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STROKE OF FATE #4【ニンジャ二次創作Web再録】

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「本気でキンゴ=サンの話に乗るのか」キンゴがソニックブームから失禁寸前まで怒鳴りつけられる声を聞きながら、シルバーカラスはチクゼンとショーギに興じていた。「ソニックブーム=サンにゃあ、悪いことしたと思っとりますけどね。キンゴがクランの事考えてンなら、次のオヤブンの器を計る良い機会ってもんで」

チクゼンは、キンゴにとっては父であり、またヤクザのセンセイでもある。シルバーカラスは、憧憬混じりの眼差しで彼らの関係を好もしく捉えていた。「言っちゃなんだが、キンゴ=サンにそこまでの器量はまだ早いんじゃ無いかね」やや心配げなシルバーカラスを盤上で追い詰めながら、チクゼンは口の端を吊り上げる。

「なに。ダメならその時は、ソニックブーム=サンが何とかしますよ。話はつけてある。私はケジメでもして、引退しまさァ」チクゼンは、指が三本の左手を振って見せた。「引退?」シルバーカラスは、あと数手で負けそうな盤面から顔を上げた。「そりゃあ、また……」

チクゼンは駒を手の中で転がしながら言う。「……疲れちまった、って言うのが、本音さなァ。クランの抗争も、昔ほどシンプルじゃなし。ニンジャなんて訳の分からん奴らも出て来て、跡目を育てるのも失敗した」チクゼンは苦いチャを啜る。

時流に残された男が、部外者にこそ言える弱音だったのかも知れぬ。「お前さんのワザマエもな、随分長いこと腐らせちまって、済まんかった」「頭上げてくれチクゼン=サン。あんたが謝ることじゃない」食客同然で雇われていることに甘えているのは、他ならぬ自分だ。

少し前の彼ならば、長らくオヤブンの茶飲み友達に甘んじるようなことはなかったろう。イアイドージョーを構えるカネの為、実入りの良い殺しのビズを精力的にこなしていたような男だ。それが、いざ目標額に到達し、己がドージョー主としてイアイを教える未来を想像した時、彼の中から突如として得体の知れぬ恐ろしさが沸き上がった。彼は逃げるようにカネを使い果たした。

それからは、眼前に口を開けた暗い穴を見ないように、落ちないようにその日のことだけ考えて生きている。そんな時引き受けたこの用心棒の仕事は、シルバーカラスにとって都合が良かった。「チクゼン=サンは、実際良いクライアントだよ」

「そうかい? まぁ、ノボリドラゴンとの話次第じゃ、ちゃんと用心棒の仕事して貰うからよ。よし、オーテ」「……マイッタ」何度かチクゼンと対局していたが、シルバーカラスは一度もショーギで勝てていない。「先の先を見なきゃいかんですよ、シルバーカラス=サン」「耳が痛いな」

そこに、ひとしきりストレス発散したソニックブームがやって来た。「時間だ」「左様で」紋付き袴姿のチクゼンは立ち上がり、シルバーカラスに向かって真剣な面差しで、頭を下げた。「シルバーカラス=サン。よろしく頼ンます」シルバーカラスは頷いた。

ノビドメシェード・ディストリクトの運河に浮かぶ屋形船が、歓談や商談や密談を乗せ、しめやかに夜を泳ぐ。波打つ水面は猥雑ネオン文字を美しい光のオブジェクトとしてぼかし、風流に照り返す。そんな川を往来する屋形船のなかに、ひときわ物々しい警備の船があった。

甲板や船縁で直立姿勢を取る、ヨロシサン製薬のクローンヤクザ。クランとしての経済力やパワーを誇示するアイテムとして、クローンヤクザはリアルヤクザの世界にも広がりつつある。この屋形船の客が、一般人でも遊興目的でも無いことは明らかだ。

屋形船は防音かつ防弾効果のあるフスマで二間に仕切られ、片側には生きたままサシミにされたタイと上等なサケを並べた宴席が設けられている。ここでは、間もなく一つのストリートを巡る二つのヤクザクランの手打ち交渉が行われる手はずとなっていた。

会談場所の船はアオショーグン・ヤクザクランで用意する。会談の席にニンジャを同席させぬという取り決めも交わされた。しかし、二重防音フスマで隔てられた隣の小さなタタミ部屋には、シルバーカラスとソニックブームが詰めている。

