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07

 その日の仕事は終わった。

 千歳はデバイスを外すと部屋を出た。

 部屋の明かりは疲れているのでつけなかった。

 最初は電気をつけて外に出ていたのだが、次第に面倒になったのだ。

 そんなことより早く部屋の外に出て百々の顔を見たいと思う。

 自室の扉を開けると、百々が待っていた。

 百々
「お疲れ様お兄ちゃん。お夕飯にしようか」

 千歳
「そうだね」

 百々は笑顔で仕事が終わった千歳を迎えてくれた。

 百々
「今日のお仕事どうだった?」

 千歳
「会議して、警備現場の下見をして終了って感じ。あんまり仕事が進んでる感じはしないかな。この仕事が何を生み出しているのかよくわからないよ」

 百々
「お兄ちゃんの仕事ってどんな仕事?」

 千歳
「警備員の仕事」

 百々
「そうなんだ」

 千歳
「前にも話さなかったっけ?」

 百々
「あは、忘れちゃった。今は新しい中学校でお勉強と同時にお仕事探しに忙しくて」

 千歳
「百々こそ大変じゃないか。うまくいってる?」

 百々
「うーん、あんまりうまくいってないかな? それぞれに合った仕事を任せられるみたいだし、仕事の適性がわからない人は仕事をしなくても平気、って考えてる先生もいるみたいで」

 千歳
「大変だね。俺なんて強制的に警備の仕事なのに。まあ、気軽に仕事できて給料もらえてだから楽ではあるけどね」

 百々
「次はどんなところを警備するの?」

 千歳
「仮想現実のお花見会場を警備するよ。勤めてる会社が運営してるらしくて、ネット空間にも警備員を配置するのが法律で義務付けられているから俺も駆り出されてる感じ。まあ、お花見の邪魔にならない程度には警備しようかなって思うよ」

 そんなこんなで夕飯になった。

 今日の夕飯は変わらずスーパーで手に入れたらしいお弁当だった。

 内容は実に豪華。

 1000円はするお弁当だろう。

 百々
「お兄ちゃんはお仕事ってどうしてするんだと思う?」

 千歳
「いきなりどうしたんだよ?」

 百々
「学校の先生がお仕事はどうしてするのか考えながら、子供の時は仕事をしてほしいって言われて。私、そのことで悩んでるかな」

 千歳
「そっかー、仕事ってどうしてするか、か。お金を得るため、じゃダメなのかな?」

 百々
「なんだか、ダメみたい」

 千歳
「ふーん、自分もそのうち言われるんじゃないかな、どうして働くのか、とか」

 百々
「人ってどうして働くんだろう?」

 千歳
「お金のためだよ。毎日食べていくためにお金が必要、電気代だって支払う必要がある。生きていくためにはお金がいる。それでいいんじゃないかと思ってるんだけど」

 百々
「ふーん、お兄ちゃんは大人だね、とっても」

 千歳
「そうだね、いろいろあって、最初の給料で百々に何か買ってあげたいと思ったからね」

 そうだな、現状、百々を養う必要がある中での職業だ。

 必死にやるほかない。

 百々
「え、お兄ちゃん何か買ってくれるの?」

 千歳
「うん、初めて給料出たら、百々におもちゃでも買ってあげるよ」

 百々
「じゃあ私、お兄ちゃんに抱きしめてもらいたい」

 千歳
「あー、そっかー」

 千歳は今この場で百々を抱きしめるのだった。

 百々は満足そうだった。

 こんなことで満たされるなんて百々は単純だなあ、と思ってもみたが、それでも千歳は百々を抱きしめていると、やはり自分も癒されるのだった。


 次の日の朝、千歳は二人の家の玄関のポストを開けた。

 手紙が数枚。

 そして万札が数十枚。

 最近はセキュリティが厳しいのか、指示と報酬はこうやって書面で送られてくる。

 今回送られてきたのは前回の仕事の報酬と、次の仕事の指示だった。

 今回の仕事の関係者に千歳が関与しているので、直に活動できる千歳に白羽の矢が立ったということだ。

 やっていることは二重スパイに近い。

 千歳はそれに目を通して、ガスコンロの炎で指示書を焼き捨てると、普通に学校へと向かうのだった。


 その日の授業は仕事に関するものだった。

 先生
「で、あるからして、事件を未然に防ぐことはとても重要なのです。昔は私服警備員の配置などで万引きを捕まえる、などをしていましたが、これはコストがかかります。お店もお金に限界がありますからね。そもそも万引きが起こらないように普通の警備員を配置したほうが費用対効果がいいと気づいたのです。事件は起きる前に、そもそも発生させないことが重要なのですよ、これが皆さんが仮想現実を見回っている理由です。何か質問はありますか?」

