なんで黙っちゃったんだ
もう朝か。とは言っても、真面目に眠る努力をしたのは二時間前の朝六時だった。もう使い始めてから十年は経過しているであろう羽毛布団が破れてきて、少しの振動で中から羽毛が出てくるようになってしまった。生まれつき喘息を持っているため、呼吸するたびに羽毛が口に入ってくるような感覚が煩わしく、布団とは距離を置こうと睡眠をあとにした。布団も人間関係と同じで、どれだけ関係が悪化しても時間さえあれば元通りに戻るものだ。あとあたたかい。そういえば明日共通テストらしいし、自分も受けるらしい。ウケる。あと受験までは21日らしい。ウケない。
理由とかは全くわからないけどご飯食べた後に強大な睡魔にレイプされた経験が何度もあったから、訴えようかと思っていた。つまり腹が減っては戦はできぬということである。今年の抱負は“戦う”。勝ちとか負けとか一旦抜きにして、挑戦をしたい。運とは、どれだけ挑戦したかが重要になってくる。そういえば、一昨日ぐらいに友人に「やっぱり思考と試行なんだよな」と説いたところ、「シコシコというわけですか」と返答が返ってきた。違うよ、と言う勇気があれば去年大学に受かってたかもしれない。
車に乗り込んで、エンジンをかけた。もちろん初心者マークはついている。去年免許をとった翌月に、踏切で待ち構えている警察にビックリしてしまい、一時停止を怠ってしまった。確実に一瞬は止まったような気もするが、警察の言うことには逆らえない。賢さとは何か。警察に逆らわないことである。そこで2点も減点されてしまって後がないのだ。俺は赤子を踏みつけるようにアクセルを踏んだ。(赤子を優しさの比喩で出したとして、踏みつけてしまっては元も子もない。)
そういえばコンタクトをしていなかったが、今更戻るのも面倒だし、夜でもないし、目を瞑ることにした。目を瞑るというのは、たとえであって、あの、実際に目を瞑ったわけではなくて、だって、その、実際に目を瞑ったら、危ないし、ね。そういうことだ。言葉のアレだ。綾だ綾。時が来たら背中におっきく初心者マークのタトゥーを入れようと思っているくらい交通安全には気をつけている。
近くのコンビニに向かう。それにしても道が狭い。今日は平日だ。俺にはないが、みんなには通勤や通学といった定期的なイベントがあるようだ。それによって、狭さに混雑でもうどんちゃん騒ぎだった。おばさんがゴミ出しに行くためにだいぶ車道側を歩いている。せめてゴミを車道側に出せよ。ゴミをエスコートするな。あと多分今日はゴミの日ではないし。今日はPEACE記念日という、タバコのPEACEが発売された日らしい。そういえば新宿駅近くのPEACEをモチーフにしている喫茶店、マジで良かったな。全員タバコ吸ってたし。フォロワーとじゃんけんして勝ったのでコーヒーを奢ってもらった。
話が脱線しすぎて申し訳ないと思ってはいるが、謝る気はない。ついてこい。
この文章を書いてる時めちゃくちゃ鳥肌が立った。寒かったのはもちろんだけど、なにより俺がサムかった。
早朝、コンビニの喫煙所でする一服は最高だ。平日だとなおよし。目に映る人間が全員、急いでいる、焦っていると言うべきか、溺れている。でも、一番最悪なのは自分である。俺は現実とは相性が悪い。できるだけ誰にも悟られないように、少しだけ顔を歪めて店内に入った。元々歪んでいるくせに。
パスタと辛そうなチキンを買った。朝なのにパスタと辛そうなチキンを買ったのだ。これは他人からしたら無意味のように思えるが、自分からしても意味がわからなかった。無意味ではないと思う。ただ意味を見いだせなかった俺に問題がある。レジには俺をクビにした中国人の店長が立っていた。コイツが俺だけにナメた対応をしているのか、他人にもそういった対応をしているのかは未だに謎である。このファミマでは相変わらずプラスチックのフォークをくれる。じゃあ東京のファミマでパスタを箸で食わされた俺は馬鹿だったのだろうか。
車に乗り込む直前、タバコを吸ってるおじさんと目が合った。直感だが、このおじさんは将来の俺だと思った。
コンビニを出ると、より一層混雑していた。しかしいくら名古屋走りの名所、愛知とて初心者マークに道を譲らない人間など八割いない。二割は確実に譲らない人間がいることだけを覚えておいてほしい。ゴールド免許の母から「とりあえず前についていけ」と教わった。「じゃあ前がいなかった時は?」「…。」なんで黙っちゃったんだ。この回答は今でも得られていない。
最近は大学を受験する、この一点を目指して生きてきたつもりであったが、500万という借金を背負わされる恐怖を思い出した。確かに大学進学によって得られる4年間の執行猶予期間は魅力的である。しかしそれが甘えになるとしたら話にならない。この一年の浪人を経て、自分が思っているよりも自分は自堕落で、どうしようもない人間であることが発覚した。奨学金はほぼ学費で消えてしまうから、バイト漬けの生活になることが確定している。俺が…社会に?到底不可能である。俺が社会不適合なんじゃなくて、そもそも社会がヤバいのでは、とまで思っている。いつから競争に溢れてしまったんだろう。少なくとも、パパのキンタマにいた頃は他の精子達を蹂躙し、ママの膣内、および子宮内を走り抜け、その月に排出される唯一の卵子に圧倒的着床を果たした何億分の1という逸材であったはずだ。でもこれは人間全員がそうなので、そもそも前提にならない。世知辛い世の中である。
家に着くと母が起床していた。「おはよう」と挨拶すると「…。」いやなんでまた黙っちゃったんだよ。犬には話しかけていた。今この家で、俺の序列が犬より下であることが確定した。自分の部屋で泣きながらパスタとチキンを屠る。自分はあまり泣かない方だが、心はしょっちゅう泣いている。助けてくれ〜と思っている時は絶対に助からないから面白い。
仲直りした布団を、抱いて眠る。相変わらず破れていて、やっぱり少しの振動で羽毛が出てくる。さっき食べたチキンは、辛かった。
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