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1.8章 オズモさん-2-

それは、いつだったのか。
Cosmosに多くのチェーンが誕生してきたとき。
そんな昔でもなければ、昨日というには近すぎる。そんな微妙な昔。
けれど、記憶は、昨日の様に思い返す事が出来る。

それは、オズモにとっては苦い記憶。
医者として、患者達を救うことが出来なかった記憶。
救うとは、何も肉体的な万全とは限らないとオズモに突きつけた過去。

『明日は、決戦、エブ子ちゃんも来るから、気合い入れて早めに寝なきゃね!』
眠りに着こうとしたとき、イーサに呼びかけられた。
イーサに渡された荷物。
その中身が気になったようだ。
彼女は、優秀な助手だった。
給仕以外にも、実験のセッティング。
必要な論文の洗い出し、予算の計上、頼んだ仕事は、全て完璧にこなした。
だが、それは、人並みの成果。
それでも、任期が短い彼女がこなせたのは、才能と努力によるものだろう。
しかし、それでは説明が付かない分野があった。
それは、『分析かぁ、荷物、分析されちゃったみたいね』
そう、オズモは独り言をこぼした。
分析のジャンルなら、オズモに並ぶ、いや凌ぐ能力を見せつけた。
これが、特化した天才か。
そう、オズモに感じさせるくらいにわ。

研究室中央の円卓に座る。
なるべく、隣に座ろうとするオズモ。
イーサが口を開く。

『このアンプルと鎮痛剤の説明をしてください』
『そう言う彼女の目は、オズモを貫かんばかりの勢いがあった』
(Juno大佐みたいな表示も出来るのね。この子。まぁ、黙っていても、悪いし、正直に答えましょ。ただし)
『少しばかり、長くなるわよ』
『それでもいい?』
確認をするようにオズモが言うと、イーサはゆっくりと頷く。
『じゃあ、話していきましょう』
『まず、私が先端医療班の主任でもある』
『これは、知っているわね』
頷く、イーサ
『じゃあ、私が軍医だったのは、知ってる?』
それは、初耳だった。
しかし、なんと無しに違和感は感じない。
先の戦闘で、各自が負傷したのを慣れた手つきで治療していたのだ。
その肝の座りようは、医者のそれでもなければ、研究者でもない。
むしろ、パチリとパズルのピースが当てはまった感覚だった。
『なぁんだ。もっと驚くと思ったのになぁー』
『いえ、寧ろ納得しました』
『あの落ち着き様でしたから』
『ありがとうね。褒め言葉として、素直に受け取っておくわ』

そこから、オズモは、語り始めた。
昔の話しを

AC-2012アフターコスモス歴2012年
多数のブロックチェーンが生まれ始め
次いでそれらが形成する意識体が沢山誕生した年。
Cosmosは、かつてない賑わいを見せていた。
大都市が建設され、小規模チェーンにもそれなりの都市群が作られていった。
Cosmosの第二次成長期とまで呼ばれた時代。
しかし、その発展は、侵略者により塗り替えられてしまった。
ハッカーと呼ばれる外宇宙生命体。
Cosmosの外にある宇宙に存在するとだけ言われていた存在が、攻めてきたのだ。
なぜ、彼らだと断言できるのか。
それは、攻撃規模の広さ、煩雑さだった。
Cosmosの巫女、コスモスも全くの無策ではなかった。
見やすい脆弱性を一箇所につくり、他を残ったリソースでありったけ補強したのだ。
つまり、敵が本陣に着くには大きな一本橋を渡らなければならないように細工をしたのだ。
ハッカー側も、これを検知し、対策として個々の戦力を爆発的に増加させた。
リソースを集中することで驚異的な布陣を実現していた。

戦場から帰還した兵士曰く。
機械の鎧を身に纏いライフルとソードで武装し、各種装甲に対人殲滅兵器を満載した10メートル強の緑色の赤い一つ目の巨人
観測兵でも捕えられないスピードで駆け巡り、知らぬ間に兵士の体を持っていく巨躯の狼。
進行速度は遅いものの、ビームで薙ぎ払ってこちらに大打撃を与えてくる100メートルクラスの巨人など。
すべてが、意識体が作り出せる範疇を超えた存在ばかりだった。

そんな中、医療従事者として派遣されたオズモシス。
当時は、DrとPhDを最年少で複数持ち研究者として歩もうとしていた彼女が招集を受け派遣されたのが最前線のベース基地だった。
派遣されたベース基地、彼女に出来ることはないに等しかった。
敵方の勢力が強大過ぎて、一撃一撃が致命症なのだ。
かすっただけで、助からない傷を負う。
普通ならば。
彼女が行なっていたのは、コスモスから配給されたアンプルを注入することだった。
注入された瞬間から、患者の破損部位が盛り上がり回復と称するにはあまりにも異様な勢いで増殖、そして、もとあった形へと戻っていった。
死んでいなければ、どんな状態でも甦らせる。
一度服せば、毒も効かなくなる。
コスモスの祝福と呼ばれていたアンプルの効果だ。
しかし、このアンプルには致命的な弱点があった。
それが、発露したのは、治った兵が帰還したときだった。
四肢はあるのに、まるでそれが無い様な痛みに襲われて続けている。
『准将、これはどういうことでしょうか』
『説明して頂きたいです!』
そう、前線医療班トップに詰め寄るオズモ、普通ならば、投獄されてもおかしくはない。
しかし、状況が状況だ。
彼女は、説明した。
『コスモス様の齎したアンプル、あれには致命的な弱点があるの』
『あらゆる既存の痛み止めが無効化された上で、痛みだけがのこるのよ』
『痛みが出始めるのは、投薬した瞬間から』
『一度投薬すれば、あとは、あらゆる傷を一瞬で治療する』
『痛みが消えるのは、自然治癒の時間と同じだけかかるわ』

『そんな、非人道的な薬を!』

『だけど、使わなければ、この戦線は保てない』
『だから、使っているの』
『わたしだって、使いたいわけじゃないのよ』
『わかるでしょ?ここを突破されたら何もかも終わり』
『それに、無効化されるのは薬だけであって、あるトランザクションだけは邪魔されないわ』
『なんですか、あるトランザクションって』
『痛みを分け合うトランザクションよ』
『貴女は、コスモス様の推薦だから、良くしてもらったのね』
『貴女がアンプルを打った裏側を知りたければ、隔離テントを見なさい』

自分以外の医療スタッフを見たことがなかったオズモ。
(コスモス様から、貴女は指定された場所から動かなくていい。他のことはしなくていいと言われていたけど)
そう思いながら、この日、隔離されたテントを除くと。
そこには、横たわり苦しむ医療スタッフがいた。
何人も、何人も。
彼彼女達が、患者の痛みをトランザクションで分けている。
だから、患者は、まだ、痛みで死んでいないという事実を見せつけられる。
医療スタッフは、基本、治療に関わるトランザクションのエキスパートだ。
故に、この痛みを分け合うトランザクションに対する理解や取得も早かったのだろう。
オズモの施術の影で、トランザクションをかけていた医療スタッフ達。

彼彼女らは、出兵の際は他の兵に囲まれて、背負われて出かけていた。
あまりの痛みで、動けないからだ。

しかし
(これで、出兵して、無事に帰ってきたとして、また、繰り返す。そんな事を知らなかったとは言え、強要してきたなんて)

罪悪感だけが彼女の心に押し込まれた。

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