 先生
「銀行や通信販売の数値の管理は時代とともにAIが行うようになりました。しかしながら人力での監視の手が途絶えたことはありません。銀行は常に人力でお金の入出金を見守っていますし、通信販売の履歴も人間が見張っています。生身の人間が監視しているというのはそれだけ効果のある防犯対策なんですね」

 と、先生が説明して千歳は帰路に就いた。

 その日の仕事は休みだった。

 明日が本番なので今日は英気を養え、ということらしい。

 千歳は今朝の数十万円のうちの一枚でコンビニのお菓子をたくさん買うと、家に戻るのだった。

 百々
「お帰りお兄ちゃん、今日はどうだった?」

 千歳
「うん、楽しかったよ。はいこれ、全部あげる、百々が全部食べていいよ」

 そう言って千歳は百々にお菓子をあげるのだった。

 昔、お菓子を一切食べない暮らしを経験したが、あまりにも辛いものだった。

 百々の精神は弱っていき、学校も馴染めないようになっていた。

 友達の家に行くと出されるお菓子をすべて食べてしまうし、次第に友達が減っていく姿を見て、千歳は百々にお菓子をあげることにした。

 そういえば、仕事を始めたのもあの頃だったな。

 千歳
「学校は楽しい?」

 百々
「うん、楽しいよ」

 千歳
「そっか」

 そんな他愛のないやり取りをして、その日は終わった。

 千歳は長めのお風呂に入り、長めの睡眠をとった。

 仮想現実での仕事は肉体的負荷はあまりないが、精神面での疲れというのは発生してしまう。

 だから今日はゆっくり休んで、明日に備えるのだった。

 明日は、二重に仕事が存在する日だ。


 桜祭り当日になった。

 千歳
「あのー、唯さん、すみません、ちょっといいですか?」

 千歳は仮想現実で唯に話しかけた。

 
「どうしたんですか?」

 千歳
「ちょっと今日、気分悪いんで、楽な入場ゲートの警備させてもらっていいですか?」

 
「???」

 千歳
「あ、えっと、すみませんね、そんな仲がいいわけでもないのに、こんな話しちゃって」

 
「いえ、大丈夫ですよ」

 唯は笑顔で答えるのだった。

 
「無理をされるのはよくないですから、安心して私に任せてください」

 千歳
「助かります」

 そういうやり取りをして、千歳は入場ゲートの防犯を始めた。

 
「あれ、千歳君、どうして入場ゲートにいるの?」

 千歳
「どうしてだろうね、あんまり話したくないかな」

 
「あー、プライバシーってやつかな? じゃああんまり踏み込まないけど、なんだかなー、唯さんと話したかったし……仕事のことはさておき」

 千歳
「ふーん、仕事さぼっておしゃべりか。いいんじゃない? 学生の本分は本来遊ぶことだよ。こんな仕事放り出して、本当は俺もお花見がしたいね」

 
「そういうこと言っちゃう? 会場の警備してれば桜だって見れたじゃない。わざわざゲートに来たのに、なんかおかしくない?」

 千歳
「……それ以上は聞かないで。話したくないや」

 
「そっかー、じゃあ、真面目にお仕事しようかな?」

 そう言って二人は入場ゲートにひたすら立っているだけの仕事をするのだった。

 
「怪しい人って、どうやって見分けたらいいんだろう?」

 千歳
「多分、警備員と目を合わせている人さ。本当なら桜を見たいのに、俺たちみたいな仕事してる人を見てくるわけないじゃない。警備員を警戒している人が怪しい」

 Aさん
「あ、お疲れ様でーす、警備員さん」

 
「うん、ありがとうねー」

 千歳がそんな話をしている隙に梓は客から挨拶をもらったのだった。

 なんだか、千歳の言ってることが正しいなら、警備員は無視されて当然のはずだが、こうして挨拶がもらえるとは。

 なんと温かい。

 
「それでそれで? 他にはどんな人が怪しいのかな?」

 千歳
「うーん、たとえばー」

 その時四季から連絡が入った。

 四季
「千歳さん、SNS見て」

 千歳
「なんだい、こんな時に」

 四季
「いいから」

 千歳は仮想空間で自分のデバイスを広げて、画面を見るのだった。

 そこには、本来なら入場料を払わなければ見ることができない桜の画像があらゆる角度から放流されているのだった。

