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『心はどこへ消えた?』読んだよ

読書の秋だからまだまだドシドシ読書感想文。

少し前に読み終わってたやつなのですが今日は『心はどこへ消えた?』を。

ネット上でどなたかが紹介されていたのを見て面白そうだなと思って買っておいたものです。


著者は臨床心理士の東畑開人氏。
本書は2020年5月から2021年4月にかけて著者が週刊文春で一年間連載されていた「心はつらいよ」というエッセイをまとめたもの。
連載とはいえ基本的に一話完結系なので毎回違った多種多様なトピックや場面が描かれています。ただ、著者にもタイトルにも表れている通り、全体を通底するテーマはざっくり言うとやはり「心」ということになります。

結論から言えば、非常に面白かったです。文章がほんと上手くて読ませます。


連載時期を見てお察しの通り、まさに時はコロナ禍初期。
別にコロナがテーマのエッセイ集ではないものの、著者の連載当初のもくろみや予定がコロナ禍という前代未聞の世界的災害を前に崩壊し、連載も著者の生活も右往左往することになります。
著者を含め誰もがコロナ禍の心理的影響を避けられない社会的危機の中で、それでもしっかりと人々の「心」を見つめ続ける著者の観察眼がとにかく素晴らしかったです。


文章のタッチは基本的にとてもコミカル。日常や思い出のエピソードをとてもおかしく描写するので、つい笑ってしまいます。
過去に仮病をよく使っていた時の話とか、締切恐怖症だとか、「ウヒウヒグマのズババババー」だとか、クスッとさせるのがほんとうに上手いのです。

しかし、それでいながらシリアスな視点もちゃんと持ち続けて、毎度のエッセイで「心」に関する鋭い洞察を必ず含めてくる著者の腕前にはうならされました。

たとえば、コロナ禍で大学入学以来ずっと会うことができてなかった新入生たちが、後期になって初めて感染対策の厳戒態勢の中で開催された「入学を祝う会」で集った時に起きたことを描いたエピソードには目頭が熱くなりました。人はそりゃロボットじゃないものねと痛感させられます。

あと、思い出話のエピソードの中で著者の先輩が放った「金で済むことは、楽やなぁ」というセリフもその心情的背景も知ってしまうと、まさしく屈指の名言でグッと来ました。

そうしたシリアスパートの考察や提言も全体に謙虚な姿勢であり、上から目線で押し付けがましい感じもないという絶妙のバランスです。
ほんとうに上手い。

そうですね、例えるなら、手塚治虫の漫画のようなスタイルの文章です。
ちょくちょく笑わせるおふざけシーンがまぶされながらも、その背景には真剣に考察されているしっかりした芯があるようなそんな感じです。
エンタメでありつつも芯がある。だからこそ胸を打つエッセイになるのでしょう。


豊かになったはずの社会でどうして私たちはこう心を失ってしまうのか。コロナ禍で人々の心はどう揺れ動いているのか。
コロナやら経済やら統計やらの《大きすぎる物語》の中でかすんでしまう私たちの「心」という《小さな物語》の数々。
心理士としての著者の実体験から来る珠玉のエッセイの数々は本当に笑わされ泣かされ考えさせられました。おかげさまで、あまりに面白くて一気読みしてしまいました。

軽妙なエッセイ集なので読みやすいですし、私たちの「心」が行方不明になりがちな現代社会のあり方を再考させるオススメの一冊です。

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