管楽器のブレスとフレージング:マーラー第3交響曲の例
管楽器を演奏するときは息継ぎが必要である。循環呼吸法というテクニックもあるが,通常は途中で息継ぎをする。すると,長いフレーズを吹くとき,どこで息継ぎをするかが問題になる。
それ以外にも,音の立ち上がりや音色など,管楽器の演奏にはいろいろな要素がある。
その「フレーズの作り方」に関して面白い例があるので紹介しよう。曲はマーラーの交響曲第3番の終楽章,それも終盤である。
まず,フルートとピッコロ,それに続いて金管のコラールがある。
フルートとピッコロ
フルートのソロにピッコロのソロが続く。フルートはppで始め,reten. しながらクレッシェンドし,GからFに移るときにppに戻る。まず,このppに戻るときが問題で,確実に段差をつけたい。マーラーの曲にはよくあるパターンだ。このとき,わずかに間を取ってppで始めるという方法もある。
次にEの延ばしでピッコロに引き継ぐ。楽譜上は1オクターブ違うように思うが,実際にはフルートとピッコロでは1オクターブ違うので,同じ高さで引き継ぐことになる。このとき,フルートとピッコロの音色いかんによって,いかにも「引き継いだ」ように聞こえるか,1本に聞こえるかが変わってくるのだ。
この2点,①フルートのppへの移行,②フルートからピッコロへの受け渡し に注意していろいろな演奏を聴いてみよう。
アバド・ルツェルン
まずは,クラウディオ・アバド指揮のルツェルン祝祭管弦楽団。1:29:25 から。
フルートはクレッシェンド後,きれいにppに落としているが,リテヌートするためGの音がわずかに長くなりディミヌエンドしているようにも聞こえる。フルートからピッコロへのつなぎ目はほとんど分からない。楽譜と映像を注意深く見てわかるくらいだ。ピッコロがppでそっとはいっているのと,音色がフルートに近いからだ。
バーンスタイン・ウィーンフィル
次はレナード・バーンスタイン指揮のウィーンフィル。少し古い演奏になる。1:36:50から。
フルートはGとFの間にわずかに間を空け(ブレスもしているようだ)Gの音をディミヌエンドすることなくF音に入っている。そのため,くっきりとppに落ちている。ピッコロとのつなぎ目は,ピッコロの入りがはっきり分かる。音の出だし(アタックともいう)がはっきりしているのと音色が異なるためだ。
この2つの演奏を典型として,この間にいろいろな演奏がある。
ハイティンク・ロイヤルコンセルトヘボウ
ハイティンク指揮ロイヤル・コンセルトヘボウではフルートのクレシェンドが控えめで,ピッコロへのつなぎはほとんど分からない。フルートとピッコロが一体化しているようだ。ただし,惜しいことにピッコロの最後のC音がわずかに高い。1:30:37から。
ハイティンク・ロンドン交響楽団
こちらは,2016年BBC Promsでの演奏。指揮者が同じでもオケが違うと音色などが異なってくる。フルートはかなりクレシェンドしたのち,リテヌートしてGの音を長めにし,ディミヌエンドしてFに引き継ぐ。ピッコロとのつなぎは滑らかだ。(1:43:40から)
ノイマン・チェコフィル
ノイマン指揮チェコフィルの演奏では,フルートのGがわずかにディミヌエンドし,またFとの間にほんのわずか間が入る(ブレスはしていない)。ピッコロへの受け渡しは滑らかで,しかもピッコロの音色がその後もフルートの音色と変わらない。楽譜を見ていなければ最後までフルートで吹いているかのようだ。13:59から
メータ・ベルリンフィル
次は,ズビン・メータ指揮,ベルリンフィル。フルートのクレシェンドは,単に音が大きくなるだけではなく,よく歌われていて気持ちも高揚する。Fに移ったときのppもきれいだしピッコロとのつなぎ目もきれい。15:53から。
エストラーダ・hr交響楽団
Andrés Orozco-Estrada・hr-Sinfonie の演奏も,フルートが情感豊かに歌い,クレシェンドがよく効いていてピッコロとのつなぎ目も分からないほど。ただし,ピッコロの音色は音が上がるにつれていかにもピッコロらしくなる。1:39:14から。
この他にも,アバド・ベルリンフィル,小泉和裕・九州交響楽団(18:58から),エッシェンバッハ・パリ管弦楽団(19:20から)などがある。
トランペットのブレスとフレージング
