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E.V.ジュニア,「君に届け。無伴奏チェロ組曲」を語る

司会者:皆様こんばんは。今夜は,E.V.ジュニアさんに,Muse杯で嶋津さんの「個人的に好きな作品」として紹介された,「君に届け。無伴奏チェロ組曲」についてお話を伺います。
E.V.ジュニア:よろしくお願いします。

司会者:では,早速ですが,嶋津さんの「個人的に好きな作品」で紹介されたことについてのご感想はいかがですか。
E.V.ジュニア:はい,嬉しかったですね。もちろん,賞を狙って応募はしましたが,その後出されたものに優れた作品が多くて,賞は無理だと思っていましたから。たとえば,フェアリー賞を受賞された,蔦縁 ヨウさんの作品を見て,うわーっと思いました。
司会者:でも,Twitterでは,嶋津さんが絶賛されていましたね。
E.V.ジュニア:そうですね。毎晩読みたいと書いてありましたし(笑) それで,もし部門別や佳作といった賞も設定されたら入るかもしれないと,少しは期待しました。
司会者:それでは,入賞したという感じですか。
E.V.ジュニア:いや,やはり入賞ではないでしょう。それより,嶋津さんの心に届いたというのがなにより嬉しいですね。賞よりそっちです。
司会者:すると,これに限らず,何か発表するときは,誰か具体的な読み手を想定しているということですか。
E.V.ジュニア:まあ,そうですね。掌編の場合。たとえば,猫野サラさんのイラストを使った作品がいくつかありますが,これらは当然猫野サラさんに読んでもらって,スキがもらえるとうれしいなと思って書いています。サラさんは,「イラストを使ってくれてありがとう」という意味でスキをつけてくれるのかもしれませんが,最近の「山の茶屋にて」では,しっかりコメントもつけてくれているのが嬉しいですね。そのほか,毎回スキをつけてくださる方はみなさんですが。

司会者:では,この作品について伺いましょう。まず,Muse杯に参加しようと思われたのはいつごろですか。
E.V.ジュニア:嶋津さんの Muse の募集が出たとき,要項を見て,自分の守備範囲ではないなと思いました。イメージも湧かないし。応募作がいくつか出てきてからも,やはり自分の出る幕ではないと。マリナ油森さんの映像作品には刺激されたけれど,映像で真似してもしかたがないし,あの作品には勝てそうもないし。音楽を作るのもイメージが湧かないし,やはりパスだなあと。
司会者:すると,応募に当たっては何か違うきっかけがあったということですか。
E.V.ジュニア:そうですね,その後も応募作が出てざっと読んでいるうちに,何か違うな,と感じはじめました。イメージは湧かなかったはずなのに,何か違うと思うのも変だけど。
司会者:何が変だったんでしょう。
E.V.ジュニア:広沢タダシさんの歌に合っていない,あるいはダイレクトに合わせ過ぎじゃないかという感じですね。要項には

