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田園交響楽(3)

指揮者として

 ベートーベンの交響曲第6番「田園」。これを,クラリネット奏者,フルート奏者の2つの立場から,どんなところが聴かせどころで気を使うかについて、前回前々回に書いた。
 吹奏楽の場合と異なり,管弦楽では管楽器は1パートをひとりで演奏する。(2人のときもある) 曲によっては,その楽器のソロの個所があり,ソロの形態もいろいろだ。全体の一部分の旋律をひとりまたは他のパートと2人で担う場合や,他の楽器は伴奏となり主旋律を演奏する場合がある。いずれの場合も絶対に「落ち」てはいけないし,ソロで旋律を奏でる場合は正確さだけではなく,歌いこんで聴衆に訴えかけたい。
 これに対し,指揮者は,自分が目立つというよりは,いかに全体をまとめあげていくかが課題になる。また,本番で指揮をする場合と,練習で指揮をする場合では持っていき方も異なる。本番で指揮をする場合は,当然その曲に対する自分の解釈を盛り込んでいくのだが,練習指揮の場合はそれはない。「自分ならこうする」たとえば,楽譜に書いていない強弱やリタルダンドをするということはない。もちろん,本番の指揮者から指定があればそのようにすることになる。

 クラリネットの首席,フルートの主席を経て,今度は指揮者となった。ただし,練習指揮である。本番の指揮者が来るまでに,基本的なことはまとめあげておくのがその役割だ。
 具体的には,音の高さが合っているか,リズムが合っているか,強弱がちゃんとついているか,といったようなことだ。
 「田園」は,クラリネット・フルートの2つのパートで演奏したことがあって,曲全体はだいたい頭に入っているので,棒を振るだけならむずかしくはない。しかし,練習では上記のことを絶えずチェックしながら指揮をしていかなければならないのだ。
 私の場合,学生時代や,教師になってから吹奏楽部の指導で指揮をした経験から今の市民オケでも指揮をしているが,実は音楽の才能がそれほどあるわけではない。絶対音感はないし,絶対テンポ,絶対リズムもない。それでも指揮者を任されているのは,「他にできる人がいない」というだけの理由だ。
 才能もないのにどうするか。「君臨」しないようにするだけだ。

 指揮には音楽的素養とは別に,バトンテクニックというものも必要になる。バトン(指揮棒)をいかに振るかということ。日本では,斉藤秀雄氏の教えにしたがっている人が多い。私も,集団レッスンではあるが斉藤氏の弟子から指揮法を学んだので,バトンテクニックについては「できます」と言うことはできる。しかし,それ以外のことについては,楽員からどんどん意見を出してもらう,という方針で練習をしている。たとえば
・ここはどんな弓遣いがいいですかね,とコンサートマスターに聞く
・その音,あってる? と楽員に聞く
・テンポ,速い? と,近くの人(弦パートの首席)に聞く
・ここ,合わせるのになにかいい方法ない? と楽員に聞く
これは,「民主的」というより,楽員一人一人が積極的に演奏に参加してもらうための方策でもある。

 さて,田園交響楽。
 第1楽章「田舎に着いたときの愉快な気分」をどう振り始めるか。また,すぐに出てくるフェルマータをどう処理するか。

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 軽音楽やジャズの場合は,「1,2,1234(ワン,ツー,ワンツースリーフォー)」で始めることがあるが,クラシック音楽の場合にはそれは絶対にやらない。アウフタクト1つ,つまり「4」だけで始めるのが普通だ。ここの第1楽章は2拍子なので「2」だけで始める。
 しかし,練習し始めの頃はテンポが定まっていないので,「1,2」で始める。
 4小節目のフェルマータ。切り方は3通りある。「間を空けない」「少し間を空ける」「はっきり切ってから始める」の3通りである。それぞれ棒の振り方が変わるので事前に打ち合わせをしておく。打ち合わせ通りに振らないと混乱する。本番の指揮者がどう振るかはわからないが,ひとまず「切ると同時に次の小節のアウフタクトとする」という方法にした。すると,わずかに間が空くことになる。また,楽譜にはないが,3小節目でリタルダンドをかける演奏もある。これについては,本番の指揮者がどうするかわからないのでひとまず保留。ほぼインテンポで4小節目に入る。
 上の楽譜に「動きだけ出す」と書かれているのは,最初にやったときのメモである。こういった細かいことについては,今後の練習で詰めていくことになる。
 しかし,次の15小節目のような場合は,最初の練習ではっきりさせておく。

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1小節目はクレッシェンドのあとフォルテになっている。2小節目ですぐにピアノに落さなければならないのだ。これを「スビト・ピアノ」という。
 また,そのあとに鉛筆で引いた斜線はクレッシェンドとディミヌエンドを視覚的に書いたもの。したがって,フォルテマークのところでいきなりフォルテになるのではない。このようなことも,最初に注意する。

 しばらく休符があった後の出だしを確認するのも指揮者の役割だ。これを「アインザッツ」という。手を使って指示することもあれば,アイコンタクトで出すこともある。たとえば,次の箇所。

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まずコントラバスとホルン,続いてセカンドヴァイオリン,クラリネットとファゴット,オーボエの順に合図を出す。そしてフォルテシモの全奏になる。各パートの出損ないを防ぐというより,「大事だよ」という合図である。

 「クラリネット吹きとして」でも紹介したが,第1楽章の終わり近くのクラリネットのソロ。

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他のパートがフォルテで鳴らすのだが,これは少し押さえたい。クラリネットを聴かせるためである。その旨を説明し,あらためて(当然聴いてはいても)「クラリネットを聴いてください」というと,意識がなおいっそうクラリネットに向いてバランスもよくなる。実際そのようになった。

今回はどちらかというと技術的なことを書いた。
次の稿では,第2楽章以降を題材に,指揮をして何が楽しいかを書いていこう。