 四季
「誰かがデータを盗んでる。怪しい人いなかった?」

 千歳
「いなかったよ。情報ありがとう。人手足りる?」

 四季
「今、データ集計してターゲットがいそうな場所演算するから、ちょっと待って」

 千歳
「そういうことできちゃうのね。凄いね、お手柄じゃない」

 四季
「ありがとう、でもそういうのはいいから、はい、このポイント、ここに絶対いるはず」

 千歳
「それじゃあ、ちょっと行ってこようかな?」

 
「あれ、どこ行くの?」

 千歳
「ちょっと野暮用さ。男手がいるみたい」

 そう言って千歳は徒歩でそのポイントまで向かう。

 途中、篝にも連絡がいっていたのか、合流した。

 千歳
「助かります。一人だと心細いので」

 
「いいえ、こういう時はお互い様です。それにしても大変ですね、いつの時代も、こうやって会場に入ってデータを盗む人がいるんですね。素直にお金を払って鑑賞すればいいものを」

 千歳
「自分、同人音楽しか聴かないんですけど、それってネットでタダで聴けるからなんですよね。そういう文化に感化されてしまう人もいます」

 
「そうですね、無課金で楽しみたい人は一定数いますよね。私は全部買いますけど」

 千歳
「さすがお金持ちは違うね。うらやましいね、まあ、今その話は後で」

 千歳は指定されたポイントに到着した。

 千歳
「こんばんは、なにか忘れ物ですか?」

 ???
「いや、別に何も。道に迷っただけさ」

 千歳
「恐れ入りますが、白玉林檎さんですよね、ここで何をされていますか?」

 林檎
「どこでその名前を知ったんだい? 君はお利口だね」

 千歳
「データを照合すればわかるものでして。それで、ここで何をされているのでしょうか?」

 林檎
「芸術家が自分の作品を見に来ちゃダメなのかい?」

 千歳
「そういうわけではありませんが、現在あなたが行っていることが迷惑なので、お引き取り頂けないかと思いまして」

 林檎
「あからさまな犯行なのに……随分と温厚じゃないか。俺はこう見えても逮捕される覚悟で来てたんだが」

 千歳
「アーティストが自分の作品をどう扱うのか、それはアーティストが決めることだと思ったので。多少はグレーゾーンなのかな、とは考えています。しかしながら、あからさまにやられると会社もメンツが立たないので、お引き取りいただければと」

 林檎
「SNSにあげた画像は後日消す、ということで手を打ってもらえないか?」

 千歳
「いいえ、ここでお引き取りいただければそれで十分です」

 林檎
「そうかい。仕方がない。ところで君、年齢は?」

 千歳
「今年で16歳になります。仕事を始めたのは今年の4月から。今日が大きな仕事初ですね。林檎さんは52歳らしいですね」

 林檎
「そうだな、俺が若い時は君ほどしっかりした人間ではなかったよ。君からは若さが感じられないなあ」

 千歳
「そうですか」

 林檎
「若造め、元気でやれよ」

 千歳
「ありがとうございます」

 そう言って林檎さんは自分の足で退場していくのだった。

 
「えっと……お見事ですね」

 千歳
「それほどでもないですよ」

 
「あの人は悪い人だったのでしょうか?」

 千歳
「それは、会社の利益を損ねて画像をばらまくんだから、悪い人に決まってるさ。こういうことは本来ならさせちゃいけないと思うよ」

 
「なんだか、息苦しい世の中ですね」

 千歳
「そういう考え方もあると思うよ」

 そう言って、千歳は今日の仕事が終わったことを思いふけるのだった。

 四季
「あー、ごめん千歳さん、一仕事終わったところ申し訳ないんだけど、榛さんが迷子を複数名見つけたって。助けてあげて」

 千歳
「はーい、わかりました。じゃあ、行ってくるんで」

 
「はい、あんまり無理はしないようにしてください」

 千歳
「そうしたいけどね、助けを呼ぶ声が聞こえるので」

 千歳は正義のヒーローのようなことを言って、その場を去るのだった。


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