『miss you』が分からない

  mr.childrenの新作、『miss you』が分からない。正確に言えば、私が『miss you』に対して抱いている感情が分からない。
 数週間前に先行解禁された楽曲『ケモノミチ』。この曲は一聴して、悪くないな、むしろ好きだな。と思った。バンドサウンドは限りなく排除されているが、それゆえに切羽詰まった歌詞と桜井さんの声が良く沁みる。トレーラーであった曲はこれなのか、と驚いた。
 正直言って、『永遠』と『生きろ』は全く好きではなかった。よくあるミスチル、よくある壮大なバラードと言う感じで。ただミスチルにしかできなさそうな役割を買ってはいるのだけど、そのクオリティとしては微妙だと思った。
 『SOUNDTRACKS』はわりと好きだった。海外でレコーディングされていただけあってサウンドがとても良かったし、シンプルながら良い出来を保っていた。ただほとんどの曲がタイアップ付きと言うこともあって、タイトルが示している通り、アルバムを通したコンセプト的な要素は薄かったと思える。『DANCING SHOES』に関しては、セルフプロデュース以降の作品で五指に入るほど好き。
 『miss you』は発表されてから発売までが結構短いように感じた。ツアーも気づいたら始まっていた、という印象。全部落選しましたが。ジャケットと『ケモノミチ』を聴いて、桜井ソロなのでは?という不穏な空気を感じてもいた。
 アルバム発売よりもツアーが先に始まると言うことで、行った人の感想を漁っていた。故に『アート…』を事前情報ありで聴いてしまったのが悔やまれる。
 前提として、私はバンドサウンドが好きである。特にギターが好きだが、ベースもドラムも好きだし、それらの関係性の中で紡がれる音楽が好きだ。その点でいえば、最近はもっぱらミスチルよりスピッツ派だった。スピッツの最新作『ひみつスタジオ』は、30年以上続いているバンドとは思えないほどの、初期衝動と多幸感に溢れたバンドサウンド溢れる作品だった。
 セルフプロデュース以降はまだしも、ミスチルの作品でピアノやストリングスが占める割合は多い。桜井さんがライブでギターを弾く割合は近年減ってきてるし、田原さんはあまり歪ませたりせず、歌を尊重したようなプレイをする。
 桜井さんの歌を引き立たせるプレイをしてるんだ、とファンは言うこともあるし、本人たちも言っていたような気もするが、それだったら別にバンドである必要はないし、サポートメンバーにでもやらせておけばいいのではないだろうか。
 というわけで私は「バンドサウンドを基調としたmr.children」に期待していた。今回のアルバムは優しい驚きに満ちているとはいえほぼ四人で作りあげたということで飾らないバンドサウンドが聴けるのではないかと期待していた。
 前置きは長くなったが、では今回のアルバム、『miss you』はどうだったのかと問われれば、すでに聴いた人なら分かると思うが、バンドサウンドは過去一と言っていいほど少ない。アコギがメインで、弾き語りオンリーのような曲も一、二曲ではなく。ドラムも打ち込みであると思われる曲が散見されるし、「四人で閉じこもって作ったのがこれなの…?」という困惑が初聴時には生じた。
 ただ、だからがっかりかと言われればそうでもなく、とりあえず10周ぐらいした感想としては、結構好き、である。カレー頼んだらハヤシライス出てきたけど何口か食べたら「うめぇな…」ってなってる感じ。求めたものではないけれど、求めたものが最善なものかって分からない。こちらに受けいれる体勢が整っているかどうかの違いで。
 むしろバンドサウンドを求めていたような自分でも好きって思えるのだからこのアルバムはすごいのかもしれない。その一因は歌詞にあると思う。
 今回の歌詞は桜井さんの吐露のように感じる。そんなこと歌っちゃっていいんだ…という歌詞が終始続く。『LOST』とか特にそうで、美しいメロディに諦念の歌詞を添えるという恐ろしいことをしている。全体的にsyrup16gの手法に近い。
 長年生き続けてきた者だけが書ける歌詞を書いている。これは若手のライターにはできないだろう。往年のミュージシャンが若さを失わないような歌詞を書き続けることはできるけれど、若手は今回の桜井さんのような歌詞は書けないだろう。その段階に到達していないし、もちろん経験から全ての歌詞を生み出すことは誰もがしていないだろうけど、それは真似事や想像になってしまうし、ロマンスやアバンチュールと比べて老いや諦念というのは、誰もが憧れの末に得るものではないし、魅力的に思わないだろう。
 ただ今回のミスチルのサウンドと歌詞、そして声。今回の桜井さんの声と歌い方めっちゃ好き。これは彼らを由来としたリアルなものだろうし、とても沁みる。
 表題曲、『I miss you』がとても好き。アコギのアルペジオに桜井さんの声が絡みつき、盛り上がりもある。一応エレキのソロもあるし。ファーストの一曲目が『ロード・アイ・ミス・ユー』なわけだが、その時からずっと同じようにフレーズを繰り返し続けているということだろうか。
 『青いリンゴ』はイントロが素晴らしい。アコギでもこんなにメロディアスに奏でられるんだと感動した。ただサビの盛り上がりが微妙に書けるのが、意図的なのかどうか。
 『LOST』はさっきも述べたように、曲と詩の乖離が激しい。晴れやかな青空に問題を投げかけているように思えるけれども、結局解決には至っていない。「それだけでいい」って結局妥協。「ほーおーお」で頭の中に野原しんのすけが浮かんでくるからやめてほしい。
 『アート=神の見えざる手』は、この露骨までな詩と形態が、メタ的にこの曲を批判し、それを評価する我々までも批判しているように思え、恐ろしい。刺激が足りないと求める我々も、それだからといって安直な刺激を提供する自分を、そしてそれに喜ぶ我々もことごとく両成敗している。
 『Party is over』は分かりやすく韻を踏んでいて、分かりやすく心地よい。これも桜井さんの声を堪能出来てとても好き。煮え切らない思いを淡々と表現し続けていて、秀逸。アコギが途中から二本になることに気づいてなかった。それほど声がセクシー。
 『We have no time』は前曲とはまた違った曲調で、強気な雰囲気を醸し出しているが、弱気やつよがりだということは隠しきれていない。
 『ケモノミチ』は張り上げる系の歌い方で、『Brand new planet』とその点では似ている。こんな壮大な曲なのに、短くまとまっているのが以前のミスチルとは違うところだろう。短ければ短いほど良い、という主義ではないが、『永遠』ほど長くても困る。だれる。

 総評的には、結構好きである。好みの音楽の系統ではないのに好きになってしまったところに、桜井和寿の、Mr.childrenの底力を感じた。まだまだやれている。ラスト三曲がだれるのが否めないが。全作品のただ中でみても、単体でみても、秀逸。この一言に尽きる。
 むしろこの先のMr.childrenの展望が気になる。もう一作こういった作風が続くとはさすがに思えないので、ポップなサウンドに回帰するか、それとも今度は楽器体が前面に出たアルバムになるか、楽しみでしょうがない。
 以上、勢いで書き上げた取り急ぎの感想でした。ここまで読んでくださったことに感謝します。


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