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読解力をつける(10) 論理的読み書きの理論と実践

「論理的読み書きの理論と実践」(犬塚美輪・椿本弥生著 北大路書房 2014年)を読んだ。
 読解力をつける(8)で紹介した,「生きる力を身につける 14歳からの読解力教室」と同じ著者の本で,この本のベースになっている理論だ。「14歳からの読解力教室」が中高生向けの分かりやすい本とすれば,こちらは学術書。使われている用語も論文用語なので,読むのは大変かもしれない。
しかし「読解力」を銘打った多くの本と決定的に違うのが,認知心理学の立場からの視点。大学生を被験者として行ったいろいろなテストや調査結果があるのもそれらとは方向性が違う。

全体は次のように3部から構成されている。

第1部 論理的文章を読む
第2部 論理的文章を書く
第3部 読み書きを総合的に捉える

「生きる力を身につける 14歳からの読解力教室」でも出てきたものに加え,いくつかキーワードを拾ってみよう。

ボトムアッププロセスとトップダウンプロセス

ボトムアッププロセス : 小さな単位のデータをもとに全体の内容を表象していくプロセス
トップダウンプロセス : 読み手自身が持っている知識やスキーマを利用して文章の表象を構築するプロセス

これについて,次の例を挙げてある。

1月の半ばに成人式を行うのはあまり合理的ではない。特に日本海では**が降ることも多く,晴れ着を着て集まるのが大変な苦労である。

この文では ** の部分が不明であるが,意味はもちろん,**に入る言葉までも推測できる。
ボトムアップでは,各部分を理解してそれを総合していくので,不明な部分があればそこで止まってしまうが,トップダウンでは「日本海側は1月には雪が降る」という知識があれば読めるというわけだ。もちろん,その知識がなければ読めないことになる。これをつぎのようにまとめている。


文章の理解とは,情報を一つずつ蓄積していくボトムアップのプロセスと,知識枠組みによるトップダウンのプロセスが相互に作用しあいながら,統合的な表象をつくりあげていくプロセスであると言える。

ミクロ構造とマクロ構造

 文章理解のモデルに,構築ー統合モデルがある。このモデルでは,

文章中の命題の関連として示される部分的な要素をミクロ構造と呼び,文章全体を捉えたより上位の構造をマクロ構造と呼ぶ。

「わからない」と感じることなく,すらすらと読み進められたのに,読み終わっていったいどういう内容だったか説明できない,というときには,マクロ構造の把握が困難であることが想定される。

ということでミクロ構造・マクロ構造の意味はだいたいわかるだろう。

メタ認知 : 自分がどのくらい理解しているかを自分で理解すること。

 この他,いろいろあるが,あげているときりがなさそうである。この本を読んでもらうしかない。「生きる力を身につける 14歳からの読解力教室」でも出てきた「方略」についても
・予測,推測する
・重要情報を特定する
・推論する
・部分を統合する
・モニタリング
・モニタリングに基づく読解プロセスの変更
・解釈する
があげられている。

 ところで,これら,読解についての分析に対して,実際に説明文や論説文の読解はカリキュラムの中でどのくらい位置づけられているか,として「カリキュラムとしての読解指導とその評価」として1節を設けている。小学校から高校まで,新学習指導要領における論理的文章の読解方略に関わる記述を拾い上げている。同じようなことは私もやろうとしてみたのだが,そこはさすがに研究者,レベルが違うと脱帽せざるを得ない。これらについて,旧学習指導要領ではほとんどなかったとして,新学習指導要領に期待している。ではいままではどうだったのか。つぎの記述がある。

犬塚(2008)では中学生に対するインタビューを行い,中学生が国語の授業の中で行われる方略的活動(重要箇所に線を引くなど)をどのように受け止めているかを尋ね,この齟齬を検討している。犬塚の調査では,46名の中学生のうち,44名が,国語の授業において方略的活動を行っていると答えていた。しかし,その活動を「自分が実際に行うべき方略」として認識していたのは14名にとどまり,多くの中学生は「先生が指示しているからやっているだけ」「自分が読むときには関係ない」という認識を示していた。学校で指導では,方略が明示的に示されていないために,授業の中だけで行うことと認識されてしまうところがあるようである。

 つまりは,指導している教師自身が「方略として認識していない」可能性があるのではないだろうか。(本書ではこのような表現はされていないが)
はたして,どのくらいの教師が,こういった認知心理学的な読解プロセスについて認識し,「方略」として指導に生かしているのか,かなりこころもとない状態だと思われる。それはいままでに読んできた,「国語の教師が書いた読解についての本」を見てみれば明らかである。

 本書では,タイトルの通り,このあとにPISAの読解力調査のような,デジタルテキストにも触れ,そのあと,「論理的文章を書く」と進む。
新学習指導要領によって国語教育が新しい方向に進むとすれば,単に指導要領やその解説書を読むだけで足りないだろう。実際,これまで「国語教育とは」で見てきた通り,このような視点からの問題提起がなかったからだ。
本書は,すべての国語教師に読んでもらいたい本である。


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今までの流れは「読解力を追って」にまとめてあります。