トランペット・トロンボーンのパートは次のようになっている。
1st トランペットの2段目の4小節目にコンマでブレスマークがある。しかし,そこまでを一息で吹くのはほとんど不可能だ。ではどこでブレスするのか。スラーはついていないが,molto portamento の指示があり,テヌートマークもあるから,全体をレガートで演奏することになる。ここまでに挙げた演奏のうち,ただ一つを除いて,4小節目の3拍目の次でブレスをしている。(記譜のラの次)ここを見るだけではわからないが,実はここのフレーズは第6楽章の冒頭とほとんど同じなのだ。ただし,パートは弦楽器。
こちらにはスラーがついているが,3小節目と4小節目でつけ方が異なるのがわかるだろう。アウフタクトで始まる音楽なので,4小節目の4拍目も5小節目のアウフタクトになるわけだ。
また,1st トランペットが浮き出るようにという指示があるので,1st トランペットに注目するとともに,他パートとの音量バランスも考えたい。
ノイマン・チェコフィル
ここをアウフタクトとして3拍目でブレスしていないのは,ノイマン・チェコフィルの演奏である。(14:43から)
ブレスの箇所は,4小節目の2拍目のあと,2段目の2小節目のあと,4小節目のブレスマーク,6小節目のあと,となっている。なお,8小節目はブレスマークがないが,4拍目が9小節目のアウフタクトなので,ここでブレスするのはどこのオケも同じ。
ハイティンク
ハイティンク・コンセルトヘボウの演奏もブレスが多い。(リンクは前のものを参照 1:31:20 から)
一方,ロンドン交響楽団のものは,なんと,前述の5小節目のアウフタクト以外は,ブレスマークまでノンブレスなのだ。そのあとも,9小節目のアウフタクトまでノンブレス。完全に音楽としてのフレージングになっている。(1:44:33から)また,他の演奏と比べ,5小節目からの2ndトランペットのバランスがやや大きくなっている。4分音符の動きなのではっきり聴かせようということかもしれない。
アバド・ルツェルン
アバド・ルツェルンの演奏。(1:30:04から)ハイティンク・ロンドン交響楽団と同じブレス,フレージングだ。
トランペット,トロンボーンとも,朝顔に布をかぶせてあるのも見逃せない。ppにするのに,ミュートだと音が変わってしまうが,これなら本来の音のまま柔らかいppになる。アバド・ベルリンフィルの演奏も同じなので,これはアバドの指示だろう。5小節目からの2ndのバランスは控えめ。入ってから数小節の各楽器のバランスのとり方がロンドン交響楽団のものとはだいぶ違う。トランペットとトロンボーンの二重奏のように聞こえ,柔らかい音色で響く。見事な演奏である。
メータ・ベルリンフィル
メータ指揮,ベルリンフィルも同様。音の安定感も抜群でこれまた見事。( 16:39から)ルツェルンとのわずかな違いは音色と歌い方だろうか。molto portamento の指示があるが,メータ・ベルリンフィルはまっすぐで,ルツェルンはハイトーンの記譜ファ#に移るときにわずかにポルタメントがかかっているようにも聞こえる。
バーンスタイン・ウィーンフィル
では,バーンスタイン・ウィーンフィルはどうか。(1:37:49から)
トランペットは1st,2nd,3rd の3パートなのだが5人いる。途中で交代しているようにも見えるがよくわからない。そのくらいつながりはよく,フレーズが途中で切れないようになっているのだが,意外なことに音が不安定だったりする。(記譜のファ#など,出し損なっている)
エストラーダ・hr交響楽団
Andrés Orozco-Estrada・hr-Sinfonie の演奏は,アウフタクトの音が長く,かなりゆっくり始まる。そのためか,2小節目の記譜ファ#の次でブレスしている。しかし後半はノンブレスだ。(1:40:03から)
以上,フルート・ピッコロとトランペットに焦点を当てて,フレーズの作り方を見てきた。歌い方も含め,注意深く聴くと違いがわかって面白い。どこのオケがいいかは,録音の関係もあるし,聞く人の好みもあるだろう。しかし,このように,ちょっと気になったところを聴き比べてみるというのは面白い。スコアがあるとなおよい。スコアはペトルッチのWebページからダウンロードできる。
※見出し画像はイラストACから。