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アヒルへの執着

 ※不快に感じるかもしれません


アヒル

 多分きっかけはキッカケは10歳くらいの事だと思う。私の住んでいた稲毛という街から子供の自転車で30分くらい行った所にある稲毛海浜公園。今ではコスプレイヤーの撮影スポットになっているでかい公園だが当時はクソ真面目に市民の憩いの場として千葉市が造成をおこなっていた場所である。
 その公園の池の中に見慣れない生き物がいた。真っ白で間抜けな目つきをした水鳥がスイーっと泳いでいた。アヒルである。この池は水源が水道管から引っ張ってきていてどこの河川にも繋がっていない、外部から渡鳥や鴎が飛んでくる事はあったが飛べない家禽がそこにいる事は自然的にはあり得ない。誰か心無い人間が捨てたというのが確実だろう。しかし、確かにそこにアヒルは存在した。

それが私がアヒルとの最初の忌まわしき出会いであった。私はその異様な姿とどことなく抜けた顔つきに1秒で釘付けになったのだがその日は学校の行事か何かでそこに居座る事ができなかった。悔しくて仕方がなかった。

子供の足で稲毛海浜公園まで行くのは30分くらいかかるのと、学区の外にあるのが障壁となった。当時、小学生の私には「学区」の外に行くのはご法度で正直万引きして取っ捕まるより重罪のような行為だった。しかしあの水鳥を見たいがために38度線を超える覚悟をキメたのであった。後日、即自転車で池に舞い戻ったのである。

 すると、僥倖。アヒルは岸に上がっていた。公園の池は石垣で高くなっている所と単純な坂になっている岸があったのだが奴は間抜けにも坂から岸に上がっていたのである。遠くから眺めていた私の欲望が加速するのに時間はかからなかった。触りたくなったのである。しかし、奴は狡猾であった。私が触ろうと接近すると普段の鈍麻な動きから打って変わって池の中に素早く逃げてしまうのである。家禽如きに馬鹿にされたような気分になった私はすこぶる腹が立ったが夕食の時間を勘案すると帰宅しなければならず屈辱の撤退となったのであった。

 そこからは奴の行動原理を考え徹底的に作戦を考えることに集中した。
池のヘリにいる時点で奴の優位にあるということを最初に学びとにかく陸の内側に上がることを待つという戦術を考案する。今の自分なら餌を与えて懐柔させる作戦をとるだろうが小学生の小遣いでは到底不可能である。長期戦を想定してワンチャンスに賭ける方向に動くこととした。

 数日後、再度公園の池に私は向かった。無許可越境がバレたらスーファミ没収以上の処罰が降ることは確実だろう。しかし私にはそんなことはどうでもよかった。あの間抜けヅラした家禽に舐められた屈辱を今こそ晴らさんという思いが駆り立てたのである。
 池に着き、岸のそばにあるベンチに待機していると奴が例によって岸に上がってきた。しかしまだ焦ってはならない。岸から50cm程度の距離ではどんなに勢いよく突っ込んでも無意味である。もう少し上がるのを待った、少しずつ日の傾きが進んでいくのを感じていたがここで動いても成果は上がらない。もどかしい時間が続いた(5分)
 
 すると奴は間抜けにも陸の方に移動を開始し、岸から3mは上陸したのだ。この好機を私は見逃さなかった。池の岸側に回り込み奴の退路を立つことに成功したのである。いくら奴が逃げようとも子供とはいえ陸上で活動する類人猿とは勝負にならないことは明白であった。池に逃げようとするアヒルを回り込む形で公園の奥に追いやり遂に触ることに成功した。艶のある羽のなんとも言えないツルツルした感触に感動すると同時に今までの雪辱を果たした達成感に満たされた。おそらく最も悦びに満ち溢れた瞬間だっただろう。
 
 そこからは完全に私の天下であった。パターンを覚えて仕舞えば羊を追う牧羊犬の如く動き回るのは容易であり、恍惚であった。アヒルは追い回されるたびにキューキュー鳴き声を出すのだがそれが私の加虐心を加速させたのかもしれない。初めは触れれば満足していたがそのうちに背中を掴んだりただただ追いかけ回すことに悦びを覚えるクソガキそのものの様相を呈していた。よく捕まらなかったものである。おまけにしばらくして真っ白なアヒル一羽だったのがそのうちまた捨てられたアヒルが現れ2羽になった。大体2羽くっついて同じ行動パターンをとるので一石二鳥の字の如く、私はアヒルを追いかけ回し続けた。

 しかし、そんなことをしていたが遂に天罰が降ることになる。
そんな日々を4ヶ月ほど続けていたのだが、調子に乗って追い込んで走っていた時に派手にすっ転んでしまった。派手に擦りむいたのみならず、血が止まらなかくなるレベルで深く抉ってしまったようだった。初めて覚えた死の恐怖である。しかし、無断越境地で怪我した事がバレれば全てが終わる。血が滴る膝を水道で洗って誤魔化し、なんとか自宅まで帰還。近所で転んだと大嘘をついて治療する羽目になってしまった。それがトラウマとなったのと療養で外出ができなくなってしまったのでアヒルに対する興味が失せてしまった。当然アヒルは猫に食われたか保護団体が回収したか中国人に狩られたかしてじきにいなくなり、その後東日本震災で池自体が枯れてしまった。今は再び修繕されて当時と同じような池の風景が戻っているが、アヒルが捨てられていたことを知る人はほとんどいないだろう。

アヒル



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