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夜明けは天使とうららかに 3-3

〇 〇 〇

 学校に行くと、隆聖の方が先に教室にいた。

 目が合って、お互い固まってしまう。こういう時ってどうすれば良いんだろう。

「菖太さん、落ち着いてください。『おはよう』って声をかければいいんですよ」

 リセが耳打ちしてくれて、僕は隆聖の方に向かって歩き出す。何だか変に緊張して右手と右足が一緒に出てしまった気がする。

「お、おはよう!」

 僕が言うと、隆聖も『あぁ、そうだ』みたいな顔をして、

「おはよう」

 と返してくれた。

 その後、ちょっと心配そうな顔をしながらこう話す。

「ていうか、菖太めっちゃ動き固いけど、どうした?」

「えっいや、なんか緊張して……」

 僕がそう言うと隆聖は吹きだした。

「緊張しなくていいし!」

 言いながら笑う。

 僕はなんだか恥ずかしくなってきて、でも一矢報いたくて、

「隆聖だって固まって動けなかったじゃん!」

 と言ってみた。

「それはそうだけどさぁ」

 隆聖はまだ笑っている。ちょっと悔しかったのになんだかつられて笑いそうだ。

 僕が笑いをこらえていると、隆聖がやっと落ち着いたらしい。

「お前、意外と正直だよな。正直っていうか、素直?」

 と言われた。

「そう、なのかな?」

「俺はそう思う」

 それを聞いて僕の隣でリセが頷くのが見えて、変なタイミングで笑いそうになった。

 そこで予鈴がなったから「またあとで」とどちらからともなく言って席に座った。

 友達と話しているというだけで、教室に着いてからチャイムが鳴るまであっという間だった。


 学校が始まってから数日は身体測定をしたりして、普通の授業ではなかったから、隆聖と話す時間は少なかった。僕たちは帰りの方向も反対だったから、尚更。

 でも通常授業が始まると、休憩時間になる度に隆聖と話した。話していたら僕の好きなゲームを隆聖もやっていることが分かったので一緒に遊ぶ約束をした。

 給食は席順で決められた班で食べないといけなかったから、全く居づらさを感じないわけじゃなかったけど、でも、普通に学校に通ってて『楽しい』と思えたのは、これが初めてだと思う。

 休憩時間に校庭に出て遊ぶ、というのも僕は初めての経験だった。だいたい人が出払った教室で本を読んでいたから。隆聖は体育の成績が良くて、逆上がりどころか、僕には名前も分からない技までできるけど、僕は前回りさえ怪しい。僕はできていると思っていたけど、隆聖によると前回りは回った後に鉄棒の上に乗っていないと前回りじゃないらしい。僕は言われてもよく分からなかった。

 ただ、二人で一緒に遊ぶのは楽しかった。

 木登りだって初めてやったし、友達とトランプで遊ぶのも初めてだった。僕はババ抜きが大の苦手らしい。全部顔に出てると隆聖に言われたし、リセには「そこが菖太さんの良い所です」とフォローになっているのか分からないことを言われた。

 友達の家に行くのも、友達が家に来るのも初めてだった。

 隆聖の家に行った時はものすごく緊張したけど、ゲームを始めてしまうと時間はあっと言う間に経って、すぐに帰る時間になってしまった。僕の家に来てもらった時はお母さんがすごく喜んでくれた。あんまり喜んでいつもは見ないような大量のお菓子を用意するものだから、隆聖に「お前んちっていっつもこんなにお菓子出てくるの? すげーな!」と言われた。それ以来、放課後は僕の家で遊ぶのが定番になった。

 最初の頃は僕を心配してか、ずっと一緒にいたリセだったけど、最近は「お二人で楽しんでください」とどこか別の場所にいることが多くなった。隆聖と遊んだ後に「リセは何をしてたの?」と聞いても曖昧にはぐらかされて、結局リセがどこで何をしていたのかは分からない。

 考えてみれば、リセについて僕が知っていることと言えば、天使であること、すごく優しいってこと、でも背中を押してくれる時には芯が強くなること、……とびきり可愛いってこと。それくらいだった。どうして僕と一緒にいてくれるかと言えば……それは確か、僕が願ったから。でも、よくよく思い出してみると、僕が願ったのは『誰かに隣にいてほしい』ということではない。確かにリセがいてくれて僕の世界はすごく変わったけど、僕が願ったのは、確か、『お母さんとお父さんに迷惑かけずに済みますように』とかそんなことだ。リセは願いを叶える力は自分にはない、と言った。実際、翌日になったら魔法みたいに嫌がらせが無くなる、なんてことはなかったし、リセはこうも言っていた。できるのは隣で見守ることだと。

 ……じゃあ、どうしてリセは僕の隣にいるんだろう?

 リセは言った。僕にとって必要がなくなるまで一緒にいると。

 必要がなくなるって、いつまでだろうか。

 嫌な予感がした。いや、考えようによってはきっとそれは良いことで、でも、すごく嫌なことだった。


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