『彗星の尾っぽにつかまって』をテーマに自由に創作する。文章、イラスト、マンガ、音楽、写真、映像、noteの中で表現できる創作物であれば全て対象作品

と書かれているので,何でもよいのでしょうが,その前に,

広沢さんの音楽にインスピレーションを受け、自由に創作してください。

と書かれていますよね。すると,やはり「彗星の尾っぽにつかまって」の歌詞を意識したいし,しかし「インスピレーションを受け」ですから,そのものでもないもの,と考えました。もちろん,自由だからなんでもいいのでしょうけど,私はそっちの方向で行ってみたいと。
司会者:なるほど。
E.V.ジュニア:それと,もうひとつあるんです。作品を読んでいくと,必ずではないけれど,「彗星の尾っぽにつかまって」を聴きますよね。それを何回も続いているうちに,なんとなく構想が浮かんできた,というのもあります。たとえば,「彗星の尾っぽにつかまったなら逝ってしまうのだろうか」とか。
司会者:それでそういう掌編ですか。
E.V.ジュニア:創作への扉は不思議なところに置かれていましてね,ちょうど,猫野サラさんの夏のイラスト全7点のそれぞれをテーマにした掌編やらポエムを書いていた。アイスキャンデーがどうしても構成できなかった。何かないか。そんなとき,チェリストまたはヴァイオリニストの恋人が,彗星の尾っぽにつかまるように逝ってしまう,というシチュエーションがふと浮かんだんです。Museなら音楽だし,と。
司会者:でも,未結は生きてますよね。
E.V.ジュニア:氷室の氷は糺ノ森に」に出てくる宮脇紫乃は交通事故で死んでいます。病気で死ぬなら癌か白血病だなあと思って,はじめは死んじゃうことにしたんです。でも,書いているうちにそれはかわいそうすぎると(笑)
司会者:書いているうちに,ということは,ちゃんとプロット立てて書いたわけではないんですか。
E.V.ジュニア:はい,ちゃんとプロット立てて,というのは苦手なんです。なんとなく,こんな感じ,で書きはじめて,書いていると登場人物が語りだすという感じ。それも最近のことですが。
司会者:この作品の場合,その「なんとなく」はどの程度だったんでしょう。
E.V.ジュニア:書き始めはこうでした。
・スタートは,卒業演奏会のステージで,バッハのアリア。そこから回想。
・出会うのはバスの中。
・途中のエピソードは浮かばないので,3年生からにしよう。「ずっと探していた。近くにあったのね。」にも合う。
・死ぬ前にホールを借りて録音会をする。そこで「燃え尽きる」。
・登場人物の名前については,こうです。
 まず「みゆ」が浮かんだ。音で。で,漢字変換したりして「未結」にしました。
 雄星は単なる思いつきで,彗星とダブるとは思ったけれど,まあいいかと。
 高市を思いついたときに,ピアニストは鵜野に。鵜野讃良は持統天皇。夫の天武天皇の第一皇子が高市皇子。本編とは関係なく思いついただけですが(笑)。
司会者:ピアノ三重奏にしようというのも,始めの構想にあったのですか。
E.V.ジュニア:はい。ヴァイオリンとチェロだけだといい曲がないので。そこから,どのピアノ三重奏にしようかと探して,有名な大公にしました。
司会者:それは,ヴァイオリンとチェロの関係からですか。ヴァイオリンとチェロでピアノの両手に対峙するってのが出てきますが。
E.V.ジュニア:それがですね,大公に決めて,そのスコアを見てからなんです。まずピアノソロで始まりますでしょ,そのあとのヴァイオリンとチェロのパートを見たときに,ああ,これはチェロが伴奏というのではなくで,ヴァイオリンとチェロが一心同体になるんだ,と。「一緒に生きていこう。絡まり温め合って。まるで一つの生き物のように」です。
司会者:なるほど。そこで歌詞が関係するのですか。それは気がつきませんでした。
E.V.ジュニア:先ほど言いましたよね。エピソードが思いつかないから3年生からにしたって。
司会者:はい。
E.V.ジュニア:それが,ここでぴったりになっちゃったんです。トリオを組むまではただのクラスメート,トリオを組んで練習するうちに二人の間が緊密になっていく,というストーリー。
司会者:おもしろいですね,始めから決めていたわけではないと。「彗星」についてはどうですか。
E.V.ジュニア:彗星についてあらためて調べたのです。彗星って,戻ってくるんですね。だから,逝ってしまわない。
司会者:それで,死なずにすんだわけですか。
E.V.ジュニア:病院での台詞もそこから出ています。「あなたのところに戻りたい」って,これ,愛の告白ですよね。
司会者:確かに。
E.V.ジュニア:書き始めた時にはまったく考えていなかった台詞です。それが,病院のシーンを書いているときにフッと浮かんできた。
司会者:それが「登場人物が語りだす」というのですね。でも,雄星は「きっと治るよ」しか言いませんね。
