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キースジャレットのバッハ平均率

以前,「キースジャレットのモーツァルト」を書いてからかなり日が経ってしまった。

平均率第1巻にスタジオ録音盤とライブ盤があるのを知ったのがつい先日。ライブ盤を注文して,まだ届いていないのだが楽しみである。
ということで,キースのバッハについてはまた別稿で。

と書いて,CDの到着を待ったのだが,コロナの影響か,1ヶ月くらい経ってから到着した。
 さっそく聴いてはみたのだが,音質以外にはそれほど際立った違いも感じられなかった。ライブ盤がジャズになっているわけではない。普通のオーケストラでも,スタジオ(ステージでしょうけど)録音盤と,ライブ盤はちがう。やはり,ライブ盤の方が生き生きした漢字がある。それと同じようなもので,細かいところを比べるには時間がかかると思い,記事を書くつもりがそのままだった。

 先日,新聞で,キースジャレットがピアノを弾くことができなくなったとの記事を見て,愕然とした。何か書こうと思っていたら,ゆうこりん波乱万丈アメリカ音楽留学日記 さんが,こんな note を書かれた。わが意を得たり,の思いである。

 そこで,懸案のままになっていた,キースのバッハ平均率について,あらためて書くことにした。きちんと書くと,平均率クラヴィーア曲集第1巻の演奏についてである。

スタジオ録音盤とライブ盤

 前述のように,キースの平均率クラヴィーア曲集第1巻のCDは,スタジオ録音盤とライブ盤の二つがある。
 ONTOMOの「キース・ジャレット「平均律クラヴィーア曲集」、スタジオ盤と聴き比べ」では,ライブ盤について「あえて一言でいいましょう。グルーヴ感がすごいです」と書いている。

「グルーヴ」はジャズなどで使う言葉で,いわば「ノリ」のようなものだ。
グルーヴとは何か
 その例として,第3番嬰ハ長調「フーガ」と,第4番嬰ハ短調「フーガ」が取り上げられている。
 私は,第10番ホ短調を取り上げたい。

第10番ホ短調

 キースのバッハは,フランス組曲,ゴールドベルグ変奏曲のCDを持っているが,いずれもきわめて正統的な? バッハだと思う。ジャズのCDも持っているが,ジャズの演奏とは音の転がし方が全然違う。バロック音楽なのだから,自由に装飾してもいいと思うのだが(当時はそれが普通)禁欲的と言ってもいいほど,それが抑えられている。
 CDが到着したときに聴き比べて,書いてみたいと思ったのは,第10番ホ短調だった。ずっと温めていたのが,これの聴き比べである。そこで,あらためてやってみた。持っているCDは,キースの他に,シフ,バレンボイムがあり,レコードとしてリヒテルがある。その他,いくつかはYoutubeで聴ける。
 演奏者で異なるのは,分かりやすいところでテンポだろう。それともう一つ,ピアノならではの右手と左手のバランスがある。どういうことかは,楽譜を見ていただこう。

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 右手がメロディーを弾く。左手は対旋律ではなく伴奏形と考えていいだろう。ピアノはその名(ピアノフォルテ)の通り,ダイナミックス(音の強弱)が自由にできる。すると,伴奏は少し小さめに弾くのが普通と思われる。しかし,バッハがこれを書いたころはピアノフォルテはまだ登場していない。チェンバロかクラヴィコードだ。ストップで音色の変化はつけられるものの,自由に強弱をつけることはできない。したがって,右手も左手も同じ大きさで弾くことになる。では,それを意識して,ピアノでも右手と左手を同じ大きさにするかどうか,というのが一つの興味なのだ。
 次に,私が調べた範囲での比較表を載せておこう。

演奏者による違い

 第10番ホ短調のプレリュード。わかりやすいところで,テンポが速い方から並べてみた。途中でテンポが変わるので2通り書いてある。なお,テンポはおよそである。

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下のふたつ,レオンハルトとコープマンはチェンバロ。
左右バランスは前述の,左手と右手,楽譜では上段と下段の音量バランスだ。

速さ

 こうして表にすると,キースのスタジオ盤はリヒテルと同じぐらいの速さだが,印象がまったく違う。
 CDが到着したころ,キースのスタジオ盤,ライブ盤,シフ,バレンボイムの4つを聴き比べていた。それからずいぶん経って,レコードを引っ張り出すのが面倒で,Youtubeを検索してみたらリヒテルが1番に出てきたので聴いてみた。印象は「速いなあ」だった,次にアシュケナージを聴いたので,一層対照的だった。ところが,メトロノームを使って速さを計測することにして,エドウィン・フィシャーやグールドも聴いた後,改めてCDのキースを聴いて,あれっと思ったのだ。思っていたより速い。しかし,リヒテルのものとは印象が違う。
 よく聴いてみると,リヒテルの演奏は,小節の1拍目が強拍に感じられるのだ。1小節目,トリルの後打音に続いて2小節目のFの音に続く。このFが強拍に聞こえる。3小節目から4小節目にかけても同様。そのためばかりでもないのだろうが,どうもセカセカした感じになっている。

キースは流れるように歌う

 キースのスタジオ盤は,リヒテルとほとんど同じ速さだが,速いという感じがあまりしない。右手のメロディーがきれいに流れているからだ。スタジオ盤より速いライブ盤も同様。細かい音符は装飾音に聴こえ,全体の流れは淀みなく進む,という感じ。それが後半になって疾走する。10番を取り上げたのはこのテンポ設定に興味を引かれたからだ。
 さらに,スタジオ盤とライブ盤の違い。聴き比べてみると,スタジオ盤が「楷書」であるのに対し,ライブ盤は「行書」風。前述の細かい音符のあとの処理がじつにきれいになされている。歌うような流れ。これを「グルーヴ」というなら,まさにそうだろう。

 ところで,「メロディーを歌う」ということで言えば,バレンボイムはキース以上だ。テンポは遅く,ダイナミックスの変化もある。左手は音量を押さえ,メロディーに合わせてテンポが揺れる。キースのあとに聴くと,ロマン派の音楽を聴いているようだ。チェンバロでは絶対にできない,ピアノフォルテならではの演奏だといっていいだろう。

 キースのバッハにはチェンバロを弾いたものがある。ゴールドベルグ変奏曲やフランス組曲だ。キースはもしかするとピアノフォルテの特性を生かすより,バッハの時代のチェンバロやクラヴィコードの音をイメージして弾いているのかもしれない。それは,左手の弾き方にも現れている。

左手16分音符

 左手の16分音符の弾き方が,キースと他の人では違う。チェンバロを想像してみてもらいたい。ひとつひとつの音が分離して,ピアノのレガートのような演奏は,構造上できない。
 キースの左手は,チェンバロを模しているかのようだ。スタッカート気味といえばわかりやすいだろうか。
 その左手の刻みに乗って,右手がメロディーを奏でていく。私が,最初に第10番のプレリュードが耳に残ったのも,この対照的な運びと,後半の疾走の故だったと思う。

他の曲はどうか

 平均率クラヴィーア曲集はハ長調から始まり,半音ずつ短調と交互になっているから24曲ある。これをすべてきちんと聴き比べるのはなかなか大変。音楽評論家なら仕事だからやるのだろうが。
 まあ,これから折りに触れて聴き比べていって,何か感じたらまた書きたいと思う。