の更新システムも非常に複雑です。

専門医制度複雑すぎて更新に何が要るのか分からない、どうしてこんな仕組みなのかわけがわからない、今後いったいどうなってしまうのか嫌な予感しかない――そんな困惑や怨嗟の思いが混じり合った嘆きの声は医師たちの間でも日常的に聞かれます。

当の医師たちにさえ理解が難しい制度で、「国民に分かりやすく」なんて可能なものなのでしょうか。


そもそもかかりつけ医を持ってもらうはずだったのでは

とはいえ、制度の仕組みがどうこうというのはどうしても抽象的な議論ではあります。

理屈がどうあれ、現実に新専門医制度が患者さんの受診行動の役に立てば何でもいいじゃないかと、そういう意見もありそうです。

しかし、そういう現実の実践的な観点からも疑問があります。


「専門医資格の有無を参考に患者さんはどこに受診するかを決めるから、専門医資格の標準化と専門医制度のわかりやすさが重要になる」

新専門医制度の実践的意義の言い分はこんなところでしょうか。
なるほど、これだけ聞くとそれはそうかもしれません。

でも、そもそも患者さんがどこを受診するかをいちいち選ぶのではなく、みんなかかりつけ医を持ってもらった上で、困った時はまずはかかりつけ医に相談してもらうことを国も推進していたのではなかったでしょうか。

定義「かかりつけ医」とは

健康に関することをなんでも相談できる上、最新の医療情報を熟知して、必要な時には専門医、専門医療機関を紹介してくれる、身近で頼りになる地域医療、保健、福祉を担う総合的な能力を有する医師。

厚生労働省――上手な医療のかかり方.jp
https://kakarikata.mhlw.go.jp/kakaritsuke/motou.html
(2022年5月27日訪問)
(太字は引用者)

このように、慣れ親しんだかかりつけ医を通して適宜適切な専門医に紹介してもらう――それがかかりつけ医推進が期待する基本的な受診行動モデルのはずです。

このかかりつけ医モデルに基づけば、患者さんが専門医資格を見比べて受診先を選ぶというよりは、むしろかかりつけ医の先生が適切な専門医を選ぶというのがふさわしく、あまり「国民にとっての専門医制度の分かりやすさ」は最重要とまでは言えない印象を受けます。(かかりつけ医にとっての専門医制度の分かりやすさは大事かもしれませんけれど)

もともと、専門分化して様々な分野が並び立つイメージの「専門医制度」と、患者さんを全人的に診て医療の窓口をまとめ上げるイメージの「かかりつけ医」は性質上コンセプトが相反するところがあり、「かかりつけ医を経て専門医にアクセスする」と「自身で専門医を選んでアクセスする」は両立しがたいのです。

もっとも、専門医の中には総合診療専門医もあり、専門分化の枠組みにとらわれない総合的なコンセプトの診療も専門医制度の一部に含めてはいます。
でも、それならそれで、あくまでかかりつけ医を持つことを推進するのであれば、コンセプトからして総合診療専門医をかかりつけ医にするのが妥当であり、国民が自身で専門医を選べるようにと専門医制度が分かりやすくある必要性が薄れてしまいます。


もちろん、かかりつけ医が1人の医師である必要はなく、特に持病がある方は何人かのかかりつけ医を持っているのはおかしくないでしょう。自然と別の専門医資格を持つ複数のかかりつけ医が居るというのはありえます。

しかし、そうだとしてもそんなに多数のかかりつけ医を持つ想定ではないでしょう(たとえば各科それぞれの専門医をかかりつけ医に持つなどは無茶でしょう)。
また、一度かかりつけ医が定まったならば長年お世話になるからこそ、かかりつけ医のはずです。受診のたびに医師を選択することを抑えるからこそかかりつけ医でしょう。

かかりつけ医モデルに基づくのであれば、量的にも頻度的にも専門医を患者自身で選ぶ機会は意外と少ないはずなのです。

それに、持病がある方が複数の専門のかかりつけ医を持ってるとしても、最初に総合診療的なかかりつけ医から紹介された専門医がそのまま「専門的なかかりつけ医」になるというのが、かかりつけ医モデル上はありそうな経緯であって、別に自分で専門医を選んで探すわけではない可能性も高いのではないでしょうか。

つまるところ、かかりつけ医を推進するなら、患者さんが専門医資格を吟味して自身で選ぶという機会はそもそも減るはずなのです。

それとも、新専門医制度の確立と並行して、かかりつけ医の推進は止めていくというつもりなのでしょうか。

もっとも、別にかかりつけ医と専門医制度の両方を同時に推進してはいけないわけではありません。
ただ、「新専門医制度のおかげで患者もどこを受診すべきかが分かりやすくなる」などと受診選好の話をメリットとして持ち出してしまうと、両者のモデルが噛み合わなくなるように思うのです。

これでは結局国がどのように医療機関を受診してほしいと考えてるのかがいまいち定まらず中途半端な状態に見えてしまいます。

こんなどっちつかずな状態では新専門医制度の実践的な意義も、正直「国民に分かりにくい」のではないでしょうか。

書いててますますよくわからなくなってきた

以上、新専門医制度が「国民への分かりやすさ」を謳ってることに対する個人的な疑問点を挙げてみました。

まとめると、大きくは

  • そもそも国民は「専門医制度の分かりやすさ」にそんなに関心を持ってるのか(ここまで専門医制度大改築を要するほど)

  • そもそも国民どころか当の専門医たちや学会ですら新専門医制度の不可思議さ、複雑さに戸惑ってるのに「国民に分かりやすく」なりえるのか

  • そもそも「かかりつけ医を推進してること」と「専門医資格による選好を勧めること」は患者に期待する受診行動モデルとして噛み合ってないのでは

の3点となります。

正直、江草自身これを書きながら、上のもの以外にも細かな疑問がふつふつと湧いてきて(さらに長くなるのでここでは書きませんが)、新専門医制度のビジョンがますますよくわからなくなってきました。

江草が不勉強かつ頭が悪いだけかもしれませんが、ここまで疑問ばかりだと到底国民に分かりやすくなるとは思えないところがあります。

誰か分かりやすく解説してほしいです。


……あ、でもそういえば専門医機構ご自身が「専門医制度とは何か」を分かりやすく説明してくれるんでした。
そもそもこの記事もそういう話から始まったのでした。


本家本元が本当に分かりやすく解説してくれるのであれば、まことにありがたいですね。

江草の発信を応援してくださる方、よろしければサポートをお願いします。なんなら江草以外の人に対してでもいいです。今後の社会は直接的な見返り抜きに個々の活動を支援するパトロン型投資が重要になる時代になると思っています。皆で活動をサポートし合う文化を築いていきましょう。