見出し画像

適応障害になった話②

産業医からの紹介状を持って訪れた、会社提携の心療内科。
人事業務上関係の深いクリニックを、まさか自分が受診することになるとは…。

受付を済ませ、渡された問診票とうつチェックリストに回答。
少し待って、診察室へ呼ばれました。

医師の先生と対面し、受診に至った経緯や体調、自分でおかしいと思っている点を話しました。
うんうんと穏やかに相槌を打ちつつ、カルテにびっしり字を書き込みながら話を聞いていた先生は、私の話が全て終わると口を開きました。

「適応障害ですね。治療が必要だと思います。」

「さっき書いてもらった、うつのチェックリストから判定するに、うつ病スレスレの状態です。今なら、投薬と休養でうつ病になることを回避できる確率が高いです。」

私は人事という仕事柄、メンタル不調に陥った社員の対応に当たることもあり、精神疾患には多少の知識がありました。
確かに不調はあるけれど、育児をしながら仕事もして暮らせている私が病気であるはずなんてない、と思いました。この時は。
今直面している乳がん疑いよりよっぽど、この時の方が信じがたい気持ちでした。

でも今振り返れば、幸運にもギリギリ日常生活を送ることができている段階で専門医のところにたどり着けた、というだけで、私はもう病名がつくほどにボロボロになっていたのです。

投薬治療を渋る私に、先生は穏やかに言いました。

「適切にお薬を借りて、本当の元気なあなたに戻れた方がいいと思いませんか。」

先生のこの言葉で、現実を受け入れる決心をしました。
今の私は病気で、正しく治療して治さなければならないと。

仕事を休まなければなりませんか?と聞くと、先生はこう答えました。
「治療は、仕事をしながらでもお休みしてもゆっくりでも、どちらでも可能です。極力患者さんの希望を優先します。でも、1ヶ月くらいはゆっくりお休みしてみませんか。」
先生は、適応障害の原因は仕事のストレスも大きいと判断して、このような進言をされたようでした。

でも、仕事を休む決心だけはつきませんでした。
人事という仕事柄、会社の休暇・休職制度は熟知しており、当然ながら一定期間休むことで生じる諸々への損得勘定が働きました。
また偶然ながら、今回の受診の直前に、育休復帰後の業務を離れ、入社から長く携わっていた業務に仕事が変わっていたことが大きく影響しました。
この仕事にはとても愛着があり、一緒に働くメンバーも信頼のおける人ばかりで、これならやっていけるのではないかという漠然とした予感がありました。

よくよく先生と話し合い、絶対に無理をしないことを条件に、会社を休むことはせず、働きながら治療していく方針が固まりました。

この日、適応障害という診断に少なからずショックを感じる反面、自分がおかしいように感じていた原因は病気のためだったのだとわかって、どこか安堵したことも覚えています。


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?