E.V.ジュニア:う〜ん,いい台詞を思いつかなくて。「愛してる」とか,ダイレクトに言うのは好きじゃないんです。人の感情って,そう単純じゃないでしょ。「戻りたい」に対して「待ってるよ」じゃ面白くも何ともないし。「きっと治るよ」には,「もしかすると」のニュアンスがあるでしょう。もしかして,死んでしまうのかも,と。そう思ったなら,最後に「あー,生きててよかった」と思うでしょう。まあ,「粉雪が舞った」で「永訣の朝」を連想した人はいないと思いますが。
司会者:それはさすがに(笑)
E.V.ジュニア:でも,嶋津さんは,そういったいろいろな含みを読み取ってくれたと思うんですよ。「もっともっと長く、細やかに」というのはそういうことだと思います。「あー,焦らされる」みたいな感想を寄せられると,しめしめと思いますね。
司会者:ところで,ヤルヴィホールには行かれたんですか。
E.V.ジュニア:ずっと前にね。学校の学習合宿が松原湖であったのです。そのときに,夜,星空を見に行って,ヤルヴィホールまで歩いたんです。学生時代にオケの合宿も松原湖でやりましたし,それで,あのシーンの舞台はできました。付近に外灯はあったと思いますが,実際に玄関先に明かりがついているかどうかまでは覚えていないのでそこはまったくの創作ですが。小さなホールですが,ここでコンサートまでは行かなくても練習でもできたらいいな,と思っていました。
司会者:そこで彗星が登場しますが。
E.V.ジュニア:それも,始めの構想にはなかったことです。ふたりともオケに入っている。合宿をする。そうだ,松原湖にしようで,星空を思い出して彗星です。
司会者:なるほど,書きながらイメージが膨らんでいったのですね。
E.V.ジュニア:もちろん,何回か書き直しはしていますよ。チェロ組曲も,始めは六番だったのです。しかし,長いのと難しい曲なので選び直し。サラバンドがゆったりした曲,ということで一番に決まりました。
司会者:他には,何かありますか。
E.V.ジュニア:冒頭のバッハのアリアは,最初から決めていました。バッハの管弦楽組曲第3番のアリア。通称,G線上のアリアです。どんなときに演奏するかわかりますか。
司会者:いえ。
E.V.ジュニア:いつもというわけではありませんが,鎮魂とか祈りをこめて演奏することがあるんです。たとえば,小沢征爾が長崎でやった復活(マーラー)コンサート。はじめに弦だけでG線上のアリアが演奏されます。教授たちはそういうことを知っているので,「クラスメートはもちろん,教授たちも瞬時に理解したようだ。」となります。予定されていたピアノ三重奏がなくなったのは未結が病床にいるからだと知っていますからね。ですから,クラシックファンの方が冒頭を読んで,「誰かが亡くなったのだろうか」と思い,読み進めながら「未結か」と思い,最後に「ああ生きていた」と思ってくれるといいなと思いつつ書きすすめました。
司会者:そうですか,そこまでは気がつきませんでした。
E.V.ジュニア:まあ,ふつうはそうでしょう。それとね,もう一つ,未結は孤児だったんですが,なぜかわかりますか。
司会者:いえ。
E.V.ジュニア:これも,書き進めながら思いついたことなんですが,「彗星の尾っぽにつかまって」のはじめが,「私が今いる場所がどこかなど知らない。どこだっていいよ」でしょ。それで,未結は孤児で,実の父母を知らない,実家がどこかを知らない,ということにしたんです。それで,ここの会話を書いているときに,今の父が命名してくれたことにしたんですが,初めは単に音の響きで命名していた「みゆ」がここで「未来に結ぶ」になってぴったんこ。ほんとに不思議です。
司会者:なるほどねえ,そういうお話を伺うともう一度はじめから読みたくなりますね。
E.V.ジュニア:ありがとうございます。ぜひはじめからもう一度読んでください。
司会者:では最後にひとつだけ。これ,続編はありますか。
E.V.ジュニア:いやあ,ありませんね。嶋津さんは「もっともっと長く、細やかに、緻密に、十分な余白を与えたものとして読んでみたい」と書いてくれていますが,無理でしょう。そこまで文才はないので。2年生までのエピソードもまったく浮かびませんし。
司会者:きょうはどうもありがとうございました。今後もいい作品をnoteに書いてくれることを期待しています。
E.V.ジュニア:いやあ,あまり期待されても困ります。今は「山の茶屋にて」の続きくらいしか考えていませんが,それも書けるかどうかわからないし。どこかに扉が置いてあって,そこをくぐれば書けるかも。

司会者:きょうは,E.V.ジュニアさんに「君に届け。無伴奏チェロ組曲」にまつわる話を伺いました。ではまた。

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