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STROKE OF FATE #3【ニンジャ二次創作Web再録】

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ノボリドラゴン・ヤクザクランのシグナルロケットは、得物を前にほくそ笑んだ。彼の十八番は、煙を意のまま操るノロシ・ジツ。発煙クナイの煙幕を一定空間にとどめ、なす術ない相手をサーモゴーグル越しに仕留める。

アオショーグン・ヤクザクランの下部組織を潰して回ったのも、トロ粉末のバイヤーを突き止めようとした構成員を殺したのも、彼の功績だ。ニンジャが2人がかりだろうが、自分のジツがあれば無敵だ。シグナルロケットはクナイでシルバーカラスを牽制しつつ、ソニックブームに躍り掛かった。

「イヤーッ!」タタミ一枚先も見通せるかどうかの濃い煙が立ちこめる中、ソニックブームは風切り音をニンジャ聴覚で聞き取り、クナイを弾き返す。深刻な部分への攻撃は防げているが、既に数カ所浅く切りつけられている。カラテに重さのない、本来相手にならない筈のニンジャだが、誤算があった。

風通しが悪い袋小路とはいえ、屋外だというのに煙幕が晴れない。表通りへ逃げて煙を散らすことも考えたが、下手に動いて表通りのモータルどもを狙われるのは、後々クランにとって不利に働く。ここで確実に仕留め、相手クランの情報を引き出さねば。

シグナルロケットは、クナイ投擲と接近カラテを巧妙に組み合わせてくる。カラテシャウトと金属音がするため、シルバーカラスも交戦していることは分かる。戦況は不明だが、ここで死ぬことは無いだろう。

あの男のワザマエは、ソウカイ・ネットで調べた情報と自分が確かめた姿で、おおむね信用している。フリーランス、用心棒、殺し屋、稀にサイバーツジギリ。シンジケートが雇った事もあれば、敵対組織に雇われていた事もあった。十二分に「使える」ニンジャだ。

何度目かのクナイを弾いたところで、「イヤーッ!」胸板に速さの乗った両脚蹴りを食らった。「グワーッ!」転倒!「ブザマ!」嘲るシグナルロケットの声。「ザッケンナコラー!」ネックスプリングで跳ね起きる。煙に巻かれてシルバーカラスに見られなかったことは幸いだった。

その目と鼻の先、淡く浮かぶ細い光がふたつ。シルバーカラスのメンポだ。「無事か」「誰に聞いてンだ」互いの背中を守るように立ち、両者はそれぞれのカラテを構えた。シルバーカラスのやや苛立った声。「煙幕が面倒だ。こんなに長く続くとなると、その手のジツか、テックか」

ソニックブームはクナイを弾き返しながら囁く。「俺様がどうにかしてやる。煙が薄くなったら仕掛けろ。しくじるなよ」「……分かった」ソニックブームは体を反転させ、シルバーカラスより前に出る。軽くグローブをはめた右手を開閉させ、カラテを構える。「イィィヤァーッ!」ソニックブームは、彼本来のカラテを上方へ打ち上げた。衝撃波が、彼を襲うクナイさえ跳ね返した。

瞬間的に空気の流れが変化し、視界が一瞬晴れる。壁や路面に何本か刺さった雲型クナイ、そして空中で攻撃態勢のシグナルロケット。「充分だ」シルバーカラスが、気流に逆らい再び収束し始めた煙の中を跳んだ。「イヤーッ!」「イ、イヤーッ!」「イヤーッ!」「グワーッ!」「イヤーッ!」「グワーッ!」

連続する金属音が止み、シルバーカラスが期待通りの戦果を告げた。「抑えた」シルバーカラスは鞘ぐるみのカタナと片腕で、うつ伏せのシグナルロケットを後ろ手に押さえ込んでいる。

「手こずらせやがって」「二人がかりでやっとかよ。大したことねえなぁ」「ソマシャッテコラー!」ソニックブームはヤクザスラングを相手の語尾にかぶせた。「カラテがあるなら逃げられるだろうが。やってみろよ」シグナルロケットの頭をストンピングした。くぐもった呻き声が上がる。

「テメェ程度のカラテで思い上がるな。ヤクザだろうがニンジャだろうが、上には上がいる。分かるか?」そう言いながら、シグナルロケットのクナイをホルダーから引き抜いた。「木っ端ニンジャがヤクザ抗争に関わるなんざ、美味いリターンがあるか、オヤブンがテメェより格上だ。違うか?」

