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一年後の七夕の日に

 今日は7月7日。朝からよい天気だ。ちょうど水曜日で,店は定休日。七夕なのに休日にするんですか,と店長に聞くと,「うちは七夕はあまり関係ないから」と,ニッと笑った。

 確か,祐子の店も水曜休みのはず。メールを入れると休みだと返信があった。私も祐子もLINEはやっていない。直接電話するかメールにするかのどちらかだ。

「いい天気だし,どっか行こうか。小國神社あたりどう」と書くと,OKと返事があった。
「あたし,久しぶりに天浜線に乗っていきたいから一宮の駅で」というので,遠州一宮駅で待ち合わせることにした。

一宮駅から車で小國神社まで。ひととおり参拝したあと,宮川沿いの遊歩道へ。もみじの新緑があざやかだ。逆光で緑の葉が光って見える。

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「祐ちゃん,緑がきれいだね」
「ほんとね。朱の橋とのコントラストが見事だわ。あ〜っ,スケッチブック持ってくればよかった」
「カメラ持ってきたから撮っていくよ」
「うん,でもね,目で見たここでスケッチしておくのがいいの。スケッチを通して網膜にしっかり焼き付けられるんだから」
「さすが美大」

神社横の宮川を上流までさかのぼり,対岸に渡って下る。といっても数百メートルだ。休日なら子どもをつれて川におりて遊ぶ家族がいくつかいるが,今日は平日だから静かなものだ。

「祐ちゃん,ちょっとおりてみる?」

祐子ははだしになって川に入った。川といっても小さなせせらぎだ。水はきれい。

「あ,つめたい」

手で水をすくってこちらに投げた。しぶきがかかる。

「わっ」
「気持ちいい?」

まるで子どものように祐子がはしゃぐ。
薄いピンクのスカートが風に揺れた。

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門前に戻り,ことまち横丁で1つのかき氷をふたりで食べた。
信州そばの店,かんなびで昼食をとっていると,店長からメールが入った。

「臨時で今夜開けるぞ,これるか」
電話に切り替える。
「なにかあったんですか,店長」
「せっかくの七夕だからな。臨時営業「邂逅カフェ」と称して開けることにした。しかも夜だけの営業だ。」
「でも,みんな定休日だと思っているでしょう」
「店の前に紙貼ったし,フェイスブックにも書いた」
「それだけですか」
「こんな時期だから,やたらに来ないほうがいいだろう。常連だけでも」

「というわけで,夕方から店に行くことになった。ごめん」
「いいわよ。あたしも手伝っていいかしら。ギャラいらないから」

店に行ってみると,ビルの屋上が使えるようにオーナーと交渉したという。ビアガーデンは来週から営業で,今は空いているらしい。
「その人は?」
「友人です。邂逅カフェを手伝ってくれると」
「そうか,じゃよろしく。」
店長は二人の顔を交互に見たあと,ニッと笑った。

テーブルはピアガーデン用にすでに用意されている。エスプレッソマシンなど一式を屋上に持っていく。
7時からという案内なのに,6時半ころから客が来始めた。カップルが多い。なじみの木藤さんも彼女を連れてきた。
「邂逅カフェってなってたからね。七夕だし。会社終わって速攻で来たよ。いつものナポリタンもできるんでしょ」

時が経ち,空は茜色から深い群青へ変わっていく。とはいえ,まわりの明かりで星はあまり見えない。
「さすがに天の川までは無理か」と店長。
「いいんですよ,気分だけで」
「みなさん,今夜は特別営業で,時間制限なしです。珈琲一杯でいつまででもどうぞ」

フェイスブックに書いたとはいえ,混むほどの客足でもない。それに,2階の店より広い。
わたしがエスプレッソマシンを扱い,祐子は接客や店長の手伝い。適度に店は回って,10時を過ぎた。

閉店後,片づけが終わったビルの屋上で,ふたりで空を見上げた。照明を落としたので,営業中より空がよく見える。
「じゃあ,あと頼むよ」と,店長がニッと笑って鍵をよこした。最後に閉めて出てくれ,ということだ。
二人だけになった。風が涼しげになっている。

「あ,流れ星」
「え?どこ」
「残念でした。流れ星はすぐ消えちゃうのよ」
「ほんとに流れた?」

二人で肩を寄せ合って空を見上げる。七月七日の夜だった。       

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1年前に書いたnote。
あの日を思い出して,MacBookを閉じる。
半年後に,コロナ禍のため,祐子が行っていた店は閉店となった。そして,それ以来,祐子からの音信もなくなった。何があったのかはわからない。まさか,店の誰かと逐電したとも思えないが。
宮川ではしゃいでいた祐子の姿を思い出す。しかし,それも過去のことだ。

携帯にメールが入った。店長からだ。
「昨日言った通り,今日の「邂逅カフェ」,天気が怪しいがやることにした。来れるな。」
「はい」
今年は定休日ではないが,特別営業という触れ込みで,定休日をずらし,夜だけの営業にしている。事前に店にポスターを貼ったから,去年より客は多いと思われる。
夕方,店に着いて,屋上まで食器を運ぶ。次はエスプレッソマシンだ。と,階段をおりかけて,下から女性がひとり上がってくるのが見えた。

「祐ちゃん!」
「久しぶりね,手伝っていい? 七夕の邂逅カフェ」


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1年前,2020年7月7日の note の記事を元に,中身の文章はすっかり変え,写真だけ3つ(見出しと,中の2枚)をそのまま転用しました。

そう,今日が締め切りの「書き手のための変奏曲」

同じなのは写真だけで,中身は違いますが,1年前の note をベースに着想を得た,ということであれば,変奏でよいでしょう。