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地域枠問題は「契約したのだから離脱は甘え」とかいうレベルの問題ではない

ABEMA TVで医学部地域枠問題を取りあげられていたそうで、ちょっと1.5倍速で視聴しました。(無料アーカイブのリンクを張っておきますが数日で見れなくなりそうです)

「地域枠」というものを初めて聞く視聴者もターゲットということで、だいたいは知ってた内容でしたが、地域枠問題の概要をうまくまとめてらっしゃってとても良かったです。

基本的に医師界隈でしか話題にならないトピックなだけに、非医療者の方々がどういう反応、意見をされるのかを見ることができた点は、非常に新鮮で面白かったです。

書籍『多様性の科学』でも同様の話がありましたけれど、他業界の類似事例(野球のフリーエージェントのたとえ)なんかは業界内部の人間にはついぞ思いつきもしなかったりもするので、多彩な業界の人たちが集って知恵を出し合うのは、閉塞状態の議論に新たな風を吹き込む良い刺激になると思います。


さて、地域枠問題では定番に見られる「契約したのだから離脱するのは甘えである」という批判も今回取りあげられていました。

この批判は妥当ではないと個人的には思っているのですが、今回の番組でもあまりこの批判そのものについて掘り下げられてはなかったので、江草が勝手に掘り下げてみたいと思います。



”地域枠で入学した時点で「この地域で9年間働く」ということに本人が同意したのだから、その契約を反故にして離脱するのは甘えである。”

一見すると、もっとものような意見です。
「約束は守りなさい」と学校の先生も教えてますしね。


ただ、じゃあ、どんな契約でも絶対に守らねばならないのかというと、案外そうでもないのですよね。

有名な例で言えば、クーリング・オフ制度や高利貸の禁止(過払い金返還)があります。
どちらもたとえ一度は約束したとしても、その契約時に不当な圧力があったおそれがあるとか、内容があまりに過酷であるとして、無効化(内容の緩和)ができることを認めているわけです。(詳しくは知らないですが、最近成立した「AV新法」も同様の「契約者保護」の仕組みと言えそうです)

そもそも、いかなる契約も法律(ましてや憲法)に触れていれば無効ですので、それだけでも「契約したから何でも有効」とならないのは明らかです。

つまり、その契約内容が「そもそも違法でないか」「一方があまりに過酷な内容でないか」は「その契約を守るべきと言えるか」を考える上で、重要な前提になります。

ですので、「本人が合意して契約したのだから離脱は甘え」と主張するならば、前提としてその契約内容が「違法ではない」かつ「過酷な内容ではない」ことを示してから、もしくは、それに十分な自明性がなくては主張の妥当性を欠きます。

しかしながら、この地域枠問題は「あまりに地域枠入学者に酷すぎる内容なのではないか」とか、ひいては「居住移転や職業選択の自由についての人権を侵害する憲法違反では」などと、まさにその前提部分が論点になってるわけです。

そして、今回の番組のコメンテーターの方々(利害関係者でない第三者の方々)の「ちょっとこれは酷では」的な反応を見ても分かるように、「過酷な内容でない」とするのに十分な自明性があるとも言えません。

したがって、そこに「本人が合意して契約したのだから離脱は甘え」だけ述べるというのは、一番の論点をすっ飛ばしている不十分な批判にしかなっていません。
「本人が合意したのだから」ではすまないレベルの問題だからこそ、これだけ議論になっていることをまずは押さえるべきでしょう。


もちろん、地域枠制度を擁護する側だけでなく、地域枠制度を批判する側にも「違法性(違憲)が疑われること」や「過酷な内容であること」の論拠の説明責任があります。
ただ、当然ながらそういう論拠はすでに世に提示されています。だからこそ議論になってるわけです。

地域枠制度を批判する側の意見として代表的と思われるのがこの日本労働弁護団による『医師の「地域枠」制度の改善を求める意見書』です。

ひとまずこれを読めば、地域枠制度がどうして批判されてるかの理解は深まるかと思います。


まだまだ地域枠問題については言いたいことはありますが、とりま、今日はこんなところで。

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