溜息をついたシルバーカラスが拘束の力を強める。「ノボリドラゴン・ヤクザクランの戦力。他にニンジャはいるか? 全部吐け」ソニックブームがクナイを弄ぶ。「なんだ? ヤクザらしくケジメでもしようってのか」「抜かせ」ソニックブームは手にしたクナイでシグナルロケットの右目を突いた。
「グワーッ!」暴れるシグナルロケットを、シルバーカラスが更に抑える。

ソニックブームは新たなクナイを手に取った。「左行く前に言うか? どうだ?」「……やってみろよ」答えを聞き終えぬうちに左目にもクナイが刺さる。「グワーッ!」

「どうだ?」「ア……オヤブンだ。モトヤス=サンがニンジャだ」両目を潰されたシグナルロケットが口を割った。モトヤス・テイクチ。ソニックブームも名前は知っていた。争いの絶えなかったケゴン・ストリートを腕っ節だけでまとめ上げた、武闘派中の武闘派リアルヤクザだ。ニンジャだったことは把握していなかった。「他は」

「もうひとりニンジャがいる。俺は詳しくない。残りは、元からクランにいた連中だ」「ニンジャはお前入れて三人か」シグナルロケットは水牛の民芸品めいて首を上下させる。「そうか」三本目のクナイを持った手を振りかぶる。「待て」シルバーカラスが制止の声を上げるが、無視した。

ソニックブームはダーツの的当てをやるように気軽なフォームで、シグナルロケットの後頭部にクナイを放った。「アバッ」シグナルロケットは痙攣した。「サ、サヨナラ……!」それだけ言うのがやっとの態で爆発四散し、彼の煙は爆風に煽られ霧散した。

乱れたリーゼントを櫛で整え、ソニックブームは不敵な表情だ。「やり易くなった。あっちの頭さえ潰しゃあ、後はソウカイ・シンジケートで収められる」シルバーカラスがかぶっていたフードを降ろし、苦々しい表情をこちらへ向けた。「何だァ? 文句でもあんのか。エエッ?」「聞きたい事があった」

シルバーカラスは煙草に火を点けると、オイルライターを放ってきた。ライターを受け取り、火を点ける。「あっち側にそれだけニンジャがいるなら、さっさとチクゼン=サンを狙えば良かった筈だ。なのに、そうしなかった。どうしてだ?」

言われてみれば、確かにそうだった。戦力にニンジャを有する割に、ナワバリ獲得の最短ルートを通っていない。「なぁ旦那。野心があるのか後が無いのか知らんが、逸らんでくれよ」どこか非難がましい言葉に、ソニックブームは舌打ちした。

確かに気が逸っているのは認める。このヤクザ抗争を収めることは、ソニックブームにとって千載一遇の好機だ。できるだけ迅速に、手抜かり無く収束させたい。しかし、それをこの男から指摘されるとどうにも面白くない。そのせいか、鳴りだしたIRC端末の通信要請に応じる声は、八つ当たりじみて尖っていた。

「モシモシ! ソニックブームです! ……アァ?! ……アー、分かった、すぐ戻る」通話を終了させるや否や、「アッコラー!」腹立ち紛れにパーラーの壁を殴りつけ、コンクリートを抉り取った。訝しげな視線を寄越すシルバーカラスに、通話の内容を伝える。

「あのニボシ野郎が! あっちのクランと交渉を引き受けたんだとよ!」「ニボシ?」「オヤブンの息子だ! ノビドメ運河の屋形船で! 勝手しやがって!」「……急だな」「あぁ。とにかく戻るぞ」ほとんど唸るように感情を押し殺し、ソニックブームは表通りへ歩き出した。ところが、シルバーカラスのついてくる気配がない。

ソニックブームは振り返り声を荒げる。「何モタついてんだ、行くぞ!」シルバーカラスは、シグナルロケットの犠牲となった男の死体に片合掌していた。ボンズ気取りか。「待たせて済まんね、旦那」「ツジギリ風情がお優しいな」

シルバーカラスは答えず、空になった煙草のケースを握りつぶした。こいつは、無用な暴力や殺しへの忌避感が強い割に態度をハッキリさせず、本心が分からぬ。その癖こちらを見透かす目は確かで、それがカンに障る。

ソニックブームは改めてシルバーカラスを評価する。使えるニンジャだが、信用はできない。