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キースジャレットのモーツァルト

キースジャレットはジャズ界の名ピアニスト。

 1985年「第1回トーキョウ・ミュージック・ジョイ」でチック・コリアとキース・ジャレットのコンサートがあった。プログラムはジャズではなくモーツァルト。指揮は田中良和、管弦楽は「新日本フィルハーモニー交響楽団」である。
 たまたまだったかどうか,私はこれをテレビで聴き,録画もした。当時,キースジャレットの名は知っていたが演奏はほとんど聴いたことがなかったか,あってもわずかだった。私はクラシック畑だったから,友人の影響でジャズも聴き,レコードも持っていたが,それほどジャズに詳しいわけではなかった。
 それから30年以上が経つ。今はキースのバッハを聴いている。

 チック・コリアとのデュオは,2台のピアノのための協奏曲。それもよかったが,なんといっても,キースの23番に驚いた。
 ピアノ協奏曲23番イ長調は私の好きな曲だ。とくに第2楽章がいい。その第2楽章で,キースの演奏に聴き入ってしまったのだ。映像を見ながらだったから,情感を込めて弾く姿に影響されたかもしれないが,必ずしもそうではなかったことは後述する。

 録画したDVDのプレイバックは何度か見た。しかし,YouTube上に,チック・コリアとのデュオはあるものの,キースのこの23番はない。したがって,デニス・ラッセル・デイヴィス 、 シュトゥットガルト室内管弦楽団のCDを買ってもらうしかないのだが,これはお勧めである。

この演奏については不満を述べる人もいる。

 キースらしくない,というわけだが,ジャズのキースしか念頭にないのではないだろうかと思われる。

 ジャズマンがクラシック曲を演奏する例はほかにもある。
ベニー・グッドマンのモーツァルトだ。協奏曲も五重奏曲もある。いずれも正統的なクラシックの演奏である。まあ,ベニー・グッドマンはクラシックのクラリネットをちゃんと学んできた人だから当然といえば当然。キースもクラシックの音楽教育を受けてきたから不思議はない。

 前述のシュトットガルトとのCDも私は持っている。もしこれを名前を伏せて何も言わずに聴かせたとして,ジャズマンが弾いていると思う人はいないだろう。意味ありげに「誰だと思う」と言って聴かせたら,「もしかしてクラシックじゃない人?」と言われるかもしれない。それも,23番に詳しい人なら。なぜなら,第2楽章で少しではあるが即興が入っているからだ。即興といっても,バロック期ならもちろん当時の演奏でもあり得たくらいの即興である。第2楽章に詳しくなければわからないくらいだ。
 テンポもわずかに揺れているが,それもクラシックの演奏ではよくあること。というより,あって当然の演奏なのだ。
 その第2楽章,冒頭のピアノソロでまず聴きほれる。

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4小節目の32分音符はターン。記号で書くこともある。32分の1ずつにぴったり入れるのではなく,音をくるりと回すように演奏する。このターンに表情がつくかどうかで印象が変わるのだが,キースは入りを少し遅らせて速めに動き,次の八分音符はぴったり拍に合わせているのだがこれが絶妙なのだ。同じようなターンをしているのは内田光子。ポリーニ(ベーム,ウィーンフィル)は名演の誉れ高いが,この人は遅らせることなく拍通りで弾いている。
 11小節目の8分音符,ほとんどインテンポだがほんのわずかにディミヌエンドしている。内田光子はかなりディミヌエンドしていて実にきれい。ポリーニは淡々と。内田光子とポリーニはYouTubeで聴くことができる。
 もうひとり,ホロヴィッツもYouTubeで聴ける。速めのテンポで感情の揺れが大きく,この人の方がむしろジャズっぽいのではないかと思われるほどだ。
 東京でのライブで感じた情感の深さは決して映像のためではなかったのだ。

 こうして情感豊かなピアノソロに続くクラリネットとフルートがまた秀逸。さすがシュトットガルト。ノンヴィブラート(ドイツ系のオケではクラリネットは基本がノンヴィブラート)のクラリネットの木質のなめらかな音に,ノンヴィブラートのファゴット,フルートが続く。音色だけがわずかに変化しながら重なっていく。フルートがヴィブラートたっぷりに主張するようなことはない。

 一方のバッハ。ゴールドベルク,フランス組曲,平均率1巻,2巻とあるが,これもスタンダードな演奏。
平均率第1巻にスタジオ録音盤とライブ盤があるのを知ったのがつい先日。ライブ盤を注文して,まだ届いていないのだが楽しみである。
ということで,キースのバッハについてはまた別稿で。