彼らは交渉が決裂した際、速やかにアオショーグン・ヤクザクラン側の安全を確保する手はずだ。キンゴを経由してここまでこの場を整えたのはソニックブームだった。それでも彼は甚だ不機嫌で、オーガニック大吟醸を水のように流し込んでは愚痴をこぼしている。「俺様が仕切るって言ってンのに、どいつもこいつも勝手すぎるンだよ」

「旦那、飲み過ぎだぞ」「うるせぇ。大体、約束の時間からだいぶ経ってるじゃねえか。ホントに来るんだろうなァ?」「まあまあ。丸くおさまりゃ旦那の手柄になるんだからさ」「言ってろツジギリ屋め」ソニックブームはトックリをシルバーカラスに向ける。オチョコでサケを受けながら、シルバーカラスは抗議じみて呟く。「ツジギリは、食い詰めちまってやむなく手を出しただけだ」

その反応に、ソニックブームは気を良くしたようだった。いい加減不機嫌な酔っ払いの相手も面倒なので、もう一つ持ち上げておこうかとシルバーカラスは続ける。「そうだ。旦那のカラテ、あれは一体何だ? えらい威力だったが」

ソニックブームは自慢げに鼻を鳴らす。「カラテ動作で衝撃波を起こす。ソニックカラテよ」シグナルロケットの煙幕を一瞬吹き飛ばしたのは、そういう理屈か。「そっちのカラテも、まあそこそこだぜ。イアイドーっつうのか?」「いや。俺のはもうイアイじゃない」シルバーカラスは自嘲した。

「ただ、カタナが他より得意ってだけだ」どうにも自分にとって渋い話になっている。ソニックブームが気づいていないのは、有り難いのかどうか。「それでも、実際ソウカイ・シンジケートでイイ線行けると思うぜ。この際ツジギリなんざ辞めちまえよ」「からかうなよ旦那」

ところが、ソニックブームはやや親身なアトモスフィアで続けた。「近いうち、この街は俺様達の天下だ。フリーで食ってくのは難しくなるぞ」シルバーカラスは苦笑いしながら手酌でサケをそそいだ。

どこへ行こうと変わらぬなら、組織の中にいるのも悪くないのかもしれない。口を開こうとした時、ニンジャ聴覚がフスマの向こうからキンゴの悲鳴を捉えた。異変に気づくとほぼ同時に盃を投げ捨て、防音フスマを開いた。

チャブの影にチクゼンが倒れ込み、タタミを赤黒い染みが汚している。デッキに繋がるフスマが開け放たれ、その傍らで、キンゴが青い顔をしていた。「ノボリドラゴンが……ニンジャ……」うわ言めいたキンゴの言葉に、シルバーカラスは己のウカツを呪った。

ソニックブームが無言でデッキへ飛び出し、屋形船の屋根に飛び乗る。逃げるとしたら泳ぐか、屋形船の屋根を飛び渡るより他にない。下手人を探しに行ったのだ。「チクゼン=サン!」シルバーカラスがチクゼンの傷口を改めると、背中から心臓めがけてドス・ダガーが刺さっていた。

このドス・ダガーは、オヤブン自身が護身として携行していたものだ。だとすれば、そこまで下手人に接近を許したことになる。隠密に長けたニンジャが潜入したのか――

シルバーカラスの思考は、オヤブンの首筋に手を当てた所で止まった。生きている。チクゼンには脈がある!「キンゴ=サン、羽織貸してくれ」

「エ……」「キンゴ=サン!」「アッ、アッハイ」キンゴは着ていた黒い羽織りをモタモタと脱ぎ、シルバーカラスに手渡す。

羽織りで傷の近くをきつく縛って、シルバーカラスは屋根のソニックブームに告げる。「旦那! チクゼン=サンはまだ息がある!」「よォし! 船頭、すぐ船を岸に着けろ! キンゴはクルマ回せ! 医者だ!」シルバーカラスはキンゴを見た。

「……親父……ナンデ……」キンゴは涙目で呟きながら、ソニックブームに言われるがまま、停泊所側で待機している組員に連絡を取った。その後呆けたように座り込んだキンゴに、シルバーカラスは深く頭を垂れた。「キンゴ=サン。すまない。あんたの親父さんは必ず助ける」それが、用心棒として雇われた彼に、今できる唯一のことだった。


ストローク・オブ・フェイト ♯4終わり ♯5に続く