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読解力をつける(2) 小学校全体で取り組む「読書活動」プラン

 「小学校全体で取り組む「読書活動」プラン」(府川源一郎編 明治図書 2007)を読んだ。
 タイトルの肩に「読解力UP!」 とあったので期待したのだが・・・

 本書は,横浜市の小学校の様々な読書活動に関わる取り組みを収めたものだ

「はじめに」には

現在,「読解力」が話題になり,それを身につけることが重要だということが,共通の認識になりつつある。国語学習の中だけでなく,様々な教科の中でも「読解力」は必要だし,また各教科の中で意図的に「読解力」を育成することも可能だと言われている。

と書いてあり,まったくその通りだと思う。
しかし,そのあとに続くのは

おそらくそこで「読解力」を獲得した子どもたちは,積極的で主体的な読書活動に向かうことになるだろう。

あれ?

読書活動は「読解力」を基底から支えている地盤なのである。

確かにそうなのだが,すると,話は「読書活動」なのか。

横浜市は,戦後の教育活動において,常に新しい風を取り込みつつ独自の足取りで歩みを進めてきたことで知られている。読書活動についても,現在率先して新しい地平を開こうとしている。

ああ,そうなのだ,この本は「読解力UP!」と書いてあるが,読解力をつける,あるいは伸すための本ではなく,読書活動をいかに進めるかの本なのだ。・・・ と思ったら,残念ながらその通りだった。

 ここで「残念ながら」と書いたのは,例示されているものに残念なものがあったからだ。
 たとえば,星野道夫の「森へ」が6年生の教科書に載っている。全文ではない。この単元を九時間でやる計画だ。学習活動としては

・「森へ」の全文を読み,筆者について興味を持ったことや心に残ったこと・考えたいことを話し合い,読み課題を決める。
・視点を持って全文を読み感想を書く。(興味をもったこと・こころにのこったこと・言葉や表現について考えたいこと)

などとなっている。
また,単元の評価基準の「国語への関心・意欲・態度」には

自分の調べる目的に応じて必要な本や資料を選び,読もうとしている。

がある。
これについて,「筆者に関心を持つ」の「子どもの言語活動の実際」として次の図が載っている。

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これ,「星野」を,たとえば「土門」にしても,そのまま成り立ってしまう感想ではないか。星野さんのどんなところに関心を持ったのか,全く不明である。

「筆者象をとらえる」では,「Aさんのファイル」として,手書きのファイルのコピーが貼ってある。
 その中を見ると,つぎのようなものがある。「森へ」だけでなく,星野道夫のいろいろな作品(アラスカたんけん記,名作写真館など)を読み,「星野道夫ファイル」なるものを作り,「作品を読んで」と「心に残ったベスト3」の2つについて書いたものだ。

「作品を読んで」の「森へ」には次のように書かれている。

このお話は,星野さんが私たちを森に誘っているような文ばかりでした。だから,私も森へ行って見たいと思いました。風景が文だけでもわかります。

「伝えたい思い」には次のように書かれている。

星野さんは自然が大好きな人だと考えました。そしてどんなに小さな命でも大切にする人だと思います。だから,自然は私たちにとってなくてはならないもの,いつもそばにいるものだということを伝えたいのだと考えました。自分の写真を通して自然を知ってほしいと思ってとっているのかと思います。また,命の大切さを読者に伝えたいという気持ちもあったと思います。

つまり「感想」なのだ。「読解」ではない。

星野道夫の「森へ」の,教科書掲載分は,次のような内容になっている。
・霧に包まれた原生林の様子
・そこへカヤックで進んでいくと,サケが海から飛び上がり,ザトウクジラが現れる。
・岸から森に入っていくと,コケにおおわれた場所に出て,クマの足跡がある。しかしそこでクマに出会うわけではなく,クマの道をたどっていくと「自分がクマの目になって森をながめている」ような気持ちになる。
・クマの道には,ところどころにリスがトウヒの実を食べたからが積まれており,今度はリスになったような気分で歩いていく。
・川に出るとサケの大群に出会う。そこでクロクマの親子にも出会う。「サケが森を作る」というアラスカの森に生きる人たちの古いことわざを思い出す。
・再び森に入っていくと,地面に横たわる古い倒木の上から,巨木が一列に並んでいる光景に出会った。
・最後は次の一文で終わっている(教科書掲載分)

森のこわさは,すっかり消えていました。じっと見つめ,耳をすませば,森は様々な物語を聞かせてくれるようでした。ぼくの目にはみえないけれど,森はゆっくりと動いているのでした。

これだけの内容でも,いろいろ考えることがある。たとえば,
・ザトウクジラはふだんはどんなところにいるのか
・「コケにおおわれた」ということから,この森はどんな森だと考えられるか
・「地面に横たわる古い倒木の上から,巨木が一列に並んでいる」のは,どういう現象なのか。(本文には書かれていないが,これを「倒木更新」という)
など,興味は次から次へと広がっていく。しかし,教科書や本書ではどうなっているか。

 教科書におけるこの単元は「私と本」で,「自分にとって本はどのような存在なのかを考え,文章にまとめましょう」というものだ。(学校図書)
 その中に「一番心に残っている本について考えよう」があり,その次に「森へ を読もう」が続く。
 本書の指導案(単元計画)もそれに沿ったものなのだろう。だからなのかどうか,「森へ」を読んで,「どんな森か」や,「サケの群れとクマの関係」や,倒木更新という興味深い現象を考えることなく,表面的な感想に終わっているのだ。
 あるのは「よかった」という感想だけで,「読解」ではない。星野道夫の文章から何をどう読むかという学習活動がないのだ。

 残念ながら,「読解力UP!」と書かれているけれど,この本の内容は「いろいろな本を読みましょう」というものであって,期待する「読解」の本ではなかった。
さらに,国語の指導ってこんなものなのか,という危惧も生まれる。
 次回は,小学校の国語の授業を「まったくと言っていいほど読む力をつけない」と批判している「「読む力」はこうしてつける」を紹介しよう。