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バラライカ

「ごめん,会議が延長だって。晩ごはんつきあえない」
 それだけのメールがクミから届いた。しかたなく,夕食はひとりで済ませた。レストランの予約をしないでおいてよかった。

 9時前,「もー,たいした会議じゃないのに時間ばっか食って」とぼやきながらクミがやってきた。
「何か飲んだ?」
「食事だけ」
「じゃあスカイラウンジにいこうか」

 12階のスカイラウンジ。いなかのホテルではこれでも高い方だ。いなかと言っても新幹線の駅がある町。駅近くの夜景はそれなりにきれいだ。
 カウンターに座ってメニューを見る。
「カクテルでもいってみる?」
「いいね」
「何がいい?」
「おすすめ,ある?」
 ちょっと意味深な口調だ。
「サイドカーとか」
「女性向けの強いので酔わそうてわけ?」
 なんだ,知ってるじゃないか。
「あれ? 知ってた? じゃあ,ジンライムとか」
「ポピュラーなのね。初心者向けか。」
 もう,知ってるなら自分で何か言えよ。
「なんだ,結構知ってるじゃん。」
「ふふ。じゃあ,あっくんは? ウォッカベースのマティーニとか?」
「え? マティーニってジンじゃなかった」
「あれ? 知らないの? 007」
「?」
「ジェームズ・ボンドの定番が,「マティーニ。ウォッカベースで」なのよ。映画見てないの」
「・・・・」
「いつもは何飲んでるの?」
「えーと,・・・メニューにないなあ」
「何が?」
「バラライカ」
「ほんとだ,ないねえ。聞いてみようよ。 バラライカできます?」
 バーテンの返事はOKだった。
「へえ,バラライカなんて,洒落てるじゃん」
 カクテルなんて,いつも飲んでるわけじゃない。たまたま知ってて,以前飲んでみたのがバラライカだったのだ。
「ドクトル・ジバゴね」
「あれ? それも知ってるのか」
「新しいのじゃなくて,古い方でしょ」
「そう,オマー・シャリフの。始めの方の葬送の場面とラストシーンにバラライカが出てくるんだよね。」
「名前で飲んでるんだ」
 痛いところを突かれたがしょうがない。どうやら,カクテルに関してはクミの方が詳しいようだ。「カクテルでも」とかっこつけたつもりが,逆にやられてしまった。
「じゃあ,サイドカーにする。カチンってやるのに,両方ともカクテル・グラスの方がいいでしょ」
「いいの?」
「平気よ,このくらい。もちろんコニャック・ベースよ。あ,2杯目は私もバラライカにするから」


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 note 第1作 桜散る と同じ頃に書いたショート・ショート。覚えているのはタイトルとシチュエーションだけで,中身はほとんど忘れている。
 オマー・シャリフ主演のドクトル・ジバゴでは,ダムの工事現場でララの遺児とおぼしき娘に,ジバゴの兄が事情を聞くシーンで始まる。ラストシーンでは,ララの遺児であることは不明で終わるが,持っているバラライカを見て「君はバラライカを弾くのかね」と問う。連れの男性が「上手なんですよ」と答えて終わる。
                              2019.10.23