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スティーブン・ピンカーの『21世紀の啓蒙』読んだよ

スティーブン・ピンカーの『21世紀の啓蒙』読みました。

上下巻合わせて約900ページという大著。江草はKindleで読んだのでその厚みと重みは体感してないですが、たしかにボリュームたっぷりでした。
育児の合間に少しずつ読み進めてましたが、さすがに読破に時間がかかりました。

結論から言えば、大著なのに全然飽きさせないほど面白く、重要な知見にあふれていて広く読まれるべき本だなと思いました。

どういう本か

ざっくり言うと豪華版『FACTFULNESS』ですね。

科学のせいで世界が滅びるだとか、世界は衰退に向かってるとか、理性ばかりでは冷酷な社会になるだとか、そういったよくある悲観的な世界観にとことん反証していく内容です。
たとえばトランプに代表される反知性主義ポピュリストがピンカーの仮想敵と言えます。

世界は着実に進歩してきているし、これからも進歩が続くと十分期待できる。そしてこれからも進歩を続けるためにこそ、理性、科学、ヒューマニズムが不可欠であると啓蒙主義を改めて掲げるのがピンカーの主張です。

大著だけあって、「核兵器からゆりかごまで」ととにかく話題のカバー範囲が広く、世界の進歩に対する悲観的な意見をこれでもかこれでもかと徹底的に否定していきます。

根拠となる豊富なデータの提示もさることながら、理性を重んじてるだけあって丁寧な論証による説得力があります。

読んだ感想

ところどころ疑問点はあったものの、全体的な主張は基本的に賛同できるものでした。

世界にまだまだ問題は残っているけれど、世の中は確かに良くなってきてるのだと思います。そして、残っている問題をさらに改善するために、引き続き科学やヒューマニズムの歩みを維持しないといけない。
その通りだと思います。

そういう意味で改めて啓蒙主義を考えることは大事なのでしょう。

……ただ、ちょっとだけ気になるのはほんとうに世の中で啓蒙主義が大事じゃないと思われてるから、あるいは啓蒙主義が忘れ去られているから、という理由で啓蒙主義がピンチなのかという点です。

実際はむしろ逆で啓蒙主義が重要であることは十分に周知されていて、その上で乗っ取られようとしてるんじゃないかと思うんですよね。

たとえば、ほんとは全然科学的ではない怪しい健康商売みたいな人たちも真っ向から科学に反抗するのではなくむしろ「科学的」っぽさを演じることで影響力を高めようとしてます。

反知性主義ポピュリストだって、知的エリートの傲慢さや冷酷さを指摘し「ヒューマニズムにもとる奴らだ」として敵愾心を煽ってます。

はたから見るとどちらも感情的にしか見えないネット上の口論だって、双方ともに「相手の方こそ感情的で自分は理性的である」として譲りません。

流行りの脱成長論だって、経済成長の呪縛から抜け出すことが新たな人類の進歩だという主張なわけで。

つまり、実のとこ誰もが「科学」「ヒューマニズム」「理性」「進歩」は重要であるという前提は共有してるけれど、その上で「誰がその担い手としてふさわしいか」という正統性争いをしてるように見えるのですよね。
「自身こそが正統な啓蒙者である」と「真の啓蒙主義者」でないのに主張してる者をどうするのかこそが難題なのではないかと。

いわば、天皇が複数立ってお互いに自分の方に本物の三種の神器があるのだと主張してる南北朝の争いみたいなイメージです。
「どちらが正統な天皇か」を争ってはいるけれど、「天皇が大事かどうか」は争ってないみたいな。

なのにここで今さら「天皇が大事だ」とか「啓蒙が大事だ」と言っても効果がなさそうに感じるんですよね。
そもそもそこが争点ではない上に、その正統性を乗っ取り合う権力争いなので。
つまり、事実上すでに啓蒙主義さえもがピンカー自身が不合理性の源として指摘している「政治問題」化しきってしまってるのではと。

もちろん、これだけ丁寧な論を尽くして大著を仕上げてくださったピンカーは確かに「真の啓蒙主義」の担い手として十分な正統性があると読者の一人として江草も思っています。

ただ、たとえ正統だったとしてもピンカーが提示してる徹底した合理主義が広く周知され受け入れられるかと言えばかなり難しいのではないかと。

「真の啓蒙主義」を広めるためにこの本があるとして。
合理的であろうとして長く理屈っぽい文章が続く、まさしく「真の啓蒙主義」を体現してる本書は、どうしてもある程度「真の啓蒙主義」の素養がないと読み込めないと思われます。
すると結局「真の啓蒙主義」を広めたい層にアプローチできない可能性が高いのではないでしょうか。

つまり、ほんとうに広めたい層にアプローチするには時に理性ではなく感情に訴えるアプローチも必要になってしまうかもしれないというジレンマを感じるのですよね。
「非啓蒙主義者」に啓蒙主義を伝えるためには、一度啓蒙主義の枠外に出ないといけないという。

もっとも、この辺はまだまだ合理的に徹することができてない江草の考えが浅いだけかもしれません。


……と、勝手に色々と悲観的なことを言ってしまいましたが、本として面白く重要な主張を提示されてることは間違いありません。
大著であり読み切るのは大変ですが、みなで世界の将来を考えるためにもぜひ読んでみて下さい。

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