短編小説『フィラメント』第5話
「あなた最近ヘンじゃない? 学校はしっかりやれているの?」
由衣にとって唯一の心の楽園である自宅。そこでの夕食時に母親からそう言われる。
「え? ヘンって……?」
彼女は木箸でうまく挟んでいたゴボウの和え物をポロリと落として困惑を隠せずにいた。記憶の片隅に追いやっていた出来事がずるずると這い出す。
「何かと怒りっぽいし、かと思えば物凄く落ち込んでいたり……感情の波が強いというか、学校で浮いちゃっていない?」
母親の言葉が立ち直りかけていた由衣の心にぐさりと突き刺さる。この後、気持ちよく創作活動に取りかかれると思っていたのに……彼女は打ちひしがれる。
「お母さんもわたしのことを否定するんだ」
「否定なんてしてないわよ。ただ、心配しているだけ」
――心配しているだけなら、なんでヘンなんて言うの!?
由衣は喉元まで出かけたその言葉を辛うじて飲み込む。
変わらなければならない。わがままを突き通しては社会的にも立場が危うくなり、趣味などを続ける地盤が無くなってしまう。
彼女は胸元を抑え、黒い感情を封じこめようとした。
「ほら、今だって顔色悪くなったじゃない。 一回、スクールカウンセリングでも――」
「……うるさい」
しかし、彼女の自制心に青い炎が宿る。
生まれたての幼い光。
とても弱々しく、辺りを照らすどころか何かに火も灯すことも出来ない無力な存在。
だが、確かに内に秘めたる思いがそこに具現化していた。
「由衣?」
「うるさい……うるさい、うるさいっ!」
心配する母親の視線をかなぐり捨て、由衣は感情の赴くまま叫んだ。
「周りがヘンなんだっ! わたしは『普通』なの!」
「由衣!」
彼女は母親の制止も虚しく、温かな夕食を投げ捨てると二階の暗い自室へと駆け戻った。
「わたしは普通よ……」
照明を落とした薄暗い室内で独り呟く。
勉強机から全ての物が手に届く位置に配置した由衣にとって落ち着くスペースではあるが、世辞にも片付いているとは言い難い有様だ。
彼女はそんなことも構わず今夜も今夜とてタブレットパソコンに向かい、ペン一つで自分だけの世界を創り出すのだった。
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