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5歳息子、帰省先で保育園に通う

7月の乳頭形成手術後、8月いっぱい仕事を休ませてもらって実家へ帰省した私ですが。
当然の如くその帰省に同行した5歳(年長クラス)の息子は、なんと帰省先で認可保育園に通いました。

事の発端は、長期帰省を決めた時。
実家で静養させてもらうのはいいけど、息子はどうしよう。
一緒に帰省させる他ないけど、元気いっぱいの5歳児を平日昼間ずっと面倒みる体力&気力が、恐らく術後の私には無い。
毎日家でおとなしくしてることを強いられたら、息子だってストレスフルだろう。
そこで、ふと思い出したのです。
2人目の里帰り出産時に上の子を実家近くの保育園に一時的に通わせたという、会社の先輩の話を。
私の地元でもそういう手段が取れないだろうか?と思い、早速リサーチを始めました。

地元の自治体の公式サイトで調べたところ、下記の事情により家庭での育児が一時的に困難となる場合、認可保育園で一時預かりをしてくれるとの記載が・・・!

①非定型的保育事業
保護者の労働、職業訓練、就学等により、家庭での育児が断続的に困難となる場合。
②緊急保育事業
保護者の傷病、入院、家族の看護・介護、冠婚葬祭、災害、事故等により、緊急に家庭での育児が困難となる場合。
③私的理由保育事業
保護者の育児に伴う心理的、肉体的負担を軽減・解消するために必要な場合。

私の場合、②③に該当するという主張は展開できるかなと思いました。
利用申込は、直接保育園に連絡せよとのこと。

幸運なことに、実家から徒歩5分の保育園(30年前に私も通っていた園)が、一時預かり実施施設に名を連ねており。
更に、私が通っていた頃にいらした保育士さんが現在園長先生を務めており。
極めつけに、実父がたまたま現在この保育園の理事を務めているという・・・
好条件のコンボ
父を介して保育園に問い合わせてみたところ、このような社会状況の中で東京から帰省して通いたいという無謀なお願いにも関わらず、二つ返事で快諾していただきました。
人間関係の濃ゆい田舎で、園長先生が私のことをよく知っていたということも良い方向に影響したかもしれません。
私としては乳がんであることも伝えて構わないと考えていたのですが、父は詳細を伝えるのが憚られたのか、病名は伏せたままで、手術後に実家で静養が必要なため一時預かりをお願いしたい、という伝え方をしたようでした。

気づけば、細々とした手続書類は全て両親が記入・提出を済ませておいてくれていたり(預かる子の親が書いた書類でなくていいんだろうかとギモン・・・)、一時預かりは原則週3日が限度と自治体サイトには記載があったのに「毎日来てもいいよ〜」と園長先生からコメントがあったり、田舎ならでは(?)の謎の緩さ炸裂 w

あれやこれやの手続と持ち物準備を済ませ、コロナ感染対策として帰省から3日間の自宅待機を経て、一時預かり開始にこぎつけました。
嘘でも慣らし保育が必要とのことで、そこから更に3日間、段階的に預け時間を延ばす工程がありましたけれど。。。

あ、ちなみに預けられる当の息子本人の反応についてですが。
帰省時に何度かこの保育園の園庭で(無断でw)遊ばせてもらったことがあり、都会の保育園ではあり得ない(公園でもあり得ない)ビッグスケールの遊具複数で遊びたい一心で、一時預かりを持ちかけた瞬間に二つ返事で快諾。笑笑
東京の保育園のお友達はいないこと、遊び方もお歌もルールも違うこと、ちょっと言葉がわかりにくいかもしれないこと(方言があるから)も丁寧に説明しましたが、全く問題ない、みたいな反応されました。
人見知り場所見知りをする内向的な性格ではあるのですが、やっぱり年長にもなると逞しいですね。

というわけで、思いつきが見事形になった越境保育園生活。
完全なる自己満足で、印象深かったことをダイジェスト記載します!

・アルミ製のお弁当箱に白飯だけ詰めて毎日持参
→これは給食室で調理するのはおかずだけ方式で、私が通ってる頃と変わらないのですが、息子は動揺
 「ごはんだけ持っていくの?なぜに??」

・朝登園して、脱いだ靴下をどこに収納するかという時点からルールが異なり、息子混乱w

・海外留学したのかと思うレベルで文化が異なる環境のため、園長先生が同じ年長クラスの男の子を1人厳選してサポート係に任命していてくれた
→初日の朝に玄関で出迎えてくれ、手を繋いで園舎を案内してくれたらしい

・とにかく歓迎される息子氏
→コロナ禍に東京から来た息子はお友達に受け入れてもらえるだろうか・・・という母の不安は杞憂に終わり。
毎朝同じクラスのお友達が大挙して玄関に迎えに来てくれて、両手を繋いで教室まで案内してくれる歓待ぶり(傍から見ると連行・・・)

・東京の保育園は3階建てなので、平屋造りの保育園園に驚く息子
→「ここの保育園は、平べったいの」と何度も言うw

・東京の保育園のお昼寝はコットだけど、地元保育園はお布団
→お布団の方が気持ちいいそうです

・(息子にとって)おやつが異次元だった
→東京の保育園おやつは、基本的に手作りの蒸しパン、クッキー、ゼリー等なのですが。
地元の保育園おやつは、手作りのおにぎり等が出る日もある一方で、ライブ形式で作って供されるかき氷(シロップ選べる、おかわりできる)、選べるシューアイス(バニラとかチョコとかストロベリーとか)など、それはそれは楽しく美味しいおやつが多かった様子。
おにぎりからシューアイスまでメニューの振れ幅が凄いけどなwww

・朝、登園するや否やゴーヤ収穫のため園庭に連れ出されたことがあり、息子ビックリ。
他にも、枝豆収穫や大根の種まきなど、土地が広くすくそばに畑がある地元保育園ならではのアクティビティをたくさん経験した様子。


約1ヶ月の留学(留園?)はあっという間に終了し、たくさんのお友達に見送られて保育園を去った息子でした。
異文化に飛び込んでストレスが無かったとは思えないし、行きたくないと言われた日もあったけれど、息子にとっても概ね楽しい時間だったようです。
帰京して1ヶ月以上経った今でも、「○○保育園では、〜だったからさぁ」と地元保育園のことを話題に出すことがあります。

完全に母の都合で実現させた越境一時保育であり、長い長い息子の人生に於いては一瞬のような時間でしたが、この経験が彼の今後に何らか活きてくれたらいいなぁと思います。


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