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大人も遊ぼう

子どもたちに向けて抽象画を描くようなワークショップをやりたいと考えていて、ある人にその話をしていたところ、流れで大人にも提供したいと言うアイデアが出てきました。僕自身もたまには目的など気にせず絵を描きたい、と言う考えもあってのことです。しかも話ははずんで、子どもに提供するものと、大人に提供するものを同時にやれたらユニークなのではないかということになりました。つまり、子どもと大人が同じ空間、もしくはオンライン上で同じことをそれぞれやるというワークショップです。楽しそう。

子どもの遊びのことを考えるほどに大人も遊ぶ時間と機会が必要だなと感じています。これは僕自身が遊んでいないせいも多いにあるだろうと思います。しかし、遊びと言うのはあらゆる目的から離れた、自発的かつ楽しい行為です。

何かを得ることを目的としない

生活のために、仕事に生かすために、美容のために、ストレス発散…。こういった目的から離れて初めて、遊びに繋がるだろうと考えています。例えば仕事に生かすために英語を学ぶことも「楽しい」と言うことはあると思います。きっとそう言うときには自分のものになるという感覚も大きいと思います。反面、「やらなくちゃ」という意識でやっていると、いつまでも覚えられないということにもなりかねません。

遊びは義務ではありません。能動的にやることでも、消費することでもありません。遊びが成立するのはいくつかの必要な要素があります。
・楽しいこと
・自発的であること
・インプットとアウトプットの双方が循環していること

この3点は欠かせない気がします。

遊びですから、楽しいことは外せません。自発的というのも大切です。遊びというのは誰かにやらされるものではありません。故に、「楽しいこと」と「自発的であること」が遊びを成立させる要素だと思うのです。最後の「インプットとアウトプットの循環」ですが、これが少しわかりづらいかもしれません。

無題 - 2021年2月20日 23.07

INPUTとOUTPUTの循環

遊びを観察してみると、子どもたちが遊びに集中しているときにはインプットとアウトプットの良い循環が生まれていると思います。例えば、2人の子どもがおままごとをしているとします。片方の子がお店屋さんを始めると、もう一人はお客さんをやるようになります。あるいは、別のお店屋さんになるかもしれません。この2人は双方の行動がインプットとなり、次のアウトプットを産んでいると言えると思います。僕は良い状態の遊びには必ずこの状態があるだろうと考えています。

これは1人遊びの場合も同様です。絵を描いている場合には、インプットは観察ですし、自分が描いた線の軌跡や色面などもインプットとして返ってきます。自分が描いた線などはアウトプットであることは言うまでもありません。

大人の場合にはどうなるでしょうか?大人は遊ぶと言ってもおままごとをするわけではなさそうです。

大人にとって遊びとは?

大人の遊びとしてパッと思いつくのは、飲み会とかカラオケとか(古い?)、サーフィンやサッカーなどのスポーツ、読書や映画鑑賞などです(偏っててごめんなさい)。飲み会やカラオケは楽しいものですが、ここでいう遊びではありません。この両者は「消費」に近い行動なので、アウトプットが強いです。飲み会の席で楽しい話を聞けることは多々ありますから一概にいうのは憚られる部分もありますけどね。

スポーツは遊びに近いと思います。事実子どもたちの遊びも年齢が上がるとともにゲーム性等を求めるようになり、スポーツをすることも増えていきます。

最後の読書や映画鑑賞というのが悩ましいところですが、遊びではないと思っています。空いた一人の時間に読書をするというのはとても素敵な時間の使い方ですが、それだけでは遊びにはなり得ない。そこで得た知見等をアウトプットして初めて遊びになるとお思います。読書記録のブログをつけるのでもいいですし、そこから得たインスピレーションで別の作品を作るというのも面白そうです。あるいは同じ作品を体験した別の誰かと意見を交換するというのも良いと思います。何かしらの表現をすることがアウトプットにつながり、遊びになっていくのだと思います。

歌を詠む

そう考えてみると、昔から嗜まれている「いけばな」はとても良い遊びだと思います。季節の花を選び、よく観察し、器を選び花をいける。行ける場所やゲストのことを考えながらいけるのですから、常にインプットとアウトプットが循環していると思います。

もうひとつが連歌です。平安貴族は遊び人だったのかもしれないですね。

大人にとって遊ぶことは自分の中の「点」を増やすようなことです。この「点」を大きく、深くすることは専門性を高めることだと思います。その意味では「点」を増やすことは浅く広くたくさんのことを知っている状態ともいえます。今の時代はこの「点」同士がひょんなタイミングでつながり、新しい価値を生み出す可能性に満ちている時代だとも思います。なので、遊ぶことは自分らしさにつながる行動だとも思うのです。

大義名分はこれくらいで十分。堂々と遊ぼうと思います(笑)

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