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STROKE OF FATE #5【ニンジャ二次創作Web再録】

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プラチナ・レジデンシャル・ディストリクト。カネモチ・ディストリクトほどではないが、高級住宅街だ。生け垣や高い塀が家々を仕切り、奥ゆかしいボンボリライトが夜道を照らす。ここに、アオショーグン・ヤクザクランの別邸があった。個人的な催しや保養、いっとき姿をくらますのに利用される。

その奥座敷が、今や集中治療室じみた設備で別邸の主を命の淵にしがみつかせていた。チューブや何らかの計器を至る所に張り付け、ベッドに横たわるはアオショーグン・ヤクザクランのオヤブン、チクゼン・コバカワその人である。しかし、彼はもはや自力で呼吸することがままならぬ。

シンジケート系列の病院へかつぎ込み、緊急手術、心臓に達していた傷を処置できたものの、脳に酸素が届かない時間が長すぎたのだ。病室より安全な別邸へ、医療スタッフごとチクゼンを移送したものの、誰もが途方に暮れていた。

報せを受けて集まったヤクザ幹部らも、奥座敷の隣でチャブを囲み、ノボリドラゴンへの報復か恭順かで割れている。そんな面々を、ソニックブームは苛立ちを隠さぬ自分主導で、抗争に勝つ為に来たのだ。それが、蓋を開けたら弱体化し統制がとれぬクランの尻拭い。そろそろ堪忍袋も暖まっている。

その焦げ付きそうなアトモスフィアに、今まで黙っていたシルバーカラスがついに割って入った。「旦那がた。あれこれ言い合うのは結構だが、まずキンゴ=サンから話を聞いたらどうだ。流石に話せる程度には落ち着いた筈だ」フスマの前で直立姿勢を取るレッサーヤクザに尋ねた。「キンゴ=サン呼んでくれ」

レッサーヤクザは心得たとばかりにオジギし退室する。キンゴは、結局まともな言葉を発さぬまま、部屋に籠もってしまった。ソニックブームが恫喝しようが、シルバーカラスが宥めようが、ただ貝にでもなったように青ざめた顔で何も言わなかった。

ソニックブームは、キンゴ・コバカワを信用していない。ノボリドラゴンとの交渉について詰め寄った時には失禁しかけながらも、その目は終始、弱気な狡猾さでソニックブームの怒りが静まるのを待っていた。より強い相手の顔色を窺い、我が身可愛さに全力で擦り寄る者の不愉快な目だ。

ターン! スズメの絵が描かれたフスマが勢いよく開かれる。レッサーヤクザが駆け込んできた。「大変す! どこにもキンゴ坊ちゃんいません!」「アァ?!」ソニックブームは嫌な予感にかき立てられるように、キンゴを呼び出した。だいぶ待たされてから繋がる。『も、モシモシ。キンゴです』「オイ! テメェどこほっつき歩いてやがんだ!」

通話の向こうでキンゴが細い悲鳴を上げた。『あ、あ、あの、い、いま、いまですね? ハイ。その、いまはその、の、ノボリ……、べ、べつのヤクザクランさんに』「……アァ? テメェ今なんつった?!」『ス、スミマセン、そ、その、そういうことなのでスミマセン。しつ、失礼します』「モシモシ! モシモシ!」キンゴはそれ以上答えず、端末は沈黙した。

「アッコラー! テメェザッケンナコラー!」ソニックブームは怒りにまかせて手近なレッサーヤクザを殴り飛ばした。「グワーッ!」哀れなヤクザを一瞥したシルバーカラスが、ややこわばった声で尋ねる。「旦那、まさか」「そうだ! あの野郎! 寝返りやがった!」

シルバーカラスは何かを考えるように、煙草に火を点けた。「……どう、するんだ」「どうもこうも、前に言った通りだ。ノボリドラゴンのオヤブンを取る! それでこの件は片が付く! そうすりゃキンゴだってラット・イナ・バッグだ!」

手にした煙草から灰の塊が落ちるまでの黙考の末、シルバーカラスは言った。「ダメだな。俺は降りる」「……アァ?」ソニックブームは唸る。「チクゼン=サンは実際九割死体だ。俺の用心棒の仕事はここまでだろ」シルバーカラスは庭まで出ると、タバコを飛び石に叩きつけ、踏みにじった。「これ以上は、アンタに付き合う義理がない」

ソニックブームの堪忍袋が、遂に暖まりきった。意に沿わぬ輩、ほとんど死体のオヤブン、裏切り者、遠のく手柄。「ワドルナッケンナグラー!」爆発する怒りは大音声の上級ヤクザスラングとなって発せられた。周囲のヤクザたちさえ腰を抜かすなか、しかしシルバーカラスはそれを物ともせずに、フードをかぶり、コートの前を閉じる。

雨が、降り始めた。

「どうしても、って言うなら、 やるかい? 俺は構わないぜ」フルメンポに覆われたシルバーカラスの声は、ことさら挑発的に響いた。ソニックブームは肩を怒らせ、エンガワから庭へ飛び降りた。かくて、喧噪届かぬ広いヤクザ屋敷、山水を模した庭で、両者は向かい合うかたちとなった。

「ザッケンナコラー……テメッコラー」ソニックブームの威嚇を、シルバーカラスは向かい風をいなす鳥めいて受け流す。「生憎、ツジギリ風情でね。ヤクザの仁義なんざ守るつもりはない」

ソニックブームは拳を握る。ぎしり。レザーグローブが鳴り、油断なくカラテが構えられる。対するシルバーカラスの右手は無造作に、しかしいつでも腰のカタナを抜けるように構えられている。次のシシオドシが合図となろう。

両者の間にある張り詰めたアトモスフィアが満ち、溢れ、竹の高らかな音が響く。―はたして、相対するふたりが動いた!

ストローク・オブ・フェイト ♯5終わり ♯6へ続く