『映画を早送りで観る人たち』読んだよ
稲田豊史『映画を早送りで観る人たち』を読みました。
TL;DR
若者を中心に広がる倍速視聴文化の現状と背景を解説する新書
時間と金がなく失敗や批判が嫌いなため、効率よく話題として皆と協調できる旬のコンテンツを頭を使わず大量に消費しようとする現代人の姿が浮き彫りに
現代の世相を把握する上でオススメの一冊
本書を読んだ背景
映画やドラマやアニメなどの映像作品を倍速で視聴する文化が流行ってるという話はどこかで耳にしていた
江草も「倍速では作品の味わいがぶち壊しなんじゃないのー?」と思っていたのでその実態を把握できる本書は面白そうだった
本書の概要
著者はライターの稲田豊史
豊富なインタビュー調査をもとに倍速視聴文化の実態を紐解いている
著者も倍速視聴には懐疑的な価値観ではあるが、本書では努めて中立的に「なぜ人々は倍速視聴をするのか」を探ってらっしゃって誠実な態度と感じた
なんで人々は倍速視聴するの?
著者は倍速視聴文化の背景として下記のような現代社会の(とくに若者における)トレンドを挙げている
可処分時間が限られる中で膨大なコンテンツが供給されてる
お金がないので若者もバイトなどでの生活費工面に忙しい
SNSも含め膨大なコンテンツが供給される
サブスクの発展による一作品ごとの比重の低下
限られた時間で定額サービスの中で各作品の良いとこだけつまみ食いするスタイルが促された
コスパ、タイパ志向
シーンや話をスキップするのは普通
同調圧力、同調志向の高まり
SNS社会となりグループの旬の話題についていく同調圧力(志向)が強まった
旬の作品は最低限あらすじやオチなど一通り把握しておかないといけない
他人の「オススメ」に「自分も観た」「私も好き」と返さないといけない強迫観念
マニアックすぎる昔の作品を話題にだしてもみんな知らないので孤立しやすい
みんなと協調できる流行りの作品を重視する
それでもチェックすべき作品は次々に大量に出てくるので倍速視聴でチェックする
批判されたくない心理
多様性と個性の重視を叩き込まれた世代としては批判というのは失礼な行為
「ありのままの自分」が否定されたと感じる
好きなものを批判されるのも許せない
自分が否定されることへの脆さと怯え
嫌いなものを貶すのは野蛮なので好きなものだけを愛でる「推し」文化
「オタク」に憧れがあるが「オタク」を自称すると「詳しくないくせにオタクを名乗るな」と批判が来るのであえて「推し」
「好き」の気持ちだけ表明していれば当たり障りがない
誰もが絶賛している「間違いのない作品」を称賛すれば批判を受けにくく安心
失敗したくない心理
成功した同世代がSNSで可視化されるので回り道してる暇はないという焦燥感がある
「駄作に長時間費やしてしまった」という失敗をしないために先にオチや作品の概要、人々からの評価を把握してからじっくり観たい
だから先に倍速やスキップ視聴、レビューサイトで把握しておく
頭や感情を疲れさせたくない心理
「わかりやすい作品」が好まれるご時世
意味がわからなかったら自分が否定された気分になる
多忙で疲れているので頭を使いたくない
「正解」を知ってから観たい
疲れるので想定外の感情のジェットコースターも避けたい
泣ける作品と知った上で、誰が最後死ぬかを知った上で、観れば感情のショックが抑えられる
だから先に倍速やスキップ視聴、解説サイトで把握しておく
ニーズの高まりをうけた市場原理からわかりやすい説明口調の作品が増えたためかえって倍速視聴で事足りるようにもなった(会話シーン以外スキップ可能)
慣れ親しんだ好きな作品の好きなシーンだけリピート視聴する(知っているので疲れようがない安心)
江草の感想
たかが倍速視聴という行為にも根深い社会の構造的問題が隠されてるんだなあと面白かった
本書の解釈が別に絶対とは思わないけれど、今日の世相を知る上でオススメできる一冊
しかし、こりゃ若者だけの問題でなく、当然ながらこの文化を作り上げた大人たちも含んだ社会全体の問題よね
多様性、個性を尊重しようと社会的に言われながら、その実、どうやったら個性的になれるのかよくわからないせいで、安直な相互批判の忌避と協調の重視だけが残り、結果として「好き」を共有する強迫観念に支配された没個性化と画一化が進んでしまってる様が感じられて恐ろしかった
当初多様性や個性を育むとして期待されたネットやITの発展は、悲しいことに、その強力な結合力と求心力で世間を爆縮させ、世の中を1億人が住むムラ社会に変えてしまっただけなのかもしれない
これだけ人が頭を使わず批判的思考を避け、画一的に仲間と協調できる流行をつまみ食いする文化が広がってるとすれば、狂信的宗教や全体主義的イデオロギーにめっぽう弱い危うい状況にも思える
今のところ各自の好み(推し)の違いという点で島宇宙的にそれぞれの文化グループが隔離されて住み分けはされてるけど、すごい社会的カリスマが登場したら一気に人心が掌握される恐れもありそうな
ところで、本書によるとジェネラリスト的に教養をひけらかす評論文は偉そうで他人にケチをつけるような態度だから今や嫌われ者なんだそう
江草の普段のnoteの文章なんてまさにそれよね
長文だし、分かりにくいし、たいがい批判も含んでるし
しくしく
しくしく
あまりのショックで今回の読書感想文は箇条書きのファスト仕様にしちゃいました
みなさん、いつもより倍速で読めましたか?
江草の発信を応援してくださる方、よろしければサポートをお願いします。なんなら江草以外の人に対してでもいいです。今後の社会は直接的な見返り抜きに個々の活動を支援するパトロン型投資が重要になる時代になると思っています。皆で活動をサポートし合う文化を築